18話「それぞれの前日」


・桃園春菜の場合


「それじゃあ、薫と一緒に入ったんだ生徒会」

「うん。でも今はまだ見習いみたいなもので、仕事もこれから覚えなきゃだけど」

 

 午前の体育の時間。

 今日は男女別ということで男子は外で野球。

 女子は体育館でバレーボールになっている。

 とは言っても、体育の先生は男子の野球に付きっきりでこちらは自習のような状態。

 少し遊んだら交代して休憩、とかなり自由にやらせてもらっていた。

 わたし自身もこうして、体育館の隅っこで佐藤さんと近況について話している。


「それでも生徒会なんて中々入れるもんじゃないよ。春菜も大したもんね」

「まあ、ほぼ兄の推薦だから、わたしは何もしてないんだけどね。最近やたらと張り切ってるみたいだし」

「ああ、薫こないだのテストも凄かったからね。急に頑張りだしちゃって、どういう心境の変化なのかな。春菜の自己紹介の時だって、‘らしくない’っていうかね。まあ私はああいう方が好感持てるけどさ!」

 

 そう。ウチの兄は最近様子がおかしいようだ。

 ようだ、と付けたのはわたしが以前の兄を知らないからだ。

 以前の兄はもっと他人に無関心で、面倒ごとなどを引き受けたりすることはなかったらしい。

 それが最近は、妹のために一肌脱ぐし、定期テストも絶好調、おまけに生徒会長直々の推薦で役員任命など、急に校内で目立ち始めている。

 何がきっかけなのか、わたし自身には全く理解できない。

 でも、そんな一生懸命な兄は、わたしにとっては普通なわけで、そんな兄を恥ずかしいけど信頼している自分がいる。


「…まあ、ウチの兄は馬鹿真面目なのが取り柄だからね」

「あはは、違いない違いない。元々私や海斗のためなら真剣になって相談とかにも乗ってくれてたし、意外と面倒見良いのよね、薫は」

「そうだったんだ…」

「だから、知ってる?最近、密かに薫とお近付きになりたい子が多いみたいよ」

「そう、なんだ」


《春菜は、薫のことどう思ってるんだろ?》

 

 佐藤さんの心の声が聞こえる。

 聞こえるということは、それくらいには関心を持っているらしかった。

 兄が目立っている。

 人気が出ることは妹として喜ばしい事なのに、何故か面白くないと思ってしまう自分がいた。


「今まではあんまり注目されてなかったけど、そういうのに弱い子もたまにいるからね。薫が騙されないか、心配かなー」

「あの人、付き合った事とかなさそうだもんね」


《春菜と付き合ったりしないのかな》

 

 …あり得ないあり得ない。

 だって義理とはいえ兄妹なわけで、そんなこと起こりうるわけがない。

 少し、身体が火照るのを感じる。

 これも佐藤さんが変なこと考えるからだ。仕返ししてあげなければ。


「それよりさ、明日の遠足楽しみだね」

「ああ、そうだね。周るのはいつもの4人だけど」

「…必要があれば、倉田くんと2人にしてあげるからね?」

「ちょ、な、何言ってんのかな春菜は!?そ、そんなことしなくて良いから!もう、嫌だなー、あはは」


《落ち着け落ち着け!バレちゃうから!》

 

 もうとっくにバレていることは、勿論野暮なので言わない。

 耳まで真っ赤にして急に黙り込む佐藤さんを見て、素直に素敵だなと思う。

 誰かに恋をする。

 心の声が聞こえるわたしには、永遠に宿ることはないと思っていた感情。

 こんな話も出来る友だちがいる、今のわたしなら、いつかそんな感情を誰かに抱く日も来るのだろうか。

 体育館の窓から見つめた青空は、どこまでも澄んでいて夏の到来を予感させるのだった。















・真夏川青子の場合


「青子ちゃん、今週の雑誌も見たよー」

「めっちゃ可愛かった!今度私にもメイク教えてよ!」

「あ、青子ちゃん!こっちこっち!」

「真夏川さん、ここ座りなよ!」

「うん、香川くんありがとう。お邪魔します」

 

 昼休み。

 いつも通り退屈な授業が終わり、そしていつも通り退屈な昼休みが終わる。

 学食で私の周りを囲むのは、これまたいつも通り私の‘外面’しか見ない愚か者たちだ。

 皆が私にすり寄って来て、媚びて尻尾を振る。

 たった1回ミスキャンパスになっただけで、これだ。

 誰も本当の私に気付くことは、ない。

 こうやってニコニコと笑っているだけで、誰も私に逆らえない。我ながら、本当に‘ツマラナイ’人生。


「おい、田中!お前邪魔だろうが!どけよ!」

「え、あ、ご、ごめん!」

「ほんっと使えないグズだなー」

 

 そしてこうやって弱い者が、どんなグループにも必ずいる。

 ヒエラルキーをいつの間にか勝手に作って勝手にそれを演じる。

 私は常に一番上。誰も、叱ってすらくれない。


「…ううん、ごめんね田中くん。私が最後だから、私がどくよ?そっちの席も空いてるし」

「でも真夏川さんーー」

「なに、かな?」

「い、い、いやなんでもない!そうしよう、うん!」

「…ごめんね、皆。すぐそっちにいるから、またあとで!」

「相変わらず青子ちゃんは、気が利くし優しいよねぇ」

「香川は調子乗りすぎ!」

「う、うるせえなぁ!」

 

 あーあ。本当に退屈だなぁ。

 明日も撮影でテーマパークまで出掛けないと行けないし、何か良いことないかな。


「……ふふ」

 

 まあいいか。‘イイコト’ならもう見つけている。

 私のツマラナイをイイコトに変えてくれる幼馴染。

 私の、私だけのオモチャ。壊れないようにしないとね。

 彼のことを考えると、少しだけこの灰色の世界に色がつくような気がした。
















・秋空紅音の場合


「ということで、引率責任者として私も2年生の遠足に行くことになりましたー!」

「またワガママ通したんですね、会長」

 

 深いため息をつく副会長の英を尻目に、私のテンションは猛烈に上がっていた。

 なぜなら私も本来は高校生活で1回しか行けない遠足に行くことが出来るのだ。

 遠足先はあの某巨大テーマパークと来れば、否が応でも楽しくなってくるものだ。


「ワガママじゃないよ英!これは生徒会長の義務であり、私は使命と責任を持って精一杯職務にーー」

「ガイドマップ見ながら言う台詞じゃないですよ、会長」

「あはは、バレた?」

「元々隠す気もないでしょうに…」

 

 まあ先生が1人風邪を引いて足りなくなるのは‘知っていた’。

 だから絶妙なタイミングで職員室に入り、今回の話を持ち掛けたのだ。

 勝算が無いわけではなかったが、やはり先の視えない結果を自分で掴み取る感覚は、何事にも代え難いものがある。

 ニコニコと笑う私を見て、英はまたため息を1つつくのだった。


「…まあ、紅音が楽しいなら、僕はそれで満足だけどね」

「あれ?生徒会室にいる時は‘会長’じゃなかったっけ」

「今は2人しかいないしね。それに紅音は、それも無視してここにいる時も僕のこと‘英’って呼ぶだろ?」

「私は守るなんて一言も言ってませーん」

「それは…うん、よく考えたらそうだね」

 

 英は勝手に納得した。本当に面白いよね、英は。

 そういう変わったところが気に入って、彼を生徒会に誘ったんだけど。

 でも、今は彼の方がどうしても気になっちゃうかな。

 明日彼に会えるのか、今の私には分からない。

 そんな当たり前のことが嬉しくて、この前見たく輝く夕陽を生徒会室から眺める。


「英と、みやちゃんのおかげで、私は楽しい学生生活を送らせて貰ってるよ」

「それなら良かった。雅も泣いて喜ぶと思うから、後で聞かせてあげて欲しい」

「英は毎晩毎晩泣かせてるのに?」

「…紅音」

「嫌ね、冗談よ、冗談!」

「はぁ…全く紅音には敵わないよ」

「これからもっと楽しくなるからね。薫くんも春菜ちゃんとも、早く仕事がしたいなぁ」

 

 先が視えない。

 こんなことでワクワクする私を誰が責められるだろうか。早く明日にならないかな。

 明日は会えますようにと、私は久しぶりに、いるかも分からないカミサマに願った。
















・真白台冬香の場合


「ただいま」

「お帰りお姉ちゃん!」

「お姉ちゃんおかえりー」

 

 扉を開けると弟妹が出迎えてくれる。これがあたしが守るべきもの。

 2人の元気な姿を見ると、バイトの疲れが一気に取れて来る。

 無理して頑張っている甲斐があるというものだ。


「おかえり冬香!ご飯出来てるわよ」

「ありがとう、お母さん」

 

 女手一つであたしたち3人を育ててくれているお母さん。

 部屋も2つしかない狭いアパートだけどあたしは十分幸せだ。


「どうだった、今日は?」

「…うん、いつも通りだよ。クラスメイトも良い人ばっかりだし、明日は遠足に行くの」

「「えー、どこに行くの!?」」

「ふふ、それはねぇーー」

 

 いつも通りの学生生活。

 あたしがこの家族を救うためには、良い高校に行って、良い大学に入って、そして良い会社に入って思い切り稼ぐ。

 それしかないのだ。

 ただ入るだけじゃ許されない。特待制度が導入されている学校に行って、トップの成績で卒業する。

 それが貧乏なあたしに残された、唯一の手段なのだ。

 ……仕方がない。あたしが通ってるのは本来はお嬢様やお坊ちゃんしか入ることの許されない超金持ち学校なのだ。

 だから、貧乏人のあたしが疎まれることは至極当然だし、誰も助けてくれないのも、あの学校では当たり前なのだ。

 大丈夫、あたしは、大丈夫。

 明日の遠足だって、一人だって絶対楽しい。

 家族にいっぱい、とはいかないけれどお土産を買ってあげよう。


「……ん?」

 

 ふとポケットを探るといつぞやのメモ紙が出てきた。

 確かあの‘センパイ’と交換した連絡先だったと思う。

 すっかり忘れてたが、まあ大丈夫。

 こんなものなくても連絡先は記憶しているし、そもそも連絡する用事すらない。

 だけど、なんだか不思議な人だった。

 つい連絡先を聞いてしまったのだけどその大胆さに自分でも驚いてしまった。

 この携帯電話には、家以外の連絡先なんて入ってない。

 高校の皆に合わせるために無理して買った携帯電話も、ついに役立つ時が来るのだろうか。


「あ、流れ星…」

 

 ふと見た夜空に流れ星。あたしが願うことは一つのみだ。

 どうか、あたしたち家族が、幸せに暮らせますようにーー


















・四宮薫の場合


「よしっ、こんなもんかな」

 

 明日の遠足の最終確認は終わった。

 いよいよ明日は某テーマパークだ。

 果たして30手前のおじさんに耐えられるのだろうか。

 心配は絶えないがもう考えても仕方がない。今日は早めに寝るとするか。


「ふぅ…」

 

 もう見慣れて来た天井を眺めながら、改めて死に戻ってからの日々を振り返る。

 本当に色々なことがあった。

 何よりも過去の俺なら会うことがなかった人たちとの、様々な出会いがあった。

 挙句の果てには生徒会役員までやることになるとは、さすがに想像もしていなかったな。

 これも全てはあの死に戻り、穴来命との出会いからだ。

 未だに分からない。

 なぜ俺は殺されたのか。そもそもこれは本当に死に戻りなのだろうか。

 夢……にしてはあまりにもリアル過ぎる。

 あの少女は、一体何者なのだろうか。

 今もどこかで俺を見ているのだろうか。


「ふわぁ…」


 そんなことを考えて行く内に、段々眠気が強くなって来た。

 今はあれこれ考えていても仕方がない。

 明日のために寝るとしよう。

 薄れゆく意識の中で、何故か穴来命の笑顔だけが、頭から離れずにいた。






 ――そしてそれぞれの想いを抱えて、遠足当日の朝を迎える。

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