17話「“視”える未来」
ウチの学校の屋上は普段は閉鎖されている。
聞いた話では、近年じゃどこの学校でも、屋上に入れなくなって来ているようだ。
実際、何か事故とかがあったりしたら物騒だし、考えたくはないが身投げする生徒がいるかもしれない。
なので、青春ラブコメや少女漫画にあるような屋上に好きな人を呼び出して告白、なんてことは少なくともこの高校では出来ないわけだ。
「うわー!見てよ薫くん!すっごい綺麗な夕陽!」
「…屋上なんて初めて来ましたよ、俺」
では何故俺は今、金髪美女と屋上から夕陽を眺めているのか。
答えは至極簡単で、会長には屋上へと続く扉に掛かる鍵の、暗証番号が教えられているからだった。
生徒会に入れば薫くんも入り放題だよ、なんて囁かれたが全くときめかない。
屋上に入ったところで、告白される相手がいないとこの場所は意味ないわけだしな。
そういう意味では、夕陽に照らされる男女が二人きりのこの状況は、恋愛漫画の1ページのようだった。
「何か悩みがあったりさ、疲れた時はいつもこの場所に来るんだー」
「綺麗ですもんね」
確かにこんな高いところから夕陽を見れるなんて、そうそう無いかもしれない。
心が擦り切れた社会人の俺でもそう感じるんだ。学生なら尚更だろう。
ぼーっと眺めていると、こちらを見つめる会長に気がつく。
気のせいかも知れないが、この人さっきから俺のこと見てるよな。
あらやだ、もしかして告白される……わけないのは勿論知っている。
「綺麗って、私のこと?」
「え、いや夕陽のことなんですけど」
「そ、そうだよね。私なんか全然…」
「あ、いやその…会長も、綺麗だと思いますけど、はい」
「うん、知ってる!」
「あ、あのですねぇ…」
「あはは、ごめんごめん!ちょっとした冗談だよ?」
悪戯に笑う会長は可愛さ半分、ぶっ飛ばしたさ半分といったところか。
年甲斐にもなくおろおろしてしまった自分はまだまだ若いのかも知れない。
しかし事実、日本人離れしたプロポーションと整った容姿からして彼女は間違いなく美人だ。
青ねえとは違うタイプではあるが、同じく校内での人気も相当高いに違いなかった。
「私ね、実はファンクラブが学内にあるくらいの人気者なの」
「急に自慢話ですか」
「まあまあ。先輩の話は黙って聞くものだぞ、後輩くん?」
「…じゃあ、どうぞ」
まさかファンクラブまであるとは。そういうのは架空の世界だけだと思っていた。
本当にいるんだな、学校のアイドル的存在ってやつは。
「ありがと!それでね、あれよあれよという間に生徒会長に推薦されちゃったわけ」
「それは、凄いですね」
「うん。期待されているってことはすごく嬉しいんだけど、やっぱりプレッシャーでもあるわけでさ。家でも同じで、父親もすごく私に期待してるんだー。…ちょっと、疲れちゃうよね」
苦笑いをする会長は、会長ではなくどこにでもいる高校3年生だった。
これだけ人気のある人っていうのは周りからの期待も大きいのだろう。
それだけ気疲れもするよな。
「だからね、そういう時はいつもここに来て、元気を貰うんだ。薫くんもそういう時は、ここにくると良いよ」
「…俺はそんな人気者にはなれないと思いますが、まあ機会があれば使わせてもらいます」
「機会は、来るよ?だって君、‘こっち側’の人でしょ」
「…はい?」
また俺を見つめる会長。
しかし、その目は今までとは違い、何か確信めいたものを感じる。
飄々としていた雰囲気は消え、何かを見定めるようだ。
「…おかしいと思わない?急に学年の下の方から、5位になるなんて。聞いた話じゃ、妹さんのために身体も張ったらしいじゃない。噂になってるよ、君」
「あー……まあ妹のことは、家族なんで」
「でも、今まではそんなキャラじゃなかったんでしょ?一部じゃ人が変わったようだって、良い意味で噂になってるよ。もしかしたらモテちゃうかも」
本当ですか、嬉しい!とは勿論ならない。
会長は一体何が言いたいのか。
――まさか、バレてしまったのか。俺の死に戻りのことが。
仮にそこまで考えてないとしても、彼女は何か変だと思っている。
俺の急激な変化を不審に思っているのか。
正体が、バレる。そんなこと思いもしなかった。
「はっきり言うよ」
「…あ、の、俺」
「目覚めたんでしょ」
「…は、はい?」
会長は思い切りためを作ってそしてーー
「目覚めたんでしょ、青春に!」
ビシッと言ってのけた。
「だから、冗談だってー。もう機嫌直してよー、ね?」
「…別に、怒ってないですけど」
「ちょっと、からかっただけなのに」
心配して、ドキドキして大いに損した。
結局は先程の詰問もこの会長のおふざけだったわけで、本当に彼女が先輩じゃなければ今頃ぶっ飛ばしているところだ。
「…まあ、どうせそうじゃないかとは思いましたけど」
「でも噂は本当だよ。君、結構噂になってる。特に私たち3年の間じゃ、皆君に興味津々なんだよ?」
「……続けてください」
会長はクスッと笑って話を続ける。
別に気になるわけじゃ、ない。あわよくば年上のお姉さまたちの人気を得たいとかじゃあ、断じてない。
まあ実年齢ではかなり年下だが。
「よろしい。だからね、私も君に声を掛けたんだー。噂の件はみやちゃんから聞いてたし、どうしても君と話がしたくてね」
「でも、俺別に大したことしてないですけど」
「ううん、私には感じる。薫くんにはすごい可能性があると思う。本気を出せば、一気に学年上位になれるくらいの力がね」
「…まあ、あれはたまたまですよ」
正確には過去の遺産、と言うべきなのだが、そんなこと言えるはずもないので適当に誤魔化すしかない。
しかしまいったな。
どうらや目の前の生徒会長はどうやっても俺を仲間に引き釣り込みたいようだ。
変に断っても話がこじれるし、ここは従っておいた方が良いのだろうか。
生徒会なんて学生の内にしか出来ないことだし、経験しておくのも案外悪くないのかもしれない。
もしかしたら、知り合いももっと増えるかも知れないしーー
「……その手があったか」
そこまで考えて俺はある名案を思い付く。
生徒会は現在3人。
それなら俺と、もう一人くらい増えても問題はないんじゃないだろうか。
「どうかな、生徒会?書記が嫌だって言うなら、別にどんなポジションでも構わないよ。私たちも流石に3人じゃ、人手不足なの。お願いできないかなぁ」
「…ひとつ、条件があります」
すまん、春菜。
でもこれは将来的に考えればきっとお前のためになるんだ。
もっと色々な人たちと触れ合うことで、もしかしたら彼女の‘体質’も緩和されるかもしれない。
俺の提案を聞いた会長は、一瞬唖然としたが、すぐに嬉しそうに頷いてくれた。
「それでは、紹介します!新しく、生徒会に入ることになった四宮薫くんと、桃園春菜さんです!」
「ちょ、ちょっと何よ聞いてないんだけど!?」
「ん?聞いた通りだぞ」
「桃園さん、初めまして!私はーー」
交渉が成立した俺たちはすぐに生徒会室に戻り、俺は案の定帰りを待ってくれていた妹をここへ呼び出した。
後は流れに任せれば会長が何とかしてくれるだろう。
横にいる春菜はあたふたしながらも会長の怒濤の説明を何とか理解しようとしている。
うん、なんだか微笑ましいな。
「――というわけで、貴方達2人を生徒会役員に任命したいのだけれど」
「で、でもわたし何にも出来ないし…」
「…だ、駄目?」
「あ、あの…いや、駄目っていうか、その、わたしが駄目っていうか…」
「大丈夫、僕たちが2人をサポートするし、仕事自体もそんなにない。放課後こうして集まってお喋りをする。そんな集まりって軽く考えてほしい」
にっこりと笑顔を浮かべて優しく諭す白川先輩。
それは分かったからウチの妹の肩から手を離せ色男、と言いたい気持ちを抑える。
「やる気がないのであればーー」
「雅?いいね?」
「……ま、まあ?私も2人ぐらいであれば私の力で十分サポート出来るので、安心して聞きなさい!」
そして大塚さんも自信満々にそう断言してくれた。
…なんか、直前に副会長の圧力があった気がするが、それは俺の気のせいだろう。
「うんうん!ね、桃園さん?私たちと一緒に頑張ろう!きっと貴女には素晴らしい‘未来’が待ってる。私が保証する!」
「……で、でも」
春菜はまだ迷っているようだった。
彼女の過去を考えたら、それは当然なのかもしれない。
‘体質’のせいで誰とも馴染めず、ずっと一人で過ごしてきた彼女にとってこの部屋は、少し眩しすぎるのかもしれない。
それでも俺は、春菜に頑張って一歩を踏み出してほしいと思う。
一人じゃ無理ならば、俺も一緒に。
兄妹で、前に進みたい。
「春菜、急に誘ってごめんな。だけど、これは俺にとっても大きな一歩なんだ。…情けない兄貴を、支えてやってくれないか」
「……ほんっと、世話のかかるお兄ちゃんだね。分かった、やれば良いんでしょ、やれば!」
「やった!ありがとう2人とも!じゃあ今日は紅茶パーティーだー!私が皆に直々に振る舞っちゃうねー!」
「よろしくね四宮くん、桃園さん。2人を歓迎するよ」
「まあ、精々足を……わ、分かってますよ!よ、よろしく!」
会長は意気揚々と奥にある給湯室に行ってしまった。
予想外の歓迎ムードに戸惑いながらも、少し嬉しそうな春菜を見て俺自身も嬉しくなるのだった。
――この選択が、俺たちの今後の運命を大きく変えることになるのを、今の俺はまだ知らない。
「ふんふんふーん」
やっぱり面白い。
あんな子初めてだな、と改めて思う。
今まで生きてきて、どんな人でも‘視る’ことが出来た。
それが彼には一切ない。些細なことでさえ‘視る’ことは出来ない。
妹さんはそうではないようだ。
少しだが、垣間見ることが出来る。
この提案にしても、本当に予想外のものだった。
相変わらずみやちゃんは、良い仕事をしてくる。
誰かと、先の事を気にせず話せるのは初めてだった。
本当に、面白い。私自身の‘未来’がより輝いていくのを感じる。
今日は思いっきり良い紅茶を振る舞おう。
これが私と、‘こっち側’にいるであろう、未来が‘視’えない彼との記念すべき出会いなのだから。
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