16話「生徒会にようこそ」


 気がつけばあっという間に春は過ぎて、季節は夏へと移り変わっていた。

 5月上旬の定期テストも終わり、俺たち2年生の興味は6月にある‘学年遠足’に移っていた。

 学年遠足とはこの陵南高校独自のイベントで、皆で遠足に行くというただそれだけのものだ。

 ただ、その遠足先があの某有名なテーマパークになってることから、2年生中の1大イベントと呼んでも良いものになっている。

 しかし若い奴らってのは本当に好きだよな、そういうテーマパーク。

 20代も後半になって来ると単純に一箇所に何時間もいるのがキツくなるんだよな。


「薫―、来月の遠足、どこ行くよ?」

「…まだ来月の話だろ、今からはしゃいでどうするんだよ、海斗」

 

 そして目の前にも浮かれている若者が約1名。

 海斗は相変わらず、本当に単純なやつだよな。全く。


「…いや、薫めっちゃ調べてるじゃん。携帯でさっきも調べてたろ、オススメの周り方とか」

「これはどうせ行くなら効率良い方がいいかなって思っただけで」

「はいはい、楽しみなのはお互い様ってことだな!」

「楽しみって……まあ、そうだな」

 

 過去に戻って1ヶ月とちょっと。

 まだ慣れないことも多いが、ここまでなんとかやって来れた。

 佐藤の相変わらずのサポートで、春菜も少しずつクラスに馴染んでいる。

 勿論、あいつ自身が自分の壁を越えようと努力している成果でもあるのだが。

 ちなみに、俺と春菜が兄妹だということはゴールデンウィーク明けには既にクラス中が認識するところとなっていた。

 どうやらこないだのカラオケの時にあの北原とかいう女子に、春菜が説明したらしくそこから一気に広まったようだ。

 最初こそ色々聞かれたりしたが、数日もすれば元通りの日常でもう誰も聞いてくることはなかった。

 春菜だけじゃない。俺もこれからのために努力しないとな。

 青ねえなんかに負けるわけにはいかない。俺自身が変わって行かないといけないんだ。

 よしっ、と気合を入れてまた携帯を開く。


「おっ、いいねー。また調査ですか、薫先生」

「おう。とりあえず一番人気から攻めていく。その後はーー」

 

 せっかくやり直す機会をもらったんだ。

 大人ぶってないで、何事にも精一杯取り組まないとな。

 そんな俺の遠足に向けた気合いと目論見は、昼休みの呼び出しによって早くも崩れ去るのだった。


















「生徒会書記を?俺が?」

「そう、お前が、だ。四宮」

「依田ちゃ…先生、それは何かの間違いじゃ」

「私もそう思いたいんだけどね、向こうからの直々のオファーらしくて」

 

 昼休み。

 何故か俺は職員室に呼び出されていた。

 呼び出したのは依田ちゃん、ではなくて生徒会だというから話がややこしくなっていた。


「…なんでまた急に」

「なんでもね、生徒会は常に優秀な人材を探しているらしい。そこで四宮、こないだの定期テストでいきなり学年トップ5に入ったお前に、向こうが目を付けたらしい」

 

 依田ちゃんのジト目を見て改めて自覚するが、どうやら俺は少し気合いを入れすぎたらしい。

 張り出されているテスト結果には、総合順位で上から5番目に普段は見慣れなかった‘四宮薫’という文字が燦然と輝いていたのだ。

 勿論俺は速攻で呼び出しをくらい、カンニング等の疑惑を掛けられた。

 しかしクラス中で俺の成績が一番だったことや、全教科誰にもバレずにカンニングするのは流石に無理だという結論に達し、無罪放免となったのだ。

 というか先生だったら生徒を無条件で信用しろよ。成長を素直に喜べよ。

 …まあ俺が逆の立場なら同じくカンニングを疑うが。


「あー、すいませんね、急に覚醒したみたいで」

「…まあ、最近の四宮は授業でも寝なくなったし、素行も特に問題なし。…可愛い妹さんの、おかげかな、これも」

「春菜の話は置いておいて、生徒会。俺に推薦が来てるってことですよね」

 

 春菜の話でいじられるのもなんだがむず痒いのでさっさと話を元に戻す。

 俺をいじれなかったのが少し不服そうではあったが、依田ちゃんはそのまま話を続けた。


「簡単に言えば、そういうことだ。なんでも役員に空きがあるらしくてな。放課後、詳しい話をしたいらしい」

「でも勧誘するなら、学年トップのやつにすれば良いのに」

「…まあ、そこら辺は行けば分かるわ。やるにせよ、断るにせよ、とりあえずちゃんと話を聞いてからにしてね。私は伝えたから」

「…そうします」

 

 生徒会への勧誘。

 こんなこと、過去の記憶には全くなかったはずだ。

 間違いなく過去が変わり始めている。

 今まで起こり得なかったことが、起こり始めているのだ。

 春菜を助けようとしたことで色々なことが変わり始めている。

 よく考えれば、過去にはあんな風に青ねえと対峙することもなかった。

 これは良いことなのか、それとも…。

 ふと脳裏によぎった考えを振り払う。

 俺自身、変わると決めたんだ。とりあえず放課後に話を聞きに行こう。





















「わあ、ホントに来てくれたんだぁ!ありがとうー!」

「…ど、どうも」

「うんうん、嬉しいなぁ!ささ、座って座って!来てくれたよ、英!」

「はいはい、分かってますよ会長」

 

 そして放課後。

 どんな生真面目な生徒会長が出てくるのかと身構えた俺を出迎えてくれたのは、天真爛漫な女の子だった。

 噂には聞いたことがある。

 陵南高校3年1組、生徒会会長、秋空紅音(あきぞらあかね)。

 流れるような美しい金髪に澄んだ青い瞳。

 そしておそらく春菜を凌駕する程の存在感を放つ胸。

 何よりも日本最大手企業の秋空グループの御令嬢。

 そんな超お嬢様の彼女を目の前にして只々促されるまま、席に着くしかなかった。


「悪いね、会長はこの通りマイペースというか、自分の思うままに動くたちで」

「い、いや別に気にしてません」

 

 穏やかな声で俺に話しかけたのは、これまた会長に負けず劣らずの美少年だった。


「それなら良かった。ああ、僕は副会長の白川英(しらかわはな)。よろしくね、書記の四宮君」

「こちらこそ……いや、まだやるって言ってないんですけど」

「あれ、それは残念。らしいけどどうします、会長」

「えー、そうなの!?」

「いや、まだやらないとも言ってませんが…」

「やった!じゃあこれからよろしくねー!」

「いや、だからまずは話を…」

 

 なんだろう。段々頭が痛くなって来た。

 とりあえず落ち着いてもらおうと口を開くが、またも横槍が飛んでくる。


「…やる気がないなら帰ってもらって構わないんですけど」

 

 敵意剥き出しの刺々しい口調に、恐る恐る振り向くと、こちらを睨みつける女の子が1名。

 俺、何か恨まれることしたか。


「雅さん、駄目だよ威嚇しちゃ。そうやって何人の勧誘を駄目にしてきたのか、忘れてないだろう?」

「…お言葉ですが、副会長。この程度で尻尾を巻いて帰るなら、この生徒会の激務について来れるとは、到底思えません。でしょ?四宮薫くん」

「あれ、なんで俺の名前――」

「学年上位者の名前は覚えていて当然です。ちなみに私の名前は大塚雅(おおつかみやび)。貴方より‘4つ’順位が上なので、そこは弁えてくださいね」

 

 4つってことはこの大塚さんが、2年生の学年トップということだ。

 しかし、良い性格してるよな。

 こりゃあ依田ちゃんが思わず言い淀むわけだ。

 軽く生徒会室内を見回したが、どうらや人員は会長の秋空紅音、副会長の白川英、そして睨みを効かせる大塚雅の3人のようだった。


「……で、俺が呼ばれたのわけっていうのは」

「ああ、ごめんごめん。さっきも話したんだけど、会長が四宮君を直々にご指名なんだ」

「そう、なんですか」

 

 目の前に座る会長、秋空先輩は興味津々と言った感じで俺をまじまじと見つめる。

 美人に見つめられると、なんだかそわそわしてしまうのは俺だけじゃないはず。


「うーん…。やっぱり、分からないなぁ」

「は、はい?」

「ううん、こっちの話。あ、みやちゃん、転ばないように気を付けてねー」

「きゃあ!?」

「あっづっ!!!」

「ご、ごめんなさいっ!!」

「うわっ、これは熱いね」

 

 何かに躓いた大塚さんが、両手に持っていたお盆ごと、紅茶を思い切り俺にぶち撒ける。

 あまりの熱さにのたうち回る俺を見て、にこにこしながら会長がいつの間にか持っていたタオルを渡してくれた。


「ほらー、言わんこっちゃない。みやちゃん、仕事はバリバリなんだけど、ちょっとおっちょこちょいなんだよねぇ。ごめんね、薫くん?」

「あっつー…あ、いや、そんなに大したことないんで大丈夫です」

「す、すぐ淹れなおしますので!」

 

 急いでまたポットに向かう大塚さんは、会長の言う通り、確かに少し慌て癖みたいなものがあるようだった。

 とりあえずここに呼ばれた理由は分かったが、いきなり生徒会とか言われても困るんだよな。

 正直、仕事内容もよく分からないし。

 ふと会長を見ると、やはり先程と同じように澄んだ瞳で俺をじっと見つめていた。


「うーん…おかしいなぁ。なんでだろ?」

「あ、秋空会長?」

「決めた!英、ちょっと薫くんと屋上行ってくる!」

「はいはい、分かりましたよ」

「えっと、は?って、ちょっと!?」

「行くよー!大事な話だからね!着いておいでー!」

 

 突然立ち上がった会長にされるがまま、腕を掴まれて生徒会室を後にする。

 一瞬部屋を出る時に憐むようにこちらを見る白川先輩が見えたのは、おそらく気のせいじゃないだろう。

 ずんずんという音を立てながら、屋上に向かう会長を見て、俺はどう穏便にこの誘いを断ろうか必死に考えていた。

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