59話「覆される未来」

 秋も深まって来た10月中頃の放課後。

 俺は生徒会役員として、いつも通り生徒会室へと来ていた。

 いつもなら会長を中心に冗談を言いながら、雑務をこなすのだが今日は少し様子が違った。


「今日皆に集まって貰ったのは、他でもありません。ついに‘あの時期’が来ました」

 

 真剣な表情でそう話す会長は、いつものテンションの高い彼女とは180度違う。

 周りを見回せば白川先輩も大塚さんも同じように真剣な眼差しで、会長の言葉を黙って聞いていた。

 ちらっと向かいに座る春菜を見ようとして、偶然にも目が合ってしまう。


「あ……」

「っ……」

 

 一瞬、春菜は気まずそうな表情をしてから俺から目を逸らす。

 結局、俺はあの文化祭から3週間以上経った今も妹と仲直り出来ずにいる。

 今までもこういうことがなかったわけではないが、その時は原因がある程度は分かっていた。

 でも今回は違う。

 なぜ春菜が俺をこんなにも避けているのか、その理由がさっぱり分からないのだ。

 自分の記憶を思い返しても心当たりがない。

 だからこそ謝ろうにも、それすら出来ないでいる。

 このままでは死に戻りする前の状態に戻りかねない。

 それくらいには俺たちの関係は遠ざかっていた。


「――くん?薫くん?」

「…あ、はい」

「もう、ぼーっとしてたでしょ?せっかく雰囲気作ってたのにー」

「す、すいません…」

 

 頬を膨らます会長。

 今は春菜のことを考えるのはよそう、そう思っているのにどうしても考えてしまう自分がいる。


「まあ良いや。で、話の続きなんだけど、いよいよ来月には生徒会長選挙があります!」

「いやぁ、お疲れ様でした会長。打ち上げはどこにしますか?」

「えーっとね……じゃなくて、それは嬉しいんだけど今は置いときます!っていうか英も真面目にやってよねー!」

「あはは、悪い悪い。まあ簡単にいうと次の生徒会長を決めようと思うんだ。僕も会長も3年生だからね。それで、毎年この時期に選挙をして新しい会長を決めてるんだよ。……こんな感じでいいかな、会長?」

「ありがとう、英。それでね、もう今月の頭から立候補者を学内で募集してるんだけど……」

 

 そこまで言ってから、会長は軽くため息をついた。

 いつも明るい会長がため息なんて珍しい。

 白川先輩も同じようにため息をついていた。


「……いないのよね、立候補者が」

「ま、まじですか…」

「うん、まじです」

 

 どうやら今日の会議の主な内容が分かって来た。

 肝心の立候補者がいなければそもそも選挙自体、やれるわけがないのだ。


「正直ね、会長は人気者すぎたんだ。この一年間、色々なところで目立って来たけれど、今は逆にそれが仇になってる感じだね。素直な感想を言わせて貰えるのなら、僕も紅音の後に会長はやりたくないかな」

「なによそれ、私が悪いってことー?」

「うーん、悪いっていうかね…」

「会長はキャラが濃すぎなんです。会長の後釜をやろうなんて、相当度胸がないと出来ません。嫌でも比べられますからね」

 

 白川先輩と大塚さんの意見は、至極真っ当なものだった。

 少し考えれば誰だってその結論に至るだろう。

 そもそも、日本人離れしたルックスとスタイル。

 そして校内からの絶大な人気。

 こんな人の後に生徒会長をやろうなんて、誰も思うはずもない。


「……なんか、大変なことになってるんですね」

「まあ幸い、こうなった時の方法はすでに考えてあるから心配しなくてもいいんだけどね」

 

 にこっと笑う白川先輩の笑顔は、爽やかなはずなのになぜかぞわっとするものがあった。

 よく分からないが何だか嫌な予感がする。


「うん、そうそう!だって私の目の前にはこんなに素敵な候補者が‘3人’もいるんだもの!」

「……は?」

「ありがとうね、皆!先輩想いの後輩を持って、私は幸せです!」

「ちょ、ちょっと会長!?それってどういうーー」

「――生徒会規約第14条。新たな候補者がいなかった場合は、現役員の中から候補者を選出すること。但し、最高学年の生徒は除くものとする。確かに、そう書いてあるんだよね」

 

 俺の言葉を遮って、白川先輩は笑顔でA4サイズの紙を渡して来た。

 ‘生徒会規約’と書かれたその紙には確かにさっき先輩が言ったことが一言一句違わず載っている。


「……つ、つまり?」

「薫くんも鈍いなぁ。そこまで女の子に言わせる気なの?」

「い、いやいや冗談言ってる場合じゃないですよね!?」

「――私たち3人の中から新しい生徒会長を決める、ということでいいんですよね。会長?」

 

 慌てる俺とは対照的に、大塚さんは冷静な口調でそう言った。


「流石みーちゃん!話が早くて助かるよー」

「……それで、どうやって決めるんですか副会長」

「そこは私に聞かないんだ……」

「そうだね、立候補者が1人の場合は事実上の当選。一応生徒の前で演説はしてもらうけど特に投票とかはしないかな」

「まあいいけどね、別に私なんか頼りにならないし……」

「立候補者が複数いる場合には通常通り、演説をして貰ってその後投票…それで得票数の一番高かった人が新生徒会長になる」

「……分かりました。じゃあ私、立候補します」

 

 白川先輩の説明が終わった瞬間、大塚さんははっきりとそう宣言した。

 勿論俺もそれには大賛成だった。

 この生徒会で候補者となるのは、俺と春菜と大塚さんの3人。

 誰が生徒会長にふさわしいかなんて、考えなくても分かることだった。

 大塚さんは俺たちより生徒会にいる期間が長いし、何よりかなり優秀な生徒だ。

 彼女は次期生徒会長なら誰も文句は言わないだろう。

 今ここにいる俺たちの誰もがそう思ったに違いなかった。

 ――ただ、一人を除いては。


「……ふふふ、甘い、甘いよみーちゃん」

「な、何ですか会長…」

 

 隅でふてくされていたと思ったら、急に不敵な笑みを浮かべて立ち上がる会長。

 その顔は明らかに良からぬことを考えている顔だった。


「候補者は、一人じゃないよ?」

「な、何言ってるんですか。他には誰もいないってさっき言ってましたよね」

「推薦枠…。生徒会長の推薦枠が、あるんだよ」

「ああ、毎年生徒会長直々の推薦みたいになるやつだね。使われたことはないらしいけど」

「その通り。そして私は推薦するよ。……四宮薫くんを生徒会長にね」

「…………は?」

「な、何ですって…?」

 

 おいおい、何の冗談だ。

 しかしそう言い放った会長の表情は全く冗談ではなさそうだった。

 白川先輩も苦笑しながらもある程度予想していたのか、やれやれと言った感じだ。


「候補者が一人じゃ、つまらないでしょ?やっぱり選挙はライバルがいないと!ってことで私は薫くんの応援者になるから、よろしくねー英」

「お、応援者って…」

「ああ、候補者には一人、応援者をつけることになってるんだよ。まあ特にすることはないから気にしないでいいよ。じゃあ僕は大塚さんの応援者になるね」

「あ、ありがとうございます……じゃないです会長!」

「そ、そうですよ!俺は立候補した覚えなんてないですし!」

「あはは、だから言ったでしょ推薦枠だって。大丈夫!どっちが生徒会長になっても、卒業するまではしっかりサポートしていくから」

「そ、そういう問題じゃ…」

「それに、仲間はやっぱり切磋琢磨しないとね。同じ志を持つ仲間同士で競い合う…それによってより一層絆が深まるってものだよ!」

「残念だけどもう諦めた方がいいね、二人とも。こうなった会長はまず止められないから」

 

 白川先輩は楽しそうにそう言った。

 確かに目の前で盛り上がってる会長を止めることは、もう不可能のようだ。

 大塚さんも深いため息をついた後、諦めたのか反論することはない。

 どうやら今月末の選挙に立候補する選択肢しか、今の俺には残っていないようだ。


「……勘弁してくださいよ、会長」

「もうやめましょう、四宮くん。お互いにベストを尽くして頑張るしかないわ」

「うんうん、良いね!青春だね!」

「まあまあ。二人ともあんまり考えすぎないようね。誰が会長になったとしても、このメンバーで頑張っていくことに変わりはないんだからさ」

「よし!それじゃあ話もまとまったところでーー」

 

 きっと会長はここまでの流れを想定して、今日俺たちを呼び出したに違いない。

 つまり俺たち後輩は、この先輩二人にしてやられたということだ。

 だからこそ、会長は想像もしてなかったに違いない。


「――あの、すいません」

「ん、どうしたの春菜ちゃん?」

 

 おそらくこの部屋にいる誰も、想像もしていなかっただろう。

 春菜は少し間を置いた後ゆっくりと、そしてはっきりと言った。


「……わたしも、立候補します。選挙に、出ます」

 

 春菜は会長ではなく、俺を見ながら確かにそう言った。


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