第2話 日常に戻る


 駆は自宅のアパートにあるベッドの上で目を覚ました。

 自室の窓からはカーテン越しに陽の光が差し込んできている。

 昨日は亡くなった母の告別式で、遺体を火葬して墓に納骨するところまでを行ったはずだった。

 しかし、その後からの記憶が何故か曖昧で、全てが終わった後で葬儀のことで世話を焼いてくれた叔父夫婦に食事に連れて行ってもらったところまでは覚えているのだが、その後どうしたのか全く記憶にない。そもそも、自分は何故誰もいない自宅に戻っているのであろうか。

 ふと、思いついてスマートフォンを確認する。これは母が使っていたもので、母が亡くなった後解約して駆用に新しいスマートフォンを購入するの間お守り代わりということで駆に預けられていた。

 やはりというべきか、スマートフォンには叔母からのメッセージが届いていた。内容は、母が亡くなったことによる諸々の手続きは今日から始めるということ、それらの手続きが終わるまでの間はこれまでの自宅で過ごしていて構わないこと、それが終わった後で自分たちの家に引越しをしてほしいこと、などといったことが書かれていた。

 一通り内容を確認した後、駆はスマートフォンを待機状態にして、再びベッドの上で退屈そうに寝転んだ。父が亡くなった後、長らく母と二人で過ごしてきたこの家とももうじきお別れになってしまう。そう思うと、どこか寂しい気持ちが駆の心に湧き上がる。

 確かに寂しいのではあるが、しかし、前日までとは異なって駆はやけに冷静に事実を受け止めていた。昨日まではあんなに母の死を悲しみ、別れを惜しんでいたというのに。

 いや、悲しくない、寂しくないわけではないのだが、駆の心は奇妙に落ち着いていた。まるで人が変わったみたいに、母の死を客観的に見るだけの心の余裕が生まれている。そのことに駆本人が一番驚いていた。

 母が死んでからまもなく四日が過ぎる。この出来事を過去のことにするのはまだ早いような気もするのであるが、いつまでも母の死を嘆き悲しんでいても母も喜んではくれないだろう、とも駆は思っていた。

 駆は頭から布団をかぶる。まだ当分は学校に行くことも無い。せいぜい今のうちにこの家で過ごす幸せを噛み締めよう。そう考えて、駆は二度寝に入った。



 それから数日後、駆は学校に登校した。引越しやら何やらで落ち着くまでに時間がかかってしまったのだ。母が亡くなった日は病院で付き添うため朝から欠席していたので、そこから通算すると十日間も学校に出ていなかったことになる。

 流石にそんな駆を心配したのか、登校には叔父夫婦が一緒に付き添ってくれて、担任や教頭先生に挨拶をしてくれた。駆としては別に一人でも良かったのであるが、せっかく心配してくれているのだから、となるように任せることにした。

 担任の教師と一緒に廊下を歩いて教室へと向かう。十日間というのは思いのほか長い期間なのだろうか。駆はただ廊下を歩いているだけなのにやけに懐かしい思いにとらわれた。

 教室に入ると、久しぶりに見るクラスメイト達のざわめきが駆を出迎える。歓迎しているような、困惑しているような、何とも言い難い雰囲気であった。

 担任が駆の事情について一通り説明をしたあと、またこれまでと同じように学校に通うので、皆もしっかりサポートしてあげてほしい、と話をまとめてくれた。担任の心配りに感謝しつつ、駆は自分の席に着いた。



 昼休みになり、駆はクラスメイト達からの質問攻めにあっていた。

 葬儀に関わるあれこれから始まって、お母さんが亡くなってこれからどう生活するのかとか、一人きりで何か困ったことはないかといった親身な問いかけから、学校に来ない間楽だったかとか、葬式に顔を見せていた女子は誰が一番可愛かったか、というどうでもいい質問まであれこれと質問された。

 最初はクラスメイト達のそんな賑やかさが楽しかった駆であったが、段々面倒臭くなってきてしまい、質問が途切れたタイミングでトイレに行くと言って席を立った。

 トイレには行った駆であったが、このまま教室に戻ったらまた質問が再開されるのは目に見えていただけに、ひとまず屋上に避難することにした。屋上にも誰かしらいるだろうが、それでもくだらない質問攻めに遭うよりはずっとマシだろうと駆は考えていた。

 屋上に上がると、駆が思っていたよりは人影は多くなかった。他のクラスや学年の違う生徒たちが数人いるが、駆のクラスの生徒の姿は見えない。

 駆はほっとため息をつくと、近くの金網に背を預けて座り込む。

 今日は快晴だった。雲が多少見える他は、透き通るような青空が広がっている。

 駆が大きく伸びをしてリラックスしていると、不意に聞いたことのない女子の声が耳に飛び込んできた。


 「お母さんが亡くなったって聞いていたから、もっと悲しんでいるのかと思ったけれど、思いのほか平気そうね」


 何だか妙な棘のある言葉が飛んできて、駆が声の主の方を向くと、そこには一人の女子生徒が駆のことをじっと見つめていた。

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