20話「告白」


 俺は青ねえに連れられるまま、園外の外れまで来てしまっていた。

 本当は今すぐにでもこの手を振り解いて、春菜たちのところへ急がなければならないはずなのに。

 頭では分かっていても身体が言うことを聞かない。

 どうしても青ねえの手を、振り解けない。

 そしてある程度まで人気のないところまで来て、やっと青ねえは俺の手を離してくれた。

 戸惑う俺をじっと見つめるその人は、黙っていれば誰もが認める絶世の美女。

 だけど俺は知っている。

 その仮面の下に隠された本当の素顔を。

 負けてなるものか。

 反抗の意志を伝えるため、睨み付けると青ねえは微笑みながらゆっくりと口を開いた。


「…まさか、こんなにすぐにまた会えるとは、思わなかったな」

「…俺は、会いたくなかった。なんでここにいるんだよ、青ねえ」

「ふふ、震えちゃって可愛い…」

「震えてなんか、ない」

「うふふ、良いんだよ、強がらなくて。あ、ここにいる理由はね、すぐ近くで雑誌の撮影があったから。やっと終わって、この辺をぶらっとしてたんだけどね」

「そうかよ。悪いけど、俺、人を待たせてるからーー」

「逃げるの?」

「…逃げてなんか、ない」

 

 青ねえの一言一言が俺を動揺させる。

 この前は辛うじて、春菜のおかげで助かった。

 けれども、俺自身で彼女の恐怖に打ち勝たなければ、克服したとは言えない。

 張り付いたような笑みを浮かべる青ねえに俺は改めて向き合う。

 今度は俺自身の手で切り抜けなければならない。


「…前に言った通りだ。俺はアンタに話すことなんて、何もない。俺の人生に、青ねえは必要ない」

「随分はっきりと、言うね」

「事実だ。俺は青ねえを許さない。中学の時に俺にしたことを、決して俺は忘れない」

「そう…」

「もうこれ以上、俺を苦しませないでくれ、青ねえ。俺たち幼馴染だろ?昔はあんなに仲が良かったのに、なんでこんなことばかりするんだよ…!」

「…分からない?」

「ああ、全く分からないね。青ねえが話してくれた、本当の世界とやらも、テストとやらも、俺には全く分からない。知りたくも、ない」

 

 はっきりと拒絶する。

 これは俺の本心だ。

 小さい頃はあんなに優しくて、仲が良かった青ねえのことが、今は全く理解出来ない。

 彼女の価値観が、考えが、俺には分からない。

 さっきから青ねえはずっと俯いて地面を見ていた。

 少し言い過ぎたのか。

 いや、これぐらい言っても良いはずだ。

 俺はそれだけの苦痛を受けてきたのだから。


「なあ、もうそっとしておいてくれ。俺も、春菜のことも。そしたらもう過去のことは水に流す。だから、これ以上関わらないでくれ、青ねえ」

「…………」

 

 相変わらず青ねえは俯いたままだった。

 今ので、俺の言いたいことは全部だ。

 後は、青ねえの反応を見るしかない。

 仮にそれがどんな反応だったとしても、俺の気持ちは変わらない。

 じっと青ねえの様子を伺うが、彼女は下を向いたままピクリとも反応しない。

 やはり言いすぎたのかもしれない。

 ほんの少しの罪悪感を抱きながらも、待つ春菜たちのところへ向かおうと踵を返したとき、俺は確かに聞いた。

 ――いや、聞いて‘しまった’。


「……あは」

「……あ、青ねーー」






「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」





 それはどす黒い嗤いだった。

 あの中学1年生の、遠い昔に1回だけ聞いたことのあった、この世のものとは思えない嗤いだった。

 背中にすうっと冷や汗が流れる。 

 なぜこの人は笑っているのだろう。

 俺は確かにはっきりと彼女を拒絶したはずだ。

 なのに、なぜこんなにも愉快そうにしているんだ。

 目の前の状況が全く理解出来ない。

 そしてピタッと笑い声が収まって、また痛いほどの沈黙が場を支配する。

 俺には今、青ねえがどんな表情をしているか分からない。

 いつの間にか俺に背を向けていた彼女の‘表情’を、咄嗟に見たくないと思ってしまった。

 もし見たら、今より恐ろしいことが起こるような気がしたからだ。

 逃げ出すことも出来ず、ただじっと青ねえの背中を見ていることしか出来ない。

 そのまま、気が遠くなるような時間が流れた。

 

 気が付けばすでに辺りは真っ暗で、俺たちだけが街灯に照らし出されている。

 遠くからはテーマパークで流れる音楽が微かに聞こえて来た。

 それ以外は全く聞こえない静寂に包まれている。

 この場所には俺たち二人きりしかいない。思わずそう錯覚してしまいそうだった。

 目の前の‘彼女’はゆっくりとこちらを振り向き笑みを浮かべている。

 そして静かに俺を見据えた後、確かにこう言った。


「――ねえ、付き合おうか、私たち」

「…………え」


 彼女が言ったことが理解できず、俺はただ立ち尽くすしかない。

 そんな俺を見て、彼女はまたゆっくりと微笑むのだった。

 

 拒絶したはずの彼女の‘告白’に頭が追いつかない。

 一体、この人は何を言っているのだろう。

 青ねえは本当に嬉しそうに、そして愛おしそうに俺を見つめて、そしてーー


「大好きだよ……薫」

 

 はっきりと、そう口にした。

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