第6話 海洋洞窟とダンジョンマスター

「シャハハハハ、よく来たなあわれなおろか者め。ダンジョンマスターたるワレがじきじきに貴様のはらわたを引きずり出しすすってくれようぞ」


ダンジョンの奥で待ち構えていたソレが言った。



ダンジョンに一歩入った途端に、空気が変わった。ここと外は別の次元なのだと肌で感じる。

小粒の魔晶石を取り出して、奇跡を祈る。


「蛍火よ、我が道行きを照らしたまえ」


魔晶石が崩れ、代わりに小さな光が目の前に灯った。

指で動かして位置を調節する。これがあれば、暗い場所でも両手を自由に使うことができる。

得意の槍はダンジョンには向かないので、柄を短くした短槍を使うことにする。剣より軽く扱いやすいので、狭い場所でも使えるところが気に入っている。


光は足下まで照らしてくれるが、遠くまでは届かず暗くて見通しがきかない。光石や光苔が発生していれば遠くも見えるのだが、このダンジョンにはまだないようだ。


涼しかった空気は妙にぬるくなり、港町のような生臭さが漂ってきた。

土がむき出しだった壁は石に変わってきて、その表面が湿っている。通路が広くなっていたが、ところどころに水たまりがあって避けながら進まなければならない。ただの水たまりに見えて踏み込んだら底がなかったとか、実はスライムだったなどは酒場でよく聞く失敗談だ。

笑い話にするには生きて帰る必要があり、ひとりで進んでいる状況では余計なリスクは避けるべきだ。

こんなところで死んでしまっては、親にも伯爵にも顔向けできない。故郷の友人だったら、酒の肴にでもしそうだが。


枝道はいくつもあるが行き止まりや小部屋ばかりで、基本的には一本道だった。

ダンジョンらしく宝箱も置かれていたが、見た目はボロい木箱だし中身は最低ランクの水や銅鉱石などだ。

出てくる魔物はカミツキウオや石蟹などの海洋生物ばかりだった。

水たまりの中から時おり視線を感じるが、襲ってくる様子はない。観察されているのだとすると、ダンジョンの奥には知性の高い魔物がいるのかもしれない。


下り坂を進んだ先には大きな水路があり、そこに何かが泳いでいた。通路と併走しているので、飛び出してくるかもしれないと警戒しながら進む。

先ほどから感じていた視線がよりはっきりしてきて、ボスが近いのだと察する。

思い出したように出てくる雑魚を蹴散らしながら進むと、人がいる小部屋を複数見つけた。


「大丈夫か?俺は村人に雇われた者だ。助けにきたぞ」


「本当?ありがとう。行方不明だった子を探してたのにボクまでつかまってしまったんだ」


中にいたのは気弱そうな青年だった。


「あっそうだ、探していた子がダンジョンマスターの所にいるんだ。あの子も助けてやってくれよ。通路の奥にダンジョンマスターの部屋があるんだ。岩陰になってて見つけづらいけど、そこにあるんだよ」


「ちょっと待ってくれ。ダンジョンマスターって言ったか?」


「ああ、そうだ。本人がそう言ったんだよ。殺されたくなければこの部屋にいろってさ。殺すつもりはないけど、抵抗するなら容赦はしないって言われたんだ。あれはもしかしたら魔人イビルスってやつじゃないかな。気をつけてくれよ」


ダンジョンマスター、そして魔人。物語や噂話で聞いたことがあるが、まさか自分が戦うことになるとは思わなかった。


ダンジョンマスターはその名のとおり、ダンジョンを管理する者のことだ。一種の魔物と言われるダンジョンを管理するのだから、魔に属する者であるのは間違いない。

只人メジャースとはそもそもの価値基準が違うので、わかり合えないと思っておいた方がいい。


魔人イビルスとは異界に住むと言われる者たちだ。その姿形は様々で、言葉が通じない者も多い。魔人が只人に力を貸してくれる物語もあるが、裏切られたりする話も多い。

何にしろ油断のできない相手だ。


青年に部屋から出ないように言って、ダンジョンマスターの部屋へと向かう。

聞いたとおり岩陰に通路があり、その奥に禍々しい紋様の掘られた扉があった。



そこは大きな部屋だった。

円形の広間のようだが、そのほとんどが水没している。部屋の中央に島のような足場があり、そこから三本の通路が放射状に伸びていた。


通路の一つの先に、鉄格子の窓がついている扉がある。あそこにもう一人の村人が囚われているのだろう。


島に乗ったところで、正面の水中に動きがあった。

人が水から浮かび上がってくる。水面から生えるように立ったそれは、両手を広げて言った。


「シャハハハハ、よく来たなあわれなおろか者め。ダンジョンマスターたるワレがじきじきに貴様のはらわたを引きずり出しすすってくれようぞ」


それは、少女のように見えた。

細い体と高い声。只人だったら十代中頃だろうか。

黒い帽子や肌に張り付くような服など見たことのない格好をしているが、普通の少女にしか見えなかった。


だがその目は暗く濁り、狂気と凶暴に揺れている。ソレは明らかに、俺に対して敵意を持っていた。


「俺は村人を助けに来た者だ。捕まえた村人を解放してくれるなら、お前のことは見逃そう。ここを出たら、誰もここに近づかないようにも言う。一人で静かに暮らせるようにすると約束しよう」


「ダメだ。アレはワレのモノだ。ダレにもわたさない。ダレにも奪わせない。ワレの、ワレだけのものだ。大事に飼ってやる。しゃぶりつくしてやる。だが貴様はダメだ。貴様はアブない。なんだそのレベルは。ショキで出てくる強さじゃないだろ。クソゲーじゃないか。カエれカエれ。さもなきゃカム、キル、喰らう。やってやるやってやる。貴様なんかケッてコロしてやる!!」


ダンジョンマスターは水に飛び込むと、水中を泳ぎ回りだした。

知性があるなら話し合いで終わらせたかったが、あの様子では無理だろう。戦うしかない。


泳いでいる影はスピードを上げ、勢いをつけて飛び上がってきた。


「シャオラ、キック!」


「っ、速い!」


とっさによけて反撃をするが、腰が入ってないので全然効いてないようだ。

ダンジョンマスターは飛んだ勢いのまま島の縁を蹴って、水に飛び込んだ。


彼女の泳ぎはなめらかであり、薄暗い場所では見失ってしまいそうになる。

見えなくなった数秒後には視界の外から高速でとびかかってくるので、避けるのだけで精一杯だ。


一撃離脱が彼女の戦法のようだ。

今は避けられているが、これが続けばいつかは喰らってしまうだろう。盾があれば受け止めて対処できそうだが、袋から取り出すためには数秒の隙を見つけなければならない。


今も水中から視線を感じる。無傷で済む相手ではないようだ。


「クハハハハ。なんだ、大したことないじゃないか。そのレベルは飾りか?スキルがヨワヨワなのか?これなら楽勝だな。ジッセキカイジョしてポイントゲットして、無敵のダンジョンでオレツエーできるなコレ。やってやるやってやる。ワレは勝つ!ワレはサイキョー!トップランカーだ!!」


広間にダンジョンマスターの声が響く。

いつ攻撃されてもいいように身構えているが、しゃべっている間は攻撃して来ない。様子を見つつ、袋から小粒の魔晶石を取り出して握り込んだ。


「後ろだ、バカめ!」


気配に振り向くと、丸いものが飛んでくるのが見えた。

打ち落とそうと槍を振るうと、ぬるりと絡みついてくる。


「これはスライム、いや、タコか!?」


「後ろと言ったな、アレはウソだ!ズドン!!」


声とともに気配が迫る。タコに槍を振るったせいで、とっさに動けない。

一撃食らう覚悟を決めて、防御態勢をとる。ダンジョンマスターの言ったとおりの重い蹴りで、体が浮かされた。


「ぐはっ」


「ちっ、しぶといな。回復される前にたたみかける!ヤスる!ケズる!」


島に着地したダンジョンマスターが、両手を振り回して向かってくる。

重くなった槍を手放し両手でさばく。攻撃が重いだけでなく、触れただけで肌が切れる。何かスキルを使っているのかもしれない。


両手が削られるのに耐え、呼吸をととのえながら隙を待つ。

俺が崩れないのに焦れたのか、大振りの攻撃がきた。

振り下ろされた腕をいなし、手首の返しで頬を打つ。それは広間にペチンと小さな音を響かせた。


「クハっ、なんだそのヘナチョコは」


「【ボルトショック】」


握り込んだ魔晶石が砕け、雷撃が弾ける。それは一瞬でダンジョンマスターの頭からつま先までの全身を焦がした。


「あががっ!」


ダンジョンマスターは大きく痙攣し、白目をむいて倒れた。

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