第4話 無罪判決と軍からの追放

「バーン・ハントくん、おめでとう。キミの無罪が証明された」


そう言われたのは、フロルゲン砦を出て半年たってからだった。

見慣れてしまった調査局の受付で、普段と違う部屋に案内された時は何かあったのだと気がついた。大丈夫だと思ってはいたが、もしかしたら、万が一という考えはなくなってはいなかった。

だからこそ最初の言葉を聞いた時は、心の底から安心することができた。


「わたしはガラドア・スノウケルン。階級は伯爵だ。まずは無罪判決おめでとう。我々の早計を謝罪するとともに、バーンくんが清廉潔白な人間であったことをうれしく思うよ」


スノウケルン伯爵は、軍服の内側から年期と品の良さがにじみ出ていた。

ベントラー調査官の上司のようだが、こちらは話の分かる理性的な人物のようだ。

その所作は指先まで優雅だった。背筋がピンと伸びていて、相対するこちらまでしっかりしなければと思わされる。部隊が変わるとしたら、こんな人の部下になりたいものだ。


「ありがとうございます、スノウケルン伯爵。私は真実が証明されると信じておりました」


「ベントラー卿は、どうやらキミを甘く見ていたようだ。誰でも探られたくない腹があると思っていたらしいが、遅刻の一つもないなどありえないと憤っていたよ」


「男なら、惚れた女と約束は命をかけて守れと父に教育されましたから」


「なるほど、よい教育を受けてきたのだな」


伯爵は子供のように笑った。


ベントラー調査官の部下は砦を調べ尽くしたが明確な証拠は見つからず、近隣の砦とやりとりした手紙も問題なしと判断された。それでもなお調査官は俺を疑い続けていた。

さまざまな手をつくして俺の謹慎期間を引き延ばしたが、それも無駄に終わった。


たまの事情聴取で会う調査官が日に日にイラ立っていくのを見るのも面白かった。本人があの砦の状況に関係ないつもりでも、俺という戦力を欠く原因になったのだから成果を出さなくてはいけなかっただろう。

探られて痛い腹ではないのだから、悪いモノが見つかるわけがない。

ある日からぱったりと呼び出されなくなり、その後からとんとん拍子に話がいい方向に転がっていった。

そして今日の無罪確定へと至った。


今まで真面目に生きてきて良かった。


「キミが謹慎している間に、情勢が大きく変化した。キミも知っているだろうか。フロルゲン砦が、先日魔物によって陥落させられてしまった」


「はい。私にも連絡が来ました。とても残念です」


それを知ったのは、冒険者ギルドで酒を飲んでいた時だった。

冒険者ギルドは世界中に支部があり、情報伝達速度も速い。仲良くなったギルド職員が、こっそりと知らせてくれたのだった。


俺がいなくなってからおよそ五ヶ月もった砦は、隣国から立て続けに流れてくる魔物によって落とされてしまったらしい。

やっぱりと思うと同時に、けっこう保ったなとも感心してしまった。


「ベントラー卿はキミに間違った容疑をかけて砦の陥落の原因を作ったとして、地方へ左遷されたよ。優秀ではあったが、夢見がちでね。権力もあったためにわたしも制御しきれなかった。本当に、申し訳なかった」


「彼については、いまさら私が何か言うことはありません。また砦の方は、どちらかと言えば軍の予算が下りなかった方に原因があるでしょう。隣国のダンジョンが原因だから調査できなかったとはいえ、予算申請が通らなければ遠からず陥落するのは目に見えてましたから」


俺と同じように、サイクロプスが近づく前に一撃で討伐できる人材がいなければ長く保たせるのは難しかっただろう。

方法はいくらでもあっただろうが、それを低予算で実現できる者は多くない。特にあの砦は俺が対策しやすいようにしていたから、他に合わせるのにも予算が必要だったろう。


今から振り返ると、かなり無理をしていたなと思う。俺一人がいなくなっただけで崩壊する危険性が増すとか、重大な危機管理のミスでしかない。

そのための対策を訴えてきたのに見過ごされた結果なのだから、仕方ないとしか言えないのだけど。


陥落した際の退避経路などについては俺が砦にいた頃に訓練してあったため、怪我人や死人は出なかったようだ。

万が一を考えておいて本当によかった。


「ところで私の次の任地ですが、どこになるのでしょうか。フロルゲン砦が陥落したのなら、別の砦へ配属されますか?」


「それなのだがな、キミ、軍を除籍されることになった」


「……は?」


思わず間抜けな声が出た。

自分の声に笑いそうになるが、笑い事ではない。聞き間違えたのかと思ったが、スノウケルン伯爵は申し訳なさそうに首を振った。


「キミは重大な軍紀違反の疑惑がかかっていたからね、どこの部隊もキミを引き取りたくなかったようだ。さらに困ったことに、どうやらベントラー卿が根回ししていたようでね。わたしが気付いた時にはもう、キミの除籍が決定されていたのだ。本当に申し訳ない」


「は、はあ。そうですか」


ええと、どうしよう。考えることが多すぎて、思考がまとまらない。

あの調査官め、姿を見ないと思ったら、そんなくだらない意趣返しを計画してたのか。


軍を除籍になったとしたら、俺はどうやって生きていけばいいのだろうか。

地方貴族の四男として産まれ、少年時代は地元でガキ大将みたいなことをやっていた。

親のツテで軍学校に入り、それなりの成績で王国軍に入隊した。

国境防衛隊に配属されて五年。あと一年経てば中央に戻れて、騎士爵に叙任されるはずだった。

一代限りとは言っても、騎士になれればさらに上を目指す足がかりになる。そのまま軍で出世するもよし。自ら土地を切り拓き、小領主を目指すもよし。

そんな栄光へ続く道が、他人による思い込みの冤罪によって閉ざされてしまった。


「ええと、俺はどうしたらいいでしょうね?」


頭が働かなくなったせいで、本音がポロリと出てしまった。とりつくろうと思ったが、今さらそんな必要はないとも思う。何が正解なのか、判断する気力もなくなってしまった。

冒険者になりませんか?という【女神の盾】の誘いが思い浮かんだ。彼らは今、どこにいるだろうか。


ほうけていた俺を見かねたのか、スノウケルン卿は慎重に切り出してきた。


「もしキミに行く当てがないのなら、わたしの領地に来てみてはどうかな?」


「ええと、それは……」


「残念ながら、わたしの力では軍に編入することはできない。だがキミが真に実力のある人物なら、栄光を掴む可能性は大いにあるだろう。どうするかね?」


秘密の話のようなささやきが、悪魔のものか天使のものか判断がつかない。

あの調査官の上司であるこの人は、俺の味方なのだろうか。


「俺に、何ができるでしょうか。軍でなら、それなりに指揮をして魔物と戦った経験はあります。ですが、軍を離れたら、個人としてどこまでできるか、自信がありません。伯爵が私に何をさせようというのか分かりませんが、それは俺が役に立てるものなのでしょうか」


「なるほど、いきなり言われて不安になるのも仕方ない。詳しい内容はまだ言えないが、バーンくんにはとある部隊を率いてもらう予定だ。と言っても、まだ形にもなっていないものだがね。それがどうなるかはキミ次第だ。だが、キミなら問題ないと思っている。これでも人を見る目には自信があってね、それが言ってくるのさ。キミは軍にはもったいない人物だとね」


「は、はあ。そうなんですか」


伯爵の笑顔には自信があふれすぎていて、ちょっと引いた。

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