第5話 旅に出ればトラブルに当たる

俺はスノウケルン伯爵の話に乗ることにした。

地元でならばそれなりの仕事に就くこともできるかもしれないが、親の七光りだとか思われそうだし周囲からの評判も良くないだろう。領主の息子が軍を除籍されて帰ってきただなんて外聞が悪すぎる。

だから誰も知り合いがいない場所の方が、再起にはちょうどよかった。


そういうわけで俺は今、伯爵領にある【クレイタール】という街を目指していた。

クレイタールは王国北西部にあり、馬を使っても半月ほどかかる場所にある。

各地を繋ぐ飛空挺を利用すればもっと早く着くが、伯爵からもゆっくり来るよう言われていたので、歩きでの一人旅を楽しんでいた。


「……って感じでいるつもりだったんだけど、なんでこんな風になってるのかな?」


目的地までちょうど半分くらいに来たところで、周りを鎌や鍬など粗末な武器を持った者たちが囲まれた。俺の質問に答える者はいない。

大きな街と街とをつなぐ街道ではあるが、タイミング悪く誰も通りかからない。道の左右は山と谷になっていて、木々で見通しが悪い。

彼らの装備や構えから、農民くずれの盗賊だろうと予想はできる。分からないのは、とても金持ちには見えない俺のような旅人を狙った理由だ。

布のマントを羽織り大きい道具袋を背負っているが、槍を目立つように背負っている。

傭兵とまではいかないものの、冒険者くらいには見えるだろう。なのになんで狙われたのだろうか。


怒るべきか嘆くべきか悩んでいると、囲んでいる者たちの後ろから代表者らしき男が出てきた。


「いきなり旅の邪魔をしてしまって申し訳ねえ。ワシらはこの近くの村に住んどる者どもだ。たった一人でこの道を通ろうとするあんたは、腕に覚えのある冒険者なんだろ。そんなあんたに頼みがあるんだ。どうか話だけでも聞いてくれんだろうか」


周囲の男たちが、何度もうなずいていた。

俺が弱く見えていたわけではないとわかって、少し安心した。




とりあえず話を聞いたところによると、彼らはごく普通の農民だとわかった。山の方にある小さな村で農作業をして生活している、開拓村の住人らしい。


今までは平和に暮らしていたのだが、つい最近になって村人が失踪する事件が起こった。

朝に森へ入って行った者が、翌日になっても帰ってこなかった。村人総出で捜索しても見つからず、それどころかさらにいなくなる者が出た。

慎重に探してみると、新しいダンジョンらしきものが見つかった。


どうするか相談するために村に戻る途中で俺を見つけたせいで、武装状態で取り囲む形になってしまったらしい。


冒険者ギルドへ依頼を出したいが、ギルド支部のある街へは一日以上かかる。失踪した人を一刻も早く助けたいので、どうか協力してほしい。とのことだった。


「あんな穴、先週森に入った時には絶対なかった。狩り番も木こりもそうだって言う。いなくなったのは若いやつらだし、ダンジョンがどういうもんか知らなかったんだろう。あんたも冒険者なら、ダンジョンは慣れてるだろ?無事かどうかの確認だけでもいいから頼みたいんだ」


必死に頭を下げてくるので断りづらい。

軍の仕事やギルドの依頼でダンジョンには何回か潜ったことはあるが、その時には他に仲間がいた。全員がダンジョンについて知っていたからこそ、無事に攻略できたのだと思っている。


先ほど依頼を出しに行ったので、冒険者は早ければ明後日には来る。だがそれが明明後日しあさってになるかもしれないし、もっと先になるかもしれない。

ろくに装備もない者がダンジョンに入った時、生還できる確立は高くない。それも時間が経てば経つほど低くなっていくので、冒険者を待っている余裕がないのだろう。


「わかりました。そのダンジョンを探してみましょう。ただし、その失踪者を助けられる保証はありませんよ」


「ありがとう、ありがとう。もちろん、ダメかもという覚悟はしてる。せめて身につけてたものでも見つかれば、家族の慰めにもなるんだ」


代表者の男は、何度も何度も頭を下げた。



そのダンジョンは、丘の斜面に隠れるように口を開いていた。慣れた者でも簡単には見つからないだろう。

捜索中に足を滑らせた者が、偶然見つけたらしい。

近づいて中をのぞけば、不自然に整った土の壁が暗闇の向こうへと続いていた。


「たしかにダンジョンだな。中から魔物が出てきた形跡はないし、産まれたてなのは間違いない」


「そうなんだよ。ここらにはキノコがよく生えるんだが、近ごろは見つからなくておかしいと思ってたんだ。ところが昨日見つけたヤツはほれ、色も形も妙なのになっててな。それもコイツのせいに違いない」


見せてもらったキノコは、ダンジョンの近くに生えるものだった。漏れ出てくる魔力を吸収して成長するので、錬金術の素材に使われたりする。

これが見つかったばかりだということは、本当に産まれたてのダンジョンなのだろう。


「わかった。じゃあ入ってみる。もし冒険者が来たなら、この手紙を渡してくれ。俺のギルドカードの写しと、これまでの経緯が書いてある。難易度の参考程度にはなるだろ」


「産まれたばかりのダンジョンでも、そんな危ないもんなのかね。ダンジョンを飼い慣らしてる場所もあるって聞いたが」


飼い慣らしているという表現は言い得て妙だ。だがそれは、色々な条件がそろったからこそできることだ。


「ダンジョンは危ないものだよ。その内側は千差万別で、同じものが一つとしてないんだとか。常識が通じないから、生還者のいないものは特に注意をしなきゃならないんだ。管理されているダンジョンは、一般的な冒険者が生還できるからこそ討伐されてないんだ。見つけ次第討伐するのが普通だ」


「そうなんか。他の者にも伝えとくよ」


「未来の安全のためにもそうしてくれ」


ダンジョン用の装備に身を固めて、薄暗い通路へと踏み込んだ。

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