24話「個性的な彼女 -真夏川青子の場合ー 」
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私が自分の‘能力’をはっきりと自覚したのは、小学校高学年くらいのときだ。
確かその日はお世話になった先生の離任式で、クラスの誰かが代表して花束を渡すことになっていた。
当時から私はすでにチヤホヤされており、当然私が代表して渡すものだと思っていたが、自分も渡したいという子が現れたのだ。
『えー、青子ちゃんに決まってるでしょ!?』
『でも、僕は学級委員だし…』
『みんなが真夏川さんが良いって言ってるよ!』
彼の言い分は、自分が学級委員だから、クラスを代表するのは自分であるべきだ、という至極当たり前なものだった。
でもそれをクラスメイトたちは聞き入れもせず、ひたすらにその子を責め立てる。
確かに今までも私自身が優遇されることは多々あったが、ここまで周りを巻き込んでしまうことは初めてだった。
それでも頑に自分の意見を曲げない彼を見て、思わず目を離せないのはどうしてか、その時は理解出来なかった。
得体の知れない感情が、溢れ出てくる。
私は止めもせずその異様な光景をただ見つめていた。
結局、その日は時間内に決まらなかったため話し合いは次の日に持ち越しとなった。
『本当にムカつくよね、アイツ!』
『学級委員だからって出しゃばりすぎだよね!』
そしていつもの帰り道。
いつになっても終わらない皆の悪口に、罪悪感を覚えつつも止められずにいた。
もし口を挟んだら、皆の標的が自分に変わってしまうのではないか。
そう思えてただ話を聞いているしかない。
皆、私のために言ってくれていることだ。
でもなにかが狂ってしまっているようで、少し怖かった。
『青子ちゃんもそう思うよね?』
『…うん、そうだね』
『ねー!』
私に媚びるように同意を促すクラスメイトたち。
私は否定することが出来なくて、そのまま良しとしてしまう。
小学校という狭い世界では、輪を乱すことがなによりも悪なのだ。
だからこれは仕方がないこと。
そんな風に考えていた自分がいかに甘かったのか。
次の日に登校して来た時、私は思い知ることになる。
『…ご、ごめんなさい、真夏川さん』
『えっと…え?』
『も、もう出しゃばったりしません…!代表は、ま、真夏川さんで良いので、もう許してください…!』
席に着いた途端、学級委員の男の子が震えながら謝罪をして来た。
突然のことに理解が追いつかない私の周りを、いつの間にかクラスメイトたちが囲んでいた。
『そんなんじゃ、青子ちゃん許してくれないよ?』
『もっと大きな声で言えよ!』
『ご、ごめんなさいっ!!』
それは昨日よりも更に異様な光景だった。
目の前で罵られ、掴みかかられている男の子は本来は全く悪くないはず。
それなのに誰一人として、それをおかしいと言うものはいない。
まるでこの状況が当然だと言うように、皆が私に味方する。
ーー結局、私は離任式で花束を渡した。
そして学級委員の彼は村八分のような状態にされ、私のことを恐れて二度と話し掛けてくることはなかった。
この時、私は自分自身の‘能力’をはっきりと認識したのだ。
私と関わる人間は大きく2種類に分類される。
1つは私に魅了され、従順な下僕に。
もう1つは私を恐れ、逆らわなくなる。
どちらにしても結果は一緒だった。
その日から嫌でも何度となく同じような状況を経験した私が辿り着いた結論。
そしてどうやら私が成熟する程に、この力は増すようで高校生になった頃には、私に異を唱える者はほぼ居なくなっていた。
一度異を唱えても次の日には降参し、服従する。
私が望んでいなくても、だ。
唯一の家族である両親でさえ、私を叱ることはなかった。
そうやって気が付けば、私の‘ツマラナイ’世界は完成してしまっていた。
誰にも否定も、文句も、喧嘩すら出来ない。
全てを肯定され、認められる夢のような毎日。
『…つまらないなぁ』
この先もこうやって生きていくに違いない。
こんなどうしようもない、望んでもない‘能力’のせいで、私の世界は色彩を失った。
そう思っていた。少なくとも、あの夏の日までは。
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「それじゃあ薫は借り物競争くらいしか、出ないんだ」
「だから言っただろ。来てもそんなに楽しくないって」
夕陽が差し込む駅前のカフェテラスで、私たちはいつものように談笑する。
目の前の彼はどうやら苦いものが嫌いなようで、さっきから少し飲んでは角砂糖を入れるのを繰り返していた。
そんな些細な仕草も今の私には新鮮に感じる。
「うーん、でも行くことに意味があると言いますか」
「いやいや、本当に大したことない体育祭だから、ウチのは」
必死に私の来訪を止めようとする幼馴染は、やっぱり変わっていると思う。
今までなら私が断られるなんてこと、絶対にあり得なかったからだ。
私が行きたい、と言えばすぐさま許可が出る。
そんな世界で生きてきた私には、今の彼の言葉や動作1つが新しく、色付いているように見える。
「…なに、薫は私に来て欲しくないってこと?」
「あー、そういうわけじゃないけどさ」
自慢じゃないが、そんじょそこいらの女どもなんかと比べても、私はかなり良い線行っていると思う。
告白だって月に数え切れない程されている。
勿論それは私の力のせいもあるのだけれど。
そんな私のアプローチを、この鈍感幼馴染はことごとく交わしていく。
それが嬉しくて、そしてほんの少しだけ悔しくて、私は更に彼に仕掛けていく。
「じゃあ、良いでしょ?ちゃんとお弁当持っていくからね!」
「いや、そこまでしなくて良いって。明子さんが作ってくれることになってるから」
「育ち盛りなんだから、お弁当2つくらいなら楽々食べられるでしょ?」
「ええっ…」
ああ、私やっぱり変だ。
こんな会話を誰かとするのが久しぶりすぎて、少しばかり舞い上がっている。
最初はただの興味本位だった。
ずっと一緒にいた幼馴染。
一度は本当の私を見てくれそうだった彼が、また私に気付いてくれた。
それがどれだけ続くのか、ただそれだけだった。
契約を結んだあの日だって、飽きたら捨ててしまおう。
新しい玩具を買ってもらった子どものような気持ちだったはずなのに、今は少しおかしい。
拒否されることは私にとって新鮮な反応であり、喜びのはずなのに、彼に拒否されるとほんの少しだけ、胸が痛む。
私がずっと望んでいたはずのことなのに、どうしてこんな気持ちになるのか。
私には全く理解出来ない。
そんなことを考えている内にあっという間に時間は過ぎて、またいつものように駅まで送ってもらう。
さり気無く道路側を歩く幼馴染。
彼は高校生で年下のはずなのに、度々こういう些細な気遣いをしてくる。
確か私の知る限り、まともな恋愛経験なんてないはず。
それでも一生懸命頑張っている姿が、私の心を更に揺さぶる。
「ここで良いよ。今日もありがとうね」
「ああ。…本当に明日の体育祭、無理して来なくて良いからな」
「もう、しつこいよ?行くって決めたら行きます」
「まあ、止めはしないけどさ…」
それでもどこか壁を感じてしまうのは当たり前だ。
なぜなら薫にとってこれはただの契約だから。
大切な妹を守るための、契約。
なぜ彼は妹のためにここまで自分を殺せるのだろう。
聞いた話ではあの妹は4月に再婚した親の連れ子らしい。
急に出来た義妹に普通そこまで入れ込むものなのか。
「薫はさ、どうして…」
「ん、どうした‘青ねえ’」
「……ううん、なんでもない」
聞こうとした疑問は、薫の‘青ねえ’という言葉に掻き消される。
私はまだ一度も彼に‘青子’と名前を呼ばれていない。
それが私たちの今の距離。
本当に最近の私はおかしい。
自分の気持ちをコントロール出来ない。
こんなお遊び、本当に下らない。下らないはずなのに。
「青ねえ?」
「…じゃあ、また明日!お弁当、楽しみにしててね」
「…分かった。気を付けてな」
振り返らずにそのまま改札へ向かう。
元々は私が巻いた種だ。
こうしてなければ、幼馴染とこんな関係にはならなかった。
きっとそういう未来もあった。
でも、こうして彼と触れ合うことで、自分の何かが変わってしまいそうで怖い。
電車に急いで乗り込んで、両耳をイヤホンで塞ぐ。
でも、お気に入りのはずの曲は全く耳には入って来ない。
この日、私は生まれて初めて他人に向き合うことの恐ろしさを知ったのだった。
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