第7話 ダンジョンマスター魔人シロロ

雷撃が予想以上に効いたのか、ダンジョンマスターは白目を剥いて痙攣していた。

戦闘が長引かなくてよかった。タコの他にも切り札があったとしたら危なかっただろう。


血まみれの手で剣を取り出し、首元へつきつける。見た目は少女だが、危険な存在なのは間違いない。

管理できないダンジョンは、壊さないと魔物を吐き出し続けることになる。そうなると近くの村が一番先に襲われるだろう。例えばフロルゲン砦のように。

ダンジョンを壊すためにも、ダンジョンマスターを倒さなければならない。

時間がたてばダンジョンもマスターも成長し、倒すのが難しくなっていく。産まれたての時点で見つけられたのは幸運だった。


「殺すのはこちらの都合だ。恨んでもいい。じゃあな」


トドメを刺そうとしたその時、鉄格子のあるドアが大きな音を立てて開かれた。


「だめ!シロロを殺さないで!!」


あの少女こそいなくなった村人だろう。

少女はダンジョンマスターに駆けより、庇いながら言った。


「シロロはわたしの友達なの。悪い子じゃないの。助けてあげて、お願い!」



「冥府の獄吏ごくりへ助力を請う。彼の者を厳重に捕縛せよ」


魔晶石を使い、シロロと呼ばれたダンジョンマスターを拘束する。これで目覚めても抵抗はできない。


自分の傷の手当をしつつ、アーシアと名乗った少女の話を聞いた。


「悪いのはわたしなの。村で遊ぶのが退屈だから、時々こっそり抜け出して山で遊んでたの。その時に足を滑らせて、ケガをしちゃったの。大したことはなかったんだけど、血が出ちゃって痛くて泣いてたら、シロロが助けてくれたのよ」


「友達だって言ってたけど、どんな話をしたんだ?只人を恨んでるとか、戦うとか言ってはなかった?」


「ぜんぜん。シロロはヘンなしゃべりかたするけど、本当はいい子なんだよ。色んなことを知ってるし、面白い話を聞かせてくれるの。さっきもおじさんが来るまで、シロロの国の話をしてくれたの」


おじさんだと言われてショックを受けた。俺はまだ20代だと言いたかったが、話が進まないので言葉を飲み込む。


「『この世界はゲームなんだ。生きるか死ぬかのコロシアイだ』って言ってたよ。百人でのばとろわとか、じゅうにんをかくほしたいとか、よくわかんないけど、そんなこと言ってた」


質問しつつ詳しく聞くが、俺もよくわからない。

わかったことは、シロロはアーシアたちを捕まえたが殺す気はなく、だからと言って逃がす気もなかったということだ。

帰ろうとするアーシアに食べ物や無害な魔物という遊び相手を与え、機嫌を取っていたらしい。


そういえばもう一人の村人も、大人しくすれば殺さないと言われていた。

だとすると先ほどの内容は、『住人を確保したい』ということだったのだろうか。

俺へ襲いかかってきたのは、道中の魔物を倒せるから確保しておけないと判断したからなのだろう。


「ねえバーンさん、シロロを助けてあげられない?わたしも村のみんなに頼むからさ、見逃してあげてよ」


「まあ、まだ一人も殺してないみたいだし、見逃す余地はあるけれど……」


言うべきか悩んだが、黙っていてもいずれわかることだから、教えるべきだろう。


「ダンジョンを放置すると、そこから魔物がわき出してくるのは知ってるね?だからそうならないために、壊す必要があるんだ。シロロのようなダンジョンマスターは、ダンジョンと繋がっているらしい。だからダンジョンを壊したら、死んでしまうんだ。つまり俺が今すぐ楽にするか、ゆっくりと苦しんで死ぬかの違いしかない」


「そんな!助ける方法はないの!?」


「聞いたことないんだ。ごめんよ」


ダンジョンマスターという存在は秘密ではない。

文字に残される以前から、ダンジョンの奥に潜み管理するモノがいることは言い伝えられていた。それがどのダンジョンにでもいるわけでなく、特別大きく成長するダンジョンで見つかりやすい、ということも。

ダンジョンは魔晶石を集めたり経験値を稼ぐ役に立つことから、どこの領地でも管理しようと四苦八苦している。

そこにダンジョンを管理できるダンジョンマスターという存在がいたなら、取引をすることで管理しやすいダンジョンを作れるのではないかと、誰もが考えるだろう。

実際に記録に残っているだけで、何人もの人間がダンジョンマスターと取引をしようとしてきた。だがそのほとんどが、どちらか、あるいは双方の裏切りによって不幸な結果に終わっている。


ダンジョンマスターは人間には理解できない生き物なのか、あるいは人間がダンジョンマスターよりも強欲なのか、結論は出ないだろう。

そして、ダンジョンマスターがダンジョンを壊されても生存し続けたという事実を、俺は知らない。


「なんだよ、それってワレ詰んでるじゃん。せっかくイセカイテンセイして一発逆転やったーって思ってたら、ランダムイベントで強敵出てきて負けるとかクソゲーじゃん。二度とやらん」


寝転んだままのシロロが言った。


「起きてたか。聞いたとおり、お前がダンジョンマスターなら死はまぬがれない。俺なら楽に殺してやれるが、どうする?」


「えー、どっちもやだー。せっかくラノベみたいにオレツエーヒャッハーできると思ったのに、速攻で死ぬとかありえないんだけど。あー、でももしかしたらコンテニューあるかも?来世に賭けるかー。もう詰んでるんでしょ?ならリセットするのもいいかもね。よし、決めた。さっくりやっちゃって。痛いのやだから、優しくね?」


「やっぱりお前の思考回路は理解できないよ。でもまあ、覚悟を決めてくれて良かった。目をつぶっていれば、すぐに済む」


アーシアを下がらせて、改めて剣を持つ。俺だってこんな子供を手にかけたくないが、苦しませる方が可哀相だ。

一瞬で終わらせられるよう、上段に構えて精神を集中する。

そして一気に振り下ろそうとした時、背後の扉が音を立てて開いた。


「ちょっと待った!待ってくれ!」


「またかよ。今度はなんなんだ!?」


入ってきたのは、小部屋に捕まっていた青年だった。よたよた走って島に着くと、ボロボロの羊皮紙を見せてきた。


「これ、これがあれば、殺さなくて済むはずだ」


息を切らしている青年から紙を受け取る。それにはおどろおどろしい文字で【血の契約書】と書かれていた。


「それは【契約書】の一種で、知性のある生物と契約する時に使うものなんだ。それを使って魔力と生命力を供給するよう契約すれば、ダンジョンがなくなっても生きていけるんじゃないかなって思うんだけど」


青年は早口でまくし立てた。


「ダンジョンマスターってダンジョンから魔力と生命力を供給されているから離れられないんだろ?最近では五十年ほど前にダンジョンマスターが近隣の街へ遊びに来たって記録がある。それも何度もやってて、長い時では一ヶ月近く街に滞在したんだって。そのダンジョンマスターは人間の配下がいて、それと主従契約していたらしいんだ。しかも相手は普通の村人だったんだって。ボクの予想が正しいなら、冒険者さんのような強い人なら、安定した魔力の供給源になれるんじゃないかな」


「五十年前の記録は知らなかったな。ところでなんでこんな都合がいい物を持ってたんだ?」


「ボクは従魔師テイマーの修行をしててね、半年前に街に行った時に偶然見つけて買っておいたのさ。だって強い悪魔を見つけたら、契約できるチャンスが来るかもしれないだろ?それ以来ずっと懐にしまっていたんだ」


どうりでほのかに温かいはずだ。


「でもそんな偶然あるわけないってちょっと思っててね。もしシロロちゃんがよければ、ボクが契約してもいいんだけど……」


「キモいから無理」


「あっ、はい。調子に乗ってすいませんでした」


青年は心にダメージを受けて膝をついた。


「つまり保証はないけど、これがあれば生きれるかもしれないのか。じゃあどうする?」


「それって、アーシアちゃんじゃダメなの?」


「まだ子供だから、魔力も生命力も足りないだろ。もし干からびさせちゃったら、自分も後を追うことになるぞ」


「くっ、アーシアちゃんをそんな目に合わせるワケにはいかないか。じゃあ貴様で妥協してやる。ありがたく思え」


心から悔しそうな顔で言ってくる。


「妥協してるのはこっちの方なんだがな。じゃあ、俺は魔力と生命力をお前に供給する。代わりにお前は俺の従魔として言うことを聞くこと。それでいいな?」


【血の契約書】に魔力を込めると、言ったとおりの内容が浮かび上がる。


「従魔として?ワレはペットではないぞ」


「なら従者だ。どちらにしろ俺の言うことを聞かなきゃいけないし、俺の許可無く他人を攻撃してはいけない。その代わり人間扱いするし、必要経費も俺が出す」


「給料は?」


「魔力と生命力を分けるって言ってるだろ。まあ、働き次第で現金を支給してやってもいい。それでどうだ?」


シロロは首を揺らしながら考え込んでいたが、大きく頷いてこっちを見た。


「わかった。それでいい。ワレはシロノサラだ。今後ともよろしく、とでも言っておこうか」


「ん?名前はシロロじゃないのか?」


「わたしはシロロサララって聞いたよ?」


「アーシア、ワレはシロノサラだよって確かに言った」


【血の契約書】には俺の名前がかかれてあり、後はシロロが触れて魔力を込めれば成立するのだが……。


「まあいいや、どうせダンジョンマスターじゃなくなるんだし。生まれ変わるってことで名前を変える。シロロサララ。これでよし!」


【血の契約書】に名前が刻まれると、くるくると丸まり中央に火が灯った。火が契約書を包み込むと二つに分かれ、それぞれ俺とシロロの心臓の上に飛び込んで来る。

わずかな痛みの後に、水滴に似た紋様が刻まれた。


こうして魔人シロロが、俺の従者となった。

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