王国軍を冤罪で追放された男、やがて世界を救う英雄となる
天坂 クリオ
第1話 フロルゲン砦の戦い
フロルゲン砦の戦況は
砦に迫る魔物は夜だろうと途切れることはなく、対して防衛している我が軍は疲労が蓄積している。
少ない物資をやりくりしながら戦力を維持しているが、いつ崩壊してもおかしくない状況ではあった。
「バーン百人隊長、またサイクロプスが出てきました!」
「わかった。すぐ行く」
手紙を書く手を止めて戦闘の準備をする。
本国からの支援についてはほぼ諦めている。これはそれとは別のものだった。
最低限の鎧兜を着けて砦の外壁にたどりつくと、遠くから一つ目の巨人が歩いてくるのが見えた。
まだ距離があるが、あの長身なら数分でここまでやってくるだろう。
ゴブリンやオークなどの雑魚なら一般兵でも対処できるが、アレを退治するにはある程度のレベルが必要だった。
足場が広く作られた場所には、俺の身長と同じくらいの長い槍が用意されていた。
「待たせたな。いつもの準備はできてるか?」
「はい。黒雷獣の脂を全体に塗ってあります。でも残りが少なくて……」
「あいつを倒さなきゃ、次の補給までこの砦が残らない。ケチらずしっかり使ってくれ」
手袋ごしに槍を握る。この手触りにも慣れたが、つまりそれだけ槍を投げてきたということだ。
最初に聞いた話では、この砦はここまで大変な場所ではないということだった。だが現実は情報通りではなく、気が休まる暇があまりなかった。
ため息を深呼吸でごまかし、槍を構える。サイクロプスは先ほどよりも近づいている。これ以上の余裕はないだろう。
広場から人を遠ざけ、後ろの縁ギリギリに立つ。全身に自己強化術式をまとわせ、投擲体勢に入った。
「偉大なる天の神へ、忠実なる信徒が請う。我が槍の一投に、悪を退ける力を授けたまえ。闇を突き穿つ一撃をここに!【ボルトスティンガー】!!」
音節を唱え、ステップを踏み、全力で叫び放つ。
手を離れた槍は光となって空を斬り裂き、サイクロプスの一つ目に命中した。
外壁の兵士たちにも見えたのだろう。大きな歓声がいくつも上がった。
「さすがバーン百人隊長。今回も一撃でしたね」
「今回も足りてくれてよかった。やっぱり黒雷獣の脂をケチったらダメなんだ。今のでほかの魔物もビビってくれたようだな。見張りを残して休憩に入るように伝えてくれ。こんな日がいつも来るとは限らないんだから、しっかりと装備の手入れをしておけよ」
「「「はいっ、わかりました!」」」
兵士たちに見送られて砦の中へ戻る。大変な仕事だが、慣れればなんとかなるものだ。
中断された仕事に戻るべく、仕事部屋へと急いだ。
本来なら全体の情報を集めて指揮をする立場なのだが、ああいう大物が出てきた場合は俺が迎撃した方が速いし、コストも安く済む。
この砦の現状は色々とギリギリだった。
予算も人員も設備も装備も、用意されたものだけではまかないきれなくなってきていた。部下たちにも協力してもらってなんとか回しているが、それがダメになるのも時間の問題だ。
本国へ予算の増加を何度も訴えているが、ここ何年も変化はなかった。
部屋へもどりテーブルに着くが、さっきまで書いていたはずの手紙が見つからない。落としたのかと思って床をみたが、小さなホコリしか見つからなかった。
「探し物はコレかな?」
隣室への扉が開いて、二人の人間が入ってきた。
一人は直属の上司、大隊長であるグラバル筆頭百人隊長。俺をこの砦に割り振った張本人である。本来は彼が砦の総指揮をとるのだが、他の砦も回る必要があるとかで最近はずっと来ていなかった。
もう一人の、声をかけてきた方。こちらは見覚えがない。俺よりも少し若く見えるが、階級章は大隊長のさらに上であることを示していた。
グラバル大隊長は、彼をリック・ベントラー調査官だと紹介した。軍の中での犯罪行為を調査し、処罰するのが仕事らしい。そんな人がどうしてこんな所に来たのだろうか。
よく分からないが、相手の方が立場が上なので立ちあがって敬礼する。
「ようこそいらっしゃいました。出迎えができず申し訳ありませんでした」
「いいよいいよ、キミも忙しいんだろう。迎撃に出ていたようだしね。この砦をしっかり守ってくれているようで何よりだよ」
「はあ、ありがとうございます」
なんでそんな話をするのか、よく分からない。
視察なら先に連絡してもらわなければ準備ができないし、ただ話をしに来ただけならば、早く帰ってもらいたかった。仕事はまだまだ残っている。これを片付けなければ、俺も休むことができない。
「魔物の攻勢が激しくて大変だと聞いていたが、大丈夫そうだね。実によく頑張ってくれている」
「はい。ですが怪我人が増えていまして、治療士も足りていません。外壁の損耗も重なって来ていて……」
「やめてくれないか。今日はそんな話をしに来たんじゃないんだ。そういうのは本国の会議でやってくれたまえ。今日わたしが来たのは他でもない。この砦で、重要な軍紀違反があるとの密告があったからその調査に来たのだ」
「軍紀違反、ですか」
軍紀が守られなければ軍は崩壊する。ちょっとだけだからと見逃せば、アリの穴が空いたダムのごとく、全てが壊れてしまうだろう。
なのでそれの調査をするというのなら、最優先にするべきだ。
「調査ですね、わかりました。資料を集めさせますので、しばらくお待ち下さい」
「いや、その必要はないよ。重要な証拠ならもう見つけたからね」
内心で驚きながら、グラバル大隊長を見る。何か知っているのか、居心地悪そうに視線を逸らしていた。
ベントラー調査官は俺の書きかけの手紙をかざして言った。
「これは、近隣の砦への協力の打診だね。物資の交換や人員の貸与について書かれている。こういうことは、よくやっているのかな?」
「はい、そうです。先ほど言ったとおり、我が砦はとても苦しい状況です。支給される物資や予算で買い揃えるのも限界があります。そこで近隣の砦と物資や人員を融通し合って、なんとかしのいでいます」
「ふむ、それでなんとかなっているようだが、それでもまだ予算が足りないと?」
「もちろんです。今はしのげていますが、装備や設備、そしてなにより兵士たちの限界が近づいています。交代要員が来たとしても教育する時間が必要ですし、早急に対策するためにも予算が必要です。大まかですが、最低限でもこのくらいは……」
「それは見る必要がない。先ほども言ったが、わたしは軍紀違反の調査に来たのだよ」
書類を見ようともしない調査官に苛立ちそうになるが、どうすることもできない。
早く用事を済ませて立ち去ってほしいと思っていると、調査官は手帳を取り出して言った。
「バーン隊長。キミはたかが百人長でありながら、この砦の運営を任されているね?」
「はい。ですが俺……私はあくまでグラバル大隊長の代理です。私が……」
「身の丈に合っていない地位にいるという自覚はあるようだね。キミはこの砦という大きなモノを任されて、自分が偉大な人物だと勘違いしたわけではなさそうだ。ということは、自由にできる今のうちに甘い汁を吸おうとしたのかな」
「……おっしゃっている意味がよく分かりません」
「キミ程度の頭では理解できなかったかな?ならばハッキリ言ってあげよう。バーン隊長、キミは砦の管理者という地位を利用して、この砦の運営予算を横領したのだ。近隣の砦との物資の融通という形で物資の不足を誤魔化し、私腹を肥やすためにもさらなる予算の増額を要求する、厚顔無恥の輩。それがキミだ」
ベントラー調査官が、キメ顔で指をつきつけてきた。
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