第2話 調査官の迷推理

いそがしい時に突然やってきたベントラー調査官が、俺が予算を横領していたとキメ顔で指摘してきた。

コイツはいったい何を言っているんだろうか。ツッコミ所が多くてどこから反論すればいいか分からない。


「真実を当てられて声も出ないようだな。わたしの頭脳は全てを見通すのだよ。キミはこれから本国で裁判にかけられることになる。覚悟するといい」


「ちょっと待ってください。なんでそんな結論になったんですか。そもそも横領できるほどの予算なんてないですよ。そんな余裕があったら、まずは食事を改善してます。最近はイモばかりで嫌気がさしてるんです。金があるならまずベーコンを樽で買ってます」


「ふふ、部下に質素倹約を押しつけて、自分は贅沢をするつもりか。極悪非道だな、キミは。根拠ならここにある。キミが書いたこの手紙だよ。近隣の砦と物資の融通し合おうという一見立派な内容だが、その価格比率がおかしい。わたしは市場価格に詳しくてね、ここに書かれている物を交換するのは、価値が釣り合わないことがすぐに分かるのだよ。具体的にはこちらの砦が損をする計算だ。キミはその差額分を予算に計上し、浮いた分を懐に入れているのだろう?」


「違いますよ。差額分は人員を貸与してもらってるんです。あっちは物は足りなくても人員には余裕があるようなので、物資の運搬や砦の修理などの雑用をやってもらってます。我がフロルゲン砦は金を払ってでも人手が欲しいんですよ」


「ふん、それもキミが言っているだけだろう?証拠にはならないね。そもそも大変だと言うが、どこの砦も似たようなものなのだよ。大変なのはキミの努力が足りないからだ」


「精一杯努力をしてますよ!」


思わず怒鳴ってしまった。深呼吸をしてから話を続ける。


「……失礼。やれることはやっています。それでも無理だから、予算の増額を訴えているのです。どうかご理解ください」


「……ふん、怒鳴れば他人が言うことを聞くとでも思っているのか?野蛮だな。だいたいだな、金が足りないというのは無能な者の言うことだよ。自分の無能を金のせいにして文句を言う。金がそんなに大事か?そういう事はもっと自分を鍛えてから言うべきだと……」


「大変です!またサイクロプスがあらわれました!!」


言葉を途中で遮られて、調査官が顔をしかめる。

だが報告に来た兵士はそれに気付いていないようだった。


「あ、グラバル大隊長お久しぶりです。申し訳ありませんが、緊急事態なのでバーン隊長をお借りしますね。お疲れのところすいませんが、もう一度アレをお願いします」


「待ちたまえ。その男はこれから本国へ連行するのだ。勝手な行動を許すわけにはいかない」


兵士はコイツ誰?という顔をしたので、エラい人だから逆らうなと目線を送っておく。

理解したかは分からないが、とりあえず居住まいを正したので失礼はしないだろう。


「失礼しました。貴方さまがどこの誰だから知りませんが、バーン隊長を連れて行かれては困ります。この砦にはバーン隊長が必要なのです。それとも、他にサイクロプスをどうにかしてくれる人がいるんですか?例えば貴方さまとか」


「わたしは戦うためにここに来たのではない。正義を成すために来たのだ。どうしてもと言うなら、グラバル大隊長、キミが行きたまえ。この男にできることなら、キミにもできるだろう?」


「え、わたしですか!?」


いきなり指名された大隊長も、兵士もまさかという顔をしている。

調査官に顎で『行け』と指図され、困った顔でこちらを見た。


「大隊長。俺が不正なんてするわけないのは分かってますよね?俺を連れて行く前に本格的な調査をするように言ってはくれませんかね。俺がここを離れたら、ひと月も保ちませんよ」


「いや、わたしは、その」


大隊長が調査官にすがるような視線を送るが、返ってきたのは鼻から出た嘲笑だった。


「ふふん、辺境でもないこんなはずれ・・・の砦が、そんな危機的な状況であるわけがない。大げさな話をするのが得意なようだな」


「俺も最初はそう思ってたんですけどね、どうやら森の向こうの隣国に【ダンジョン】が発生したらしいんですよ。隣国は対処しないで放ってあるし、あふれたモンスターがこっちへ流れてきているらしくて。って、そのことは報告書で何度も送っているはずですよね?」


「だからわたしは砦の運営など関係ないのだと何度言えばわかるんだ。それともまだ自分はやっていないとシラをきるつもりなのかな」


「実際に悪いことは何もやってないんですがね」


もう何を言ってもムダらしい。コイツの脳内では俺が不正をしたのだと決定されているから、それを今くつがえすのは難しそうだ。


「俺が不正をしてないってわかったら、どうしてくれるんですかね?あとこの砦が無くなったら、その損失も含めて貴方が責任を取るんですかね」


「くだらないもしもの話をしても、キミの罪がなくなるわけではないぞ。さあ、諦めて本国まで来てもらおう」


調査官が手かせをチラつかせてきた。大隊長が連れてきた人なので、本国も承知なのだろう。どうしようもないので大人しくついていくしかない。


「わかりました。同行します。その前に砦の人たちに挨拶してきていいですか?」


「ダメだな。証拠隠滅の恐れがある。これからわたしの部下がここを調査するから、その時に伝えてやるよう言っておこう」


ご親切なことで。そんな皮肉が出かかったが、飲み込める程度には大人になっていた。


「じゃあ大隊長、お世話になりました。これからがんばってくださいね。俺が帰ってきた時にはなくなってるとか、マジ勘弁ですからね」


「ああ、うん」


大隊長はイヤそうな顔でうなずいた。


砦から出たところで、、大きな地響きと兵士たちの怒声が響いてきた。サイクロプスが砦に攻撃してきたのだろう。

一体くらいなら兵士たちでも倒せるだろうが、何度も続くと砦の方がもたないだろう。


外には二頭立ての馬車が、すぐに出発できるように用意されていた。


「見えるかい?あの馬車にはキミのような罪人を入れるための特別な部屋を作ってある。魔術で強化してあるから、どんなことをしようが壊れない特別製だ。本国に着くまで乗り心地を楽しんでくれたまえ」


楽しそうに笑う調査官の頭上を黒い影が通り過ぎた。見上げると、砦の一部が宙を舞っている。それが放物線を描いて馬車へと落ちていくのが見えた。

視線の先で、それが馬車に命中する。

舞い上がった土煙が晴れると、調査官が自慢していた特別な部屋とやらはしっかりと形を保っていたが、それ以外はバラバラに壊れていた。


「あー、あれじゃあ本国には戻れませんね。修理します?資材不足でいつ直るか分かりませんけど」


「そ、そそ、そんなわけにいくか!馬は無事なんだから、馬に乗っていけばいい!わわ、わたしの馬車の修理費は、請求させてもらうからな!」


「サイクロプスに言ってください」


突然の災難であわてふためく馬をなだめるのに小一時間かかった。

調査官は馬に乗るのは慣れていなかったのか、乗るのにも移動するにも文句を言っている。

次の街で馬車を買うと息巻いていたが、あるとしたら資材運搬用の台車だろう。


馬の鞍にしがみつく調査官を見ながら、自分の無罪が早く証明されてほしいと思った。

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