第3話 謹慎期間、あるいはつかの間の休息
予算横領の容疑で本国に連れてこられて一ヶ月後、結局俺は証拠不十分で釈放になっていた。
だが容疑が晴れないと軍には戻せないと言われ、現在は王都にある別宅で謹慎している、ということになっていた。
「それがなんで昼間から王都の外に出ちゃってるんですかね?バーンさん」
「そんなの、家にいたら体がなまって仕方ないからに決まってるだろ。いつ戻ってもいいように、戦闘のカンは忘れないようにしないと」
森の中で偶然会った同僚、ライアン・フォレスターに言った。
体育会系の人間らしく、俺の方が年齢が一つ上というだけで敬語を使ってくる。ため口でいいと言ってあるのだが、頑なに口調を崩そうとはしなかった。
ライアンは俺と同じく王国軍の辺境守備隊の所属で、年齢が近かったせいか馬が合った。配属先は別だったが、定期会議で会うたび一緒に酒を飲んだりもしている。
手紙のやりとりもしていて、俺が王都に送られたことも教えてあった。
「元気そうなのは良かったけど、こんなに自由に行動してて大丈夫なんですか?」
「自由に見えて、実は違うのさ。親のツテで弁護士を雇ったんだが、それが『ボランティアなどで王国に貢献する姿勢を見せた方がいいでしょう』なんて言うんだよ。それで冒険者ギルドで監視員をかねたアシスタントを雇って、誰も受けたがらなくて塩漬けになってた依頼をこなしてるってわけさ」
少し離れた所にいる男たちを見る。
冒険者というと権力に縛られない荒くれ者のイメージがあるが、ギルドという組織に管理されているのだから
特に彼らは【女神の盾】というパーティー名で王都を中心に活動しているベテランで、ギルドからとても信頼されていた。
実力も十分あって、ちょっとした魔物なら彼らだけで倒せてしまえるだろう。
そういうことを教えると、ライアンは興味深そうにうなずいた。
「とすると、バーンさんは冒険者登録をしているんですか?ランクとかどうなってます?」
「そもそも故郷のギルドで登録してたよ。軍に入る前は、小遣い稼ぎにいろいろ雑用をこなしてた。Cランクまで上がっているが、軍に入ったからそこで止まってる」
ギルドカードと呼ばれる透明のプレートには、Cランクを示す銀色のラインが刻まれている。
この上のランクはBのゴールド、Aのプラチナとなり、さらに上のSランクは虹色に光るのだとか。
ゴールドに上がるには相当の成果を示す必要があるので、Cランクまで行けば一人前の冒険者を名乗ることができた。
「なるほど、さすがバーンさんですね。それなら問題なさそうです」
「何が問題だったか分からないが、理解してもらえたようだな。俺は大丈夫だから、もしフロルゲン砦に行く用事があったらみんなに知らせておいてくれ。調査って言われても書類とか手続きもできることは終わってて、今はヒマで仕方がないんだよ」
「ははは、わかりました。でもヒマなら休んだらどうですか?会議の時は休みがないって嘆いてたじゃないですか。せっかく家でじっとしていろって言われてるのに、自分から仕事を探すこともないでしょう」
「動いてた方が気が楽なんだよ。みんなが頑張っているのに、自分だけゆっくりしてるのは悪い気がするんだ。それに、大丈夫だとは思うけど、あの調査官がヘンないちゃもんを追加してこないとも限らないし」
「ははっ、意外と繊細なんですね。バーンさんはもっと豪快な人だと思ってましたよ」
ライアンは脇に置いてあった荷物を馬に積み直した。
「フロルゲン砦の方へは、自分が連絡しておきます。バーンさんの無罪がすぐにでも証明されることを祈ってますよ」
「ああ。そしたら、記念にまた一杯やろうな」
「いいですね。バーンさんのおごりでお願いします」
ライアンがいたずらっぽく笑う。
ふざけんなと返すが、軍でもらった給料はあまり使っていないので結構残っている。おごるくらいなら安いものだ。
「そうだ、忘れてた。自分、王国軍を辞めました。故郷に帰って、そこの守備部隊に入隊するんです。また会えるといいですね。ではまた」
「は?いきなり何を、おい、待てよ!」
ライアンは馬に乗って、
あいつはいったい何をしにここまで来たのだろうか。謎だけが残ってしまった。
◇
冒険者パーティー【女神の盾】とともに塩漬け依頼を片付け始めてから3ヶ月が経った。
その間、調査局からたまに呼び出されたりしたものの、俺の環境は特に変化はなかった。
【女神の盾】の協力もあり、塩漬け依頼は順調に片付け終わってしまった。
そもそも塩漬け依頼とは、報酬や難易度の面から冒険者に避けられ続けた依頼のことであり、緊急性が薄いとしてギルド側でも対応を先送りしていた面倒くさいものばかりだった。
そんな、放っておけば忘れ去られて腐りそうな依頼を片付けたとして、ギルドからとても感謝された。
最後の塩漬け依頼を達成した後、併設された酒場で【女神の盾】と酒を酌み交わす。
「バーンさんのおかげで、オレたち【女神の盾】の評価も上がりました。この分なら近いうちにBランクに上がれそうですよ。本当にありがとうございます」
「いいっていいって。助けてもらってるのは俺も同じだ。そもそも俺一人じゃクリアできない依頼も多かったし。それにキミらがギルドで信頼されていたからこそ、俺の監視として認められたんだ。キミらと一緒に仕事ができて、俺もうれしいよ」
「そう言ってもらえてうれしいです。バーンさんがよければ、謹慎が解けたらオレたちといっしょに冒険者をやりませんか?バーンさんとなら、AランクどころかSランクにも成れますよ、きっと」
【女神の盾】のリーダーであるリューセイが熱弁し、他のメンバーもうなずいた。
「オレたちは、世界を救った勇者オルガノのような英雄になるのが夢なんです。今は魔王はいないけど、世界中の人たちが魔物に苦しんでいます。オレたちはいつか全てのまものを倒して、みんなが安心できる世界を作りたいんです。バーンさんが一緒なら、きっとそれができますよ」
「誘ってくれるのはありがたいけど、俺は王国軍の軍人なんだ。レベルは俺の方が高いかもしれないが、戦闘のセンスや駆け引きはキミたちの方が上だ。俺は安全な所から攻撃してばっかりだから、今は大丈夫でもそのうちお荷物になるよ」
「そんな謙遜する必要ないですよ。ゴブリンキング討伐の時も、バーンさんがキングを食い止めてくれてたからこそ勝てたんです。バーンさんが弱いわけありませんよ」
リューセイは酔っているのか、顔が真っ赤になっている。
俺がコブリンキングを食い止めたと言っているが、なんとか負けなかったという方が正しい。俺が粘っている間に彼らが取り巻きの雑魚を一掃してくれたので、最後は全員でキングを討伐できたのだ。
キングが率いるゴブリンの群を一掃するとか、兵士たちならベテラン以上が五十人は必要だ。それをたった五人で倒してしまった彼らこそ、未来の英雄と呼ぶにふさわしいだろう。
「なんにしても、俺は今は謹慎中だからな。あんまり目立つことはできないよ。それに、長い間キミらを俺に付き合わせてて、悪いと思ってるんだ。塩漬け依頼もなくなったことだし、冒険者としての活動はしばらく控えようと思ってる」
「えー、そんなのもったいないですよー。バーンさん、オレたちと冒険しましょうよー」
酔って絡んでくるリーダーに、メンバーたちが同調する。
悪いヤツらではないんだが、こういうところは冒険者らしいなと苦笑する。
「よし、乾杯しよう。みんなの明るい未来を祈って、乾杯だ!」
「「「かんーぱーい!うぇーい!!」」」
ジョッキをぶつけて声を出す。酔っ払いから話を逸らすにはこの手にかぎる。
俺はゆっくりと酒を飲みながら、楽しそうな彼らを眺めていた。
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