最終章「死に戻りしたんで妹のために青春捧げようと思う」

73話「12月14日 プロローグ」


 目を開けると、いつもと変わらない天井が見えた。

 まだはっきりとしない意識の中で、たった今まで見ていたはずの夢の内容を思い返そうとする。


「…………分からん」

 

 しかし目が覚めた瞬間から、記憶は急速に抜け落ちていった。

 普段は夢なんてそんなに見ない方なので、詳しくは知らないが夢なんてそんな物なのかもしれない。

 所詮は現実ではないわけで、いちいち気にする方がおかしいのだ。


「穴来……命……」

 

 それでも俺はどうしても、その内容を思い出さなくてはいけないような気がした。

 今回だけじゃない、今までも何度か見てきた穴来命に関する夢。

 本当に意味がない、ただの夢なのだろうか。

 必死に思い返そうとするが、詳しいことを思い出すことは出来なかった。

 どこかの病室で彼女と話している、そんな断片的なことしか思い出せない。

 彼女の悲しげな表情だけが、やけに印象に残っている。

 ちらっと目の前の鏡を見ると、そこには間抜け面をした少年が一人、写っているだけだった。

 でも夢の中の俺は、もっと歳を取っていたような気がする。

 そう、あれはまるで死に戻りする前のーー


「ーーお兄ちゃん、起きてる?」

「…おう、起きてるぞー」

「もう朝ごはん出来るって、お母さんが。早くしないと電車間に合わないからね!」

「……分かってるって!すぐに支度する!」

 

 扉越しに聞こえて来た妹の声に我に返って、急いで身支度をする。

 時計を見ると春菜の言う通り、もう結構な時間になっていた。


「変なこと、考えてる場合じゃないな…」

 

 もう慣れた手つきで制服に着替え、鞄に教科書などを詰め込んでいく。

 俺が高校生に死に戻りしてから、既に8ヶ月以上の月日が流れていた。

 俺は相変わらず、こうして二度目の学生生活を過ごしている。

 春菜との仲もそれなりではあるし、自分自身も少しは成長出来たのではないだろうか。

 このままいけば春菜を死なせることなく、無事に卒業出来るような気さえして来る。


「薫くん、おはようー!」

「お兄ちゃん、もう先に食べてるからね!」

「明子さん、おはようございます。春菜、悪かったって」


 そのままリビングに降りて、軽く身なりを整えてから明子さんが用意してくれた朝ごはんを急いでかきこむ。

 相変わらず明子さんの料理はどれも絶品だった。


「あ、薫くん。青子ちゃんへのお土産だけど」

「ああ、昨日親父から言われてるんで大丈夫ですよ。今日の放課後約束してるんで」

「…約束って、何それ?聞いてないんですけど」


 隣からする不機嫌な声に振り向くと、春菜が沢庵をくわえながらムスッとした表情を浮かべていた。


「いや、親父がこないだ出張行って来て買って来ただろ。青ねえの分も買って来たからって俺に渡されたんだよ。言ってなかったっけ?」

「言われてませんけど?」

「ああ、悪かった……っていうか言う必要あるか、それ?」

「……別に、必要は、ないけど」

 

 俺の中で当然生まれた疑問に、春菜は少し気まずそうに答える。

 一体この妹は何が言いたいんだろうか。

 そして明子さんは、何故かニヤニヤしながらそれを見ていた。

 なんだ、もしかして俺何か間違ったこと言ってるのだろうか。


「ごめんね薫くん。春菜、焼きもち焼いてるのよ。大好きなお兄ちゃんが取られちゃうーって」

「な、はぁっ!?」

「…ああ、そういうことか!」

 

 明子さんの言葉に、春菜は顔を真っ赤にしながら立ち上がった。

 なるほど、そういう事だったんだな。

 思春期の妹って感じでなんとも可愛らしいではないか。

 思わず納得した俺を、春菜は鋭く睨みつけて来る。

 ……いや、冗談なんだからそんなに睨みつけないで下さいよ、春菜さん。


「そ、そ、そんなわけないでしょ!!お母さんも、変なこと言わないでよね!?」

「あらまー、ちょっとした冗談だったのに。そんなに怒らないでよね、春菜」

「なんだ、もしかして図星だったのか妹よ」

「……もう、知らないっ!ご馳走さまっ!!」

「あ、おい!春菜、待てよ!」

 

 少しからかい過ぎてしまったようだ。

 朝飯の残りを急いでかきこんで、そのまま春菜の後を追う。

 少し考えば分かる冗談に、あんなにむきになるなんて春菜もまだまだ子供だ。

 でも最近の春菜は、少し変だなとは思う。

 仲直りしてから、確かに俺たちは以前のように一緒に通学するようになった。

 家でも結構会話はするし、側から見れば仲の良い兄妹に見えるだろう。

 事実俺自身もそう思っている。

 しかし時々、春菜は今みたく恥ずかしがったり妙に俺を意識している……ような気がするのだ。

 勿論、俺の勘違いという可能性も大いにあるわけで、そうだったら滅茶苦茶恥ずかしいのだが。

 ……やはり思春期の女の子というのはよく分からない。


「あ、薫くんー!お弁当!」

「あー、すいません明子さん!後、片付けもーー」

「いいのいいの!それより春菜をよろしくね!あんな感じだけど、本当に貴方のこと信頼してるみたいだから」

「…はい、任せてください!」

「あ、それからーー」

「あー、すいません!もう春菜のやつ出ようとしてるんで!行って来ます!」

 

 申し訳なかったけれど、俺は明子さんとの話を終わらせて急いで玄関へ向かう。

 既に春菜は靴を履いて出ようとしているところだった。

 慌てて俺も靴を履き、学校へと向かう。


「あ、行ってらっしゃーい!!……まあ、お祝いは帰ってからで良いか」

 

 リビングにある、日めくりカレンダーには‘12月14日’と書いてある。

 今日が何の日なのか、この時の俺はまだ思い出せずにいた。

 俺、四宮薫の誕生日。

 そして繋いで来た微かな夢のかけらが示しているもの。

 今日がとても長い1日になることを、この時の俺が知るはずもなかったーー
























「いつまでもそんな怒るなって」

「別に怒ってなんてないですけど?」

「いや、怒ってるだろ……」

 

 電車を降りて、いつもの通学路を二人で歩く。

 もう季節は12月の半ば、歩いているだけでも相当な寒さを感じる今日この頃。

 周りの生徒たちも手袋やマフラーをして、なるべく寒さをしのごうとしているようだった。


「寒っ……」

「……マフラーとか、すれば良いのに」

 

 春菜はじっと俺の首元を見てくる。

 確かに春菜の言う通りで、もしマフラーがあれば今感じている寒さも、多少は緩和されるのだろう。


「それはそうなんだけどなぁ…」

「…何よ」

「いや、あんまりマフラーとかする習慣なかったし。急に巻くかってなってもさ、どんなやつにすれば良いのか分からないんだよな」

「……ふーん」

「それに俺ってセンスとか全くないからさ。自分で選んでも裏目に出るっていうかさ」

「何それ」


 話していてなんだか情けなくなるが、事実なので仕方がない。

 社会人の時は年中スーツだったし仕事中はほぼ室内だったので、こういう身に付ける物に気を遣ったことがほとんど無かった。

 そういえばよく同僚にはもっと身の回りの物に金をかけろとか、そんなことを言われてたっけ。

 あの時は適当に流していたけど、ちゃんと聞いておけばこんな風に困ることもなかったのかもしれない。


「えと、あ、あのさ……」

「ん、どうした?急に改まって」

「じ、実はさーー」


 ふと隣を見ると少し緊張した面持ちの春菜がいた。

 何か言い辛そうにしながらも、意を決したように鞄から何かを取り出そうとしてーー


「――おっはようさん、二人とも!!」

「いてぇ!?」

「きゃっ!?」

「おはよー!相変わらず朝から仲が良いねー、二人とも」


 ーーそれは海斗と佐藤の登場によって遮られた。

 夏までは部活があった二人も、引退してからはこうして同じくらいの時間に登校している。

 だからこうして会うことも珍しくはないのだが、今日はタイミング的に最悪だ。

 あと少し待ってくれたなら、春菜が何を言おうとしていたのか分かったのだが。


「お、おはよう。佐藤さん、倉田くん…」

「お前はさぁ、普通に挨拶出来ないのかよ。いちいち突撃してくんな!」

「いやぁ、元気のお裾分けってことで!」

「ほんと、子供だよね海斗は」

「なんだと!?」

「何よ?」

 

 そしていつも通り始まる痴話喧嘩に巻き込まれて、俺は春菜が言い掛けたことを聞きそびれてしまう。

 春菜もさっきまでの雰囲気は無くなっていて、海斗と佐藤の仲裁に入っていた。

 まあ焦る必要はないなと思い、俺もため息を吐きながらその輪に入ることにした。



 ――もしここで俺がなりふり構わずに、春菜の真意を聞くことが出来たなら。

 鞄から何を出そうとしていたのかを確かめる事が出来たのならば……この先に起きる未来は、変わっていたのかもしれない。


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