第21話 市民とギルド職員の声
新人冒険者は、田舎の村からやってきた出稼ぎなどの少年少女がほとんどだ。いちおう他にも様々な理由で仕事を辞めて冒険者になる者もいるが、それは除外していいほど少ない。
そういう新人冒険者が街になじめるように、冒険者ギルドが雑用の依頼を用意するのが普通だ。
新人冒険者は雑用依頼を通して街の地理や人間関係を学び、そこそこの賃金と経験を得ながら次のランクへと上がっていく。
だが、この街ではそれが普通ではないようだ。
アレックスたちは雑用をこなしても『大した稼ぎにならない』って言っていた。
こんな大きな街なのに、雑用が全然ないってことはありえない。ならばそれは、どういうことなのだろうか。
新人が受けるような仕事といえば、街中での荷運びや狭い場所のゴミの掃除などの身体的特徴を生かせるものが多い。
なのでそのような仕事がありそうな場所を主に巡ってみた。
「子供ができるような仕事?そうねえ、煙突掃除とかどうかしら……。ちょうどそろそろ依頼を出そうかなって思ってたところなのよ」
「バーン、ワレがやってもいいか?駆け出し冒険者が受ける仕事であるなら、ワレもまたやる資格があるはずだ」
煙突掃除は、危険で汚れるから避けられがちな仕事だ。それを自分から進んでやりたがるなんて、やはりコイツは面白い。
これでも俺も昔はいろいろな仕事をやったから、コツなどは知っている。
汚れてもいい服に着替えさせ、顔を保護するゴーグルとマスクを着けさせる。
それからハタキと乾いたボロ布、それから水と洗剤を用意する。
「ふむ、悪くない水だな。こっちの洗剤は……おお、泡がすっごい立つな。これは楽しい」
「遊ぶなよ。いいか、やり方を説明するぞ」
「必要ない。ここまで用意されれば、だいたいわかる」
シロロは洗剤を混ぜてできた大量の泡をまとったまま、暖炉の中にもぐりこむ。そこで二、三度跳ねた後、膝を曲げて力強く跳び上がった。
「閃空・登竜拳!」
シロロの姿が煙突の中に消える。数秒して、灰で黒く染まった泡ごと落ちてきた。
「シャハハ、いっかい通っただけで真っ黒だ。だがなかなか気持ちよかったぞ。バーン、新しい水と泡を用意するのだ!もう一回ドンっと跳んでやる」
おかみさんは、「まあ元気なのね」と目を丸くしながら感心していた。
煙突掃除の報酬は、特に安いわけではなかった。これくらいの報酬がもらえるならば、飢えたりすることはないはずなのだが。
「冒険者の子供たち?あの子たちってそんなに大変なの?たしか大きなクランが面倒を見てるんじゃなかったかしら。仕事?特に少なくなったとか聞かないけど……」
数件聞き込みをしたが、どこも依頼の数は変わらず、報酬を減らしてもいないとのことだった。
市民側が特に何をしたとかではないなら、後はギルドかクランだろう。次はギルドに聞いてみることにする。
そこが問題ないのなら、つまりは【ブルー・ナイツ】が悪いということになる。
「なあバーン。この報酬はワレのものだよな?」
「ああ、好きに使っていいぞ」
「よし、ならさっきの店の商品を買えるだけ買ってきてやる!」
シロロは報酬が入ったギルドカードを握りしめて走って行った。
◇
冒険者ギルドで応対してくれたのは、昨日と同じ女性職員だった。
新人冒険者の話と街での聞き込み結果を話すと、頭が痛そうに手をあてた。
「クランの内情を話すのは本当はいけないんですけど、そうも言ってられなそうですね。いいでしょう。私が知っていることを教えます。でも、私がバラしたってことは秘密にしてくださいね?」
秘密にすることを約束して、話の続きをうながす。
「【ブルー・ナイツ】は元々、【清浄なる泉のダンジョン】を攻略するために結成されたんです。初期メンバー五人は、今はクランのトップとしてダンジョンの最前線にいます。それを支援するために他のメンバーが集められていき、三年前に今のような最大のクランになりました」
職員が木板の案内を見せてくる。それは【ブルー・ナイツ】の紹介と勧誘のもので、『クレイタール最大のクランにキミも入ろう!』と書かれていている。
「前も言ったと思いますが、【ブルー・ナイツ】は新人の教育を無償でやっているんです。そのままクランに入っていいし、入らなくてもいいってます。冒険者という仕事に慣れていない新人に簡単な仕事を割り振ったり、手続きとか心構えとかを教えているらしいんです」
それで、と言葉をくぎってから、また言葉を続ける。
「私が知っている限りでは、教育係の人がまとめて依頼を受けて、それを新人に割り振っています。終わったら完了証明を回収して、ギルドへ持ってきて報酬を受け取り、それを新人たちへと配っているようなのです。ですが貴方のお話を聞くと、おそらくその時に……」
「手数料とか教育費とか言って、報酬をピンハネしてるわけか」
「はい。私も新人の子たちの様子がおかしいので【ブルー・ナイツ】の関係者へそれとなく聞いてみたんですが、はっきりした回答はもらえていません。クランのトップはダンジョンの攻略に忙しいですし、こちらの話には興味がないようなんです。そして実質的にクランを運営している人は、ユーザンさんと仲が良い、と言えば分かってもらえるでしょうか」
「攻略トップの名声を看板にして労働力を集めて、立場の弱い新人を働かせて利益をかすめとる。地味で卑怯でみみっちい、最低なヤツラだってことはよくわかったよ」
アレックスから聞いた彼らの現状と、聞き込みした市民からの情報が、きれいに繋がった。
【ブルー・ナイツ】のトップは無関心。その下でクランを運営しているやつらが、弱者から利益を搾取している。
魔晶石の回収率トップも、新人教育も、全ては不正を見せないための隠れ蓑。あるいは自分たちが正しいと言い張るための大義名分なんだろう。
「これらの情報は私個人が集めた情報で、ギルドが調査したわけではないんです。ギルドの中にも【ブルー・ナイツ】の協力者がいて、私の力では動いてもらえませんでした」
「つまり、表だって対立することはできないってことか」
「ギルドの職員として、お恥ずかしい限りです」
冒険者ギルドは長い間続いている大きな組織だ。当然、その中には悪いヤツも混じっているし、腐るやつも出てくるだろう。
全員がこの女性職員のように正義の心を持っているとは限らない。残念だが、それもまた真実だった。
「あなたが悪いわけじゃないですよ。一人で組織に立ち向かえるわけがない」
そう言う俺もまた今やただの冒険者の一人であり、大手クランに対抗できるほどの力はない。
だが相手が正義の皮を被った小物ならば、やりようはある。
「後日また来ます。その時に頼み事をすると思うので、よろしくお願いします。無茶な要求じゃありません。ただ単に、当たり前のことを当たり前にやってもらうだけです」
「そうですか?あいつらに一泡吹かせられるなら、なんだってやってやるつもりですけど」
話しているうちに悔しさがわき上がってきたのか、かなりやる気になっているようだ。
「大手クランに腕力で勝てるわけありません。そしてルールの抜け穴をつく方法も、向こうの方が上手でしょう。なので、正攻法で攻めようと思います。やつらが使う大義名分に沿った、反論のできないまっとうな方法で懲らしめてやりますよ」
「わかりました。私も全面的にお手伝いいたします!」
女性職員は力強くうなずいた。
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