27話「選んだ先にあるもの」


「只今から昼休みになります。午後の競技はーー」

「今アナウンスがあったけど、午後は1時からになるから、それまではゆっくりしてなよ」

「じゃあ俺たちは一旦教室で飯食うわ。後はお二人でごゆっくりー」

「おう。弁当もわざわざありがとな」

「2人とも、また後で!」

 

 保健室には夏の爽やかな風が入り込み、真っ白なカーテンがゆらゆらと揺れている。

 海斗と佐藤は、春菜と少し会話した後、そのまま部屋を出て行った。

 気を利かせて俺たち2人分のお弁当を持って来てくれた辺りが、なんとも彼ららしい。

 保健室の先生も「軽い捻挫だけど、今は安静にしておいた方が良いね」と言い、特別にここで昼をとって良い許可を出してくれた。


「じゃあ僕も昼食べてくるから、なんかあったら職員室まで連絡してね」

「ありがとうございました!」

 

 白衣を来た男の先生は、そのまま手を振りながら保健室を出て行く。

 春菜の右足には湿布が貼っており、チアリーダーの格好のまま、ベッドに座っている姿は何だか少しおかしかった。


「…なによ」

「いや、その格好じゃさすがに寒いだろ?ほら」

 

 羽織っていたジャージを春菜に投げてやる。

 まあ6月だし風邪なんか引くことはないだろうが、露出が多い服の妹をこれ以上見ても目のやり場に困るからな。


「あ、ありがとう…」

「別に良いよ。さ、せっかく海斗たちが折角持ってきてくれたんだ。俺たちも昼にしようぜ。お腹空いちゃったよ」

「そうだね、私もお腹ペコペコ」

 

 お揃いの弁当箱を開けて2人きりで昼を過ごす。

 ここ1週間ほどは出来なかったが、ようやく俺たちは2人で話す機会を与えられた。

 元はと言えば俺が原因ではあるのだが。

 明子さんが丹精込めて作ってくれた弁当を食べながら、俺たちは本当に久しぶりに2人の時間を過ごすことが出来た。


「じゃああの振り付け、直前まで出来てなかったのか」

「うん。でも足を捻ったことで逆にバランスが取れたというか…。なんか本番では成功できたの」

「いやぁ、我が妹ながら大した度胸だよ」

「ふふん、恐れいったか!」

「参りました!」

「ふふっ」

「あはは」

 

 目の前の春菜はとても満足そうな笑みを浮かべている。

 良かった。

 本当に良かった。

 これが俺が守りたかったもの。

 彼女の幸せ。

 だけど、彼女は自分自身で進んでいける力を十分持っていた。

 どうやら俺は少し過保護過ぎたようだ。要するに俺は妹のことを信用していなかったのだ。

 救いたいと言いながらも、一緒に歩いていきたいと思いながらも、俺はどこかで妹を弱い人間だと決めつけていた。

 あの卒業式の日の春菜が、俺をずっと縛り付けていたのかもしれない。

 でも今、俺の目の前にいる春菜は本当に眩しくて、俺が思っていたよりずっと強かった。


「何、じっと見つめてんのよ」

「ん?ああ、春菜も可愛くなったなってさ」

「は、はぁ!?」

「やっぱり思ってた通りだよ。前髪上げた方がめっちゃ良い」

「ふ、ふーん。そう?まあ、お兄ちゃんなんかに褒められたって大して嬉しくないけど!」

「本当だって!クラスの奴らも騒ついてたから、明日からもしかすると大人気かもな」

「でも、守ってくれるんでしょ?」

「えっ」

「お兄ちゃんが、守ってくれるんでしょ」

「……ああ、勿論だ。だって俺はお前の」

「「お兄ちゃんだから」」

「ふふっ、ありがとうお兄ちゃん!期待しないでおくね」

「おいおい、少しは信用しろよな」

 

 穏やかな時間が流れていく。

 俺は今まで春菜を死なせないためだけに、この青春をやり直すつもりだった。

 それが今では妹に、こんなにもたくさんのことを教えてもらっている。

 駄目な兄貴なのかもしれない。

 それでも俺は、春菜のために出来るだけのことをしていきたい。

 ふと脳裏に青ねえのことが過ぎる。

 春菜にも、これ以上嘘はつきたくない。


「…そういえばさ、この前の遠足のことなんだけど」

「もう、良いよ」

「えっ…」

「もう大丈夫。何か話せない事情があったんでしょ?なら無理には聞かない」

「そうか…。やっぱり春菜は、強いな」

「当たり前でしょ、誰の妹だと思ってんの?いきなり大声で自分の性癖を教室中に暴露する人の、妹なんだよ?」

「…あはは、そうだな。本当にそうだ」

 

 決めた。

 俺は決めた。

 これ以上中途半端な気持ちでいることなんて出来ない。

 今日答えを出そう。

 それがお互いのためにも1番良いはずだからーー























「それでは、これをもちまして第56回、陵南高校体育祭を終わりますーー」

「くっそぉ!後ちょっとだったのになぁ!」

「ごめん!応援団で赤に勝ててれば…」

「いや、春菜も佐藤も本当によく頑張ったよ。ただ、赤も凄かったからな。それは仕方ない」

 

 夕焼けに染まるグラウンドで、生徒たちはお互いの健闘を讃え合う。

 まさに青春の1ページと言ったところか。

 そんな中に自分が混じっていることに、若干恥ずかしさを覚えるがそれよりも達成感の方がやはり大きかった。

 結局、今回の陵南体育祭は赤チームが勝利を収めた。

 勝因はやはり応援合戦のポイント。

 俺たち緑は惜しくも2位。

 総合成績も2位に甘んじた。

 でも、それでも良い。

 精一杯やった結果なのだ。

 こういう皆で力を合わせて行ったことが、将来意外なことに役立つことを、俺は知っている。

 今日の思い出は、特に応援団の生徒たちにはかけがえの無いものになるだろう。

 そう、今目の前で他の女子たちに可愛がられている春菜にとっても、だ。


「よぉし、今日は打ち上げだー!2年4組は駅の南口にあるファミレスでやりまーす!」

「おい、薫も早く着替えていこうぜ?」

「…………」

「薫?」

 

 携帯には1通のメールが届いていた。

 差出人の欄には真夏川青子の名前。

 駅前のいつものカフェで待っていると、ただそれだけ書いてあった。


「おーい!」

「…悪いな、海斗。先に行っててくれ。場所は分かるから、すぐに合流する」

「…お兄ちゃん?」

 

 俺の様子に違和感を覚えたのか、春菜が不安そうに俺を見つめてくる。

 そんな春菜の頭を優しく撫でてやる。


「大丈夫。すぐに行くから」

「…分かった。気をつけてね」

「ああ、行ってくる」

 

 鞄を持って俺は駅前へと駆け出して行く。

 青ねえはいつからカフェで待っているのだろうか。

 一体何を話そうとしているのだろうか。

 一瞬、保健室ですれ違った彼女の顔が脳裏に浮かぶ。

 何かに怯えたような、俺が知らない青ねえ。

 俺が彼女を、変えてしまったのだろうか。

 考えていても答えは出ない。

 今はただ、青ねえの元へ向かう。

 俺の選んだこの答えの先にあるもの。

 それがなんなのか、今の俺には分からない。

 でもこのままではいけないんだ。

 今日ではっきりさせなければならない。

 夕焼けに染まった通学路を、俺は必死に走ったーー


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