第3話 文音
その女子生徒は背が意外に高く、身長が170cm以上ある駆よりも少し小さい程度。学校指定のブレザーに身を包み、長い髪をツインテールにまとめた中々の美人ではあるが、今は随分と冷めた表情を浮かべている。
言葉の内容からして駆のクラスメイトなのだろうが、駆にはクラスにこんな女子がいた記憶がない。大体、さっきもクラス全体を見渡すチャンスがあったというのにまるで気が付かなかった。こんなに存在感のありそうな女の子なのに。
駆が不思議そうな視線を送っているのに気が付いたその女子は、ああ、というようにうなずいた。
「そう言えばちゃんと挨拶してなかったわね。私の名前は
「こちらこそよろしく、志渡さん」
駆が挨拶を返すのを確認すると、文音はくるりと駆に背を向けた。
「え? もう行くの?」
「だって、もう目的は済んだもの。教室へ戻るわ」
駆が呆気に取られていると、文音はあっさりとした口調で話し、そのままスタスタと歩き去ろうとする。駆はあわてて文音に声をかけた。
「ちょっと待ってくれよ。屋上までわざわざ俺に挨拶だけしに来たのか?」
「だって、教室で挨拶してたら注目されるでしょ? 私、必要以上に目立つのは好きじゃないの。それだけよ」
それだけ話すと、今度こそ文音は屋上から降りていった。駆はあまりにもあっさりとした文音の態度にどうしたらよいものか分からず、呆然とその場に佇むしかなかった。
「……一体何なんだよ、あいつ……」
昼休みが終わる頃に駆が教室に戻ると、どこ行ってたんだと他のクラスメイトからどやされたが、駆の方はそれどころではない。
席に着いてからそれとなく教室を見回してみると、今度は難なく文音を見つけることが出来た。
文音は廊下側の前列にある端の席で退屈そうに座っていた。駆は窓際後方の席にいるので、ちょうど駆とは正反対の位置にいることになる。
文音は駆が視線を向けると、ちらりと駆の方を見たがそれ以上の反応はせずに再び退屈そうに前を向いた。
そうこうしている間に午後の授業が始まる。午前中もそうだったが、駆は少なくとも今日一日の間は授業中に指されないという暗黙のルールが教師の間で出来ているらしく、授業中は案外暇であった。
そんな中、英語の授業で文音が指されるシーンがあった。文音は流暢な英語の発音を披露し、初めてそれを聞く駆は内心で舌を巻いた。どうやら文音はかなり英語が得意らしい。その他の勉強も恐らくかなり出来る人間であろうことは、駆にも容易に想像がつく。
駆は自分の想像よりも遥かに文音が高嶺の花であることが分かって、少しがっかりした。贔屓目を除いても楽々美少女の部類に入る文音に何はともあれ声をかけてもらえたのは嬉しかったのだが、どうやらあれはほんの気まぐれであったらしい。
ホームルームの時間になり、文音のことを思いだしたらしい担任が改めて駆に文音を紹介したが、既にお互いに挨拶しあっている二人からすれば同じことの繰り返しに過ぎず、駆も文音も担任教師の手前もあってとりあえず頭を下げて形だけの挨拶をして終わってしまう。
ホームルームが終わった後、駆は友人の男子から「ちょっと志度さんに対して淡白過ぎないか」とツッコミを入れられるが、「向こうも俺には興味がなさそうだよ」とかわした。
文音の方は文音の方でホームルームが終わると部活に出る素振りもなくさっさと下校してしまっており、その駆の発言には説得力があった。友人はまだ何か言いたそうな感じではあったが、構わず駆は席を立つ。まだ引越し後の片付けが完全に済んでおらず、今日は早めに帰らなければならなかったのだ。
駆と文音の出会いは、お互いに離れたままで終わった。
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