エピローグ3「青春の、その先に」


 見上げた空はこれでもかというくらいの快晴で、今日は最高の結婚式日和だった。


「ね、お姉ちゃん。どこか変なとこないー?」

「ん?大丈夫だって。さっきも同じこと言ってたよ、美琴。そんなにそわそわしなくたって、美琴は十分可愛いんだから」


 そんなストレートに言われると、なんだか照れ臭くなってしまう。

 お姉ちゃんは私の頭を軽く撫でてから、優しく微笑んでくれた。


「……あ、ありがと」

「ふふっ、本当に美琴は可愛いなぁ」


 吹き抜けで青空が広がる、荘厳な雰囲気のチャペル。

 椅子もしっかりとした木で出来ていて、渡された紙にはよく分からない聖書の一文や賛美歌の歌詞が書いてある。

 今からここで、結婚式が始まるんだ。

 そう思うと余計に緊張してしまって、もう一度髪が乱れていないか確認してしまう。


「紅音ちゃんに美琴ちゃん。久しぶり」

「あ、青ちゃんーー」


 聞き慣れた声に振り返ると、そこには思わず言葉を失ってしまうくらいの美女がいた。

 明るい水色のドレスに身を包んだ青ちゃんは、テレビで見るよりも何倍も綺麗で。

 実際女優さんとかに会うとテレビの何倍も綺麗だって言ったりするけど、そんなことないだろうと思ってた。

 でも今実際、青ちゃんを目の前にするとその話が本当だったことを思い知る。

 青ちゃんってこんなに綺麗だったんだな。


「ん、どうしたの美琴ちゃん。そんな間抜けな顔して」

「ま、間抜けじゃないですよ!もう……!」

「あはは、ごめんごめん!」


 開きっぱなしの口を急いで閉じても、あんまり説得力はなかった。

 隣に座る青ちゃんから、ほんのり甘い香りがする。

 私だったら絶対に青ちゃんと結婚するのになぁ。

 青ちゃんで勝てなかったんだから、私なんて絶対に無理なことを改めて自覚する。

 それだけ、あの二人の絆が強かったっということなのだろう。


「あたしもいるけど、美琴?」

「あ、冬香さん!お久しぶりです!」

「お久しぶりって…先月会ったばかりでしょ?紅音さんも、こんにちは」


 青ちゃんのすぐ後に続いて、冬香さんも席に座った。

 淡い紫のドレスが、大人っぽい冬香さんにはピッタリだった。


「冬ちゃん!久しぶりだね、元気してたー?」

「いや、だから先月会ったばかり……」

「1ヶ月経ったら、もう久しぶりですよ!ね、お姉ちゃん?」

「そうそう!」

「本当にこの姉妹は……はぁ」


 やれやれと言った表情で、冬香さんは諦めたのかもうそれ以上は突っ込んでは来なかった。

 周りを見渡すと、少しずつ人が座り始めている。

 もうまもなく式が始まるんだ。

 そう思うと私の緊張は、より一層高まるのだった。


「あれ、美琴ちゃん緊張してるの?」

「だ、だってこういうの初めてだから……青ちゃんは緊張しないの?」


 ガチガチの私に対して、青ちゃんは落ち着いた感じでいる。

 これが大人の余裕というものなのだろうか。


「うーん、これよりも緊張すること今まで色々あったからなぁ」

「流石は一世を風靡した、元国民的アイドルですね“天之川歌子”さん?」


 そんな私たちの話に、冬香さんが悪戯な笑みを浮かべながら入ってくる。

 冬香さんはいつもクールで優しいけど、たまにこうやって意地悪になったりする。

 まあ私はそんな冬香さんも大好きなんだけど。


「や、止めてよね。アイドルなんて、本当にやりたくなかったんだから……今でも本当に恥ずかしいし後悔してるんだから……!」

「えー?あたしは凄く好きでしたけどねぇ。今度観ましょうよ、天之川歌子のラストライブ。コンプリートBOX持ってますから」

「あ、アンタねぇ……!まあでも、今をときめく綺麗過ぎる科学者さんには及ばないけどね?」


 すかさず反撃とスマホを取り出して、青ちゃんは冬香さんが載っている新聞記事の画像をかざす。

 それは私もこの前学校で見た、あの新聞記事だった。


「そ、それは真理亜が勝手にやってるだけで……!本当に迷惑してるんですよあたしは」

「でもなんかまんざらでもない感じだけどなぁ」

「まあまあ二人とも落ち着いて、ね?」


 青ちゃんと冬香さんのいつも通りのやり取りを、優しくお姉ちゃんが諫める。

 これもまた、いつもの流れだった。

 二人は仲が悪いのかと私は思ってたけど、お姉ちゃん曰く“喧嘩するほど仲が良い”ということらしい。

 この二人は“戦友”だからこそ、ああやって本音を言い合うことか出来るそうだ。

 一体何の戦友なのか、教えてはくれなかったけれど……私にも二人が仲良しだってことはよく分かった。


「美琴ー、久しぶりー!」

「あ、桜に晴人!久しぶりー、元気してた?」


 そして冬香さんの弟妹の桜と晴人も、私たちの後ろに座る。

 二人とは冬香さん共々家族ぐるみの付き合いをしてるから、同い年の私たちは互いを呼び捨てで呼び合っているのだ。

 その方が楽だし、気兼ねなく話せるからね。


「ひ、久しぶりだな美琴……」


 ……気兼ねなく話せるはずなのだけど、なぜか晴人は妙にもじもじしてこちらの様子を伺っている。

 いつもなら明るい感じで話し掛けてくれるのだけれど、何かあったのだろうか。


「どしたの、晴人?顔真っ赤だけど」

「ふふっ、晴人はねー今日美琴に会うのが楽しみだったんだよ?」

「お、おいっ桜!適当なこと言うなよな!?」

「えー、本当のことじゃん?」


 じゃれ合う桜と晴人は、本当に仲良しだ。

 まあ私とお姉ちゃんの方がもっと仲良しなんだけどね。


「二人ともうるさい。もうすぐ始まるんだから静かにしなさい」

「「はーい……」」

「……ね、美琴?」

「はい?」

「晴人のこと、よろしくね」


 二人を叱ってから、冬香さんはまた悪戯な笑みを浮かべながら私に囁いた。


「……?まあ、はい?」


 よく分からないけれど、とりあえず返事をする私を冬香さんは楽しそうに見ていた。

 一体どういうことなんだろう。

 そんなことを考えている内に、チャペルにアナウンスが流れ始める。

 どうやら、もう式が始まるようだ。

 ちらっと手元にあるパンフレットを見て、最後に流れの確認をする。

 皆と話したことで、少しは緊張が和らいだけれどまだ手汗はびっしょりだった。


「いよいよだ……」


 チャペルが静まり返って、式が始まる。

 二人が主役の、結婚式が始まる。

 パンフレットには二人の笑顔と新郎新婦の名前ーー









 ーー“四宮薫“と”桃園春菜”の名前が書いてあった。




































 なんで先に新郎が入場しなければならないのだろうか。

 皆の視線が痛いし、新婦を待つ時間だってこんなにも気まずい。

 見渡せば、知った顔がニヤニヤとこちらを見ている。

 そりゃあ結婚式の主役は花嫁だろうさ。

 でも俺だって今日の主役なわけで、この扱いの差には少しくらいの不満を言ったって良いのではないか。


「それでは、新婦入場ですーー」

「…………っ」


 打ち合わせで、前撮りで見たことはあるはずだった。

 それでも扉から出てきた花嫁は、想像していたよりもずっと綺麗だ。

 一気に心臓が跳ね上がって、ついさっきまでくすぶっていた文句なんてどこかに吹っ飛んでしまう。

 それくらい、彼女は綺麗だった。


「……何ぼーっとしてんの?ちゃんとしてよね」


 普段と変わらない憎まれ口を、俺にしか聞こえないくらいの声でそっと囁く。

 なんとか我に返った俺を見て、くすっと笑う彼女は本当に輝いて見えた。


「それでは誓いの言葉をーー」


 エセ外国人みたいな神父さんが、俺たちとチャペルに集まってくれた人に説明をし始める。

 でも俺にはそんな声、ちっとも頭には入って来なくてただ目の前の花嫁に見惚れていた。


「……綺麗だ」

「ふふっ、ありがと」


 俺は今日、義妹だった春菜と夫婦になる。

 まだ実感なんて湧かないけれど、それは紛れもない真実だった。

 俺は春菜に、自分の青春を捧げた。

 彼女を守るため、兄として責任を果たすために。


「本日、二人は夫婦となりーー」


 でも春菜はそれだけじゃ許してくれなかった。

 そして俺自身も青春なんかじゃ足りないくらいに、彼女を大切に想っていることに気がついた。


「新郎、薫さん。あなたは今、春菜さんを妻としーー」


 この10年、色々なことがあった。

 そしてその中で俺は春菜と共に過ごして、こうして夫婦になることを決めた。

 命は言った、俺に幸せになってほしいと。

 だから俺は幸せになる義務がある。

 きっと今日はゴールなんかじゃなくて、まだ道の途中にしか過ぎないのだろう。


「汝、健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときもーー」


 でもきっと俺たちなら、大丈夫だ。

 だって俺たちは自分たちの力で運命なんか、幾らでも変えられることを証明出来たのだから。


「富めるときも貧しいときも、これを愛し敬い慰め遣え、共に助け合いーー」


 だから俺は、もう一度だけ誓おうと思う。

 今度は自分自身に、今目の前にいる愛しい人に。

 来てくれた、祝福してくれる人たちに。

 そしてもうここにはいない、俺たちの恩人に。


「その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」


 俺は、ゆっくりと春菜を見つめる。

 彼女もまた、少し恥ずかしそうにしながらも真っ直ぐに俺を見つめてくれた。

 青春で足りないっていうならさ、幾らでも捧げてやるさ。

 今までは兄として、そしてこれからは生涯の伴侶として。

 俺たちの物語はこれからもずっと、続いていくんだ。


「ーーはい、誓います」


 だから心の中で、俺は改めて誓う。

 死に戻りしたんで妹のために生涯を捧げよう、と。




























 ーー 死に戻りしたんで妹のために青春捧げようと思う・完 ーー


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