12話「センパイ」


 少女漫画や恋愛小説とかにありがちな出会い。

 通学路の角で食パンくわえた女の子とぶつかったりして、実はその子が超絶美少女の転校生でした、みたいなやつ。

 今俺自身が体験している状況も、側から見ればまさにコテコテのありがちなシチュエーションだ。

 勿論、実際には彼女と会うのは初めてでは無いし、これから仲良くなる可能性も限りなくゼロに近いわけなのだが。

 合っていると部分があるとすれば超絶美少女、というところくらいだろうか。


「……大変、失礼いたしました」


 目の前のロリっ娘、真白台冬香(ましろだいふゆか)は、小学生にしか見えないその外見とはミスマッチな店の制服で、じっとこちらを睨みつけていた。

 丁寧なのは言葉遣いだけで、今にも俺の首根っこを掴んでやろうとしかねないその迫力から、彼女がこの前の出来事をまだ根に持っていることは明らかだった。


「い、いやこっちこそよそ見してたんで。怪我とかはーー」

「大丈夫です。ちょっと転んだくらいですから」

「でも結構、勢い良くーー」

「へ、い、き、です。一人で立てます。高校生、ですから」

 

 先程の考えは訂正しよう。

 根にもつなんて生優しい、怒りのオーラを発している彼女を見て、俺は即座に考えを改める。

 目立つ銀髪を軽く撫でながら、西洋人形を思わせる端正な顔立ちで俺をキッと威嚇しながら立ち上がる。

 相変わらずの美少女ぶりだったが、残念ながら俺は相当彼女に嫌われてしまっているようだ。


「あー、そっか…まあ、怪我なくて良かったよ」

「別に。あんたに心配される筋合いなんてないし」

「て、手厳しいことで」

「……あんた、陵南の生徒だったんだ」

 

 じっと俺を、正確には俺の制服を凝視する。

 以前も話したが、うちの高校は学生には結構人気が高く、市内でも制服だけで陵南生だと分かるくらいには有名だ。

 それ故に憧れる中学生も多いと聞くが、倍率もかなり高いため落ちる生徒も数多くいる。

 もしかして彼女も実はその口で、入れなかった高校の制服を着ている俺を敵視しているのだろうか。

 いや、そうに違いない。

 じゃないとこんなに嫌われるわけないもんな。

 図書館の一件だけでここまで怒るなんて、おかしいとは思っていたのだ。

 納得した俺は相変わらず威嚇してくる真白台に優しく諭す。

 これが人生の先輩として、俺が彼女にしてあげられることだからな。


「まあさ、そんなに落ち込むなって」

「は?」

「行きたかったんだろ、陵南。でも高校で人生が決まるわけじゃない」

「…はぁ?」

「むしろその悔しさを勉強に向けて、大学受験でリベンジすればーー」

「あんたって本っ当に、馬鹿なのね」

「えっ、と」

「あたしが陵南に行きたい?馬鹿にするのもいい加減にしてよ。あんた私の学生証、見たでしょ」

「…見たっていうか、見せられたんだけどな」

「細かいことはいいから!見たなら分かるでしょ、あたしの高校」

「高校……あ」

 

 こないだの封印されし記憶を必死に蘇らせると、確かに彼女の高校名を俺は見ていた。

 彼女の名前の上には「私立桜陽学院大学附属高等学校」という文字があった。 

 ……マジなのか。

 俺の塾講師の知識が正しいならばその学校は私立の中でも最難関高校に位置する学校だ。

 偏差値は軽く70を越え、間違いなくこの県の公立高校では歯が立たない程度の超ハイレベルな私立高校。

 附属先である、私立桜陽学院大学も大学の中では相当難しい部類に入る上に、都内の一等地に学校を構えていることから、偏差値以上に学生からの人気が高い。

 桜陽附属の制服も一流の海外デザイナーに頼んだ特注品らしく、一部の変態マニアの間ではかなりの高値で取引されているらしい。

 それらの人気に比例するように入学試験もかなり難しく、俺の教えていた生徒でも合格したのは5年でわずか2人だった。


「…どうやら、その足りない頭でも理解できたみたいね」

「なん、だと…」

 

 俺の顔色が変わったのが分かったのか、目の前でドヤ顔をする真白台。

 疑いようがない。

 図書館で会ったときは私服だったため、分からなかった。

 だが確かに学生証には「私立桜陽学院大学附属高等学校」と記載されていた。

 塾講師の俺ともあろう者が、そんな大事な見落としをするなんて……いや、今は塾講師ではないのだか。

 とにかく俺は自分より遥かに学力が高い高校に通う女の子に対して、意味不明な慰めをした勘違い野郎ということだ。


「よくもまあ、たかが市内の、しかもそこそこの学校の分際であんな事、言えたわねぇ…?」

「ぐぬぬ…」

「この辺に住んでたら陵南のことなんて、誰でも知ってるでしょ。それを、何勘違いしちゃってるんだか」

「ぐ、ぐぐっ…」

「あたしだったら恥ずかしくて死んでるな。本当に、恥ずかしいー」

「ぐはぁ!」

 

 そのまま倒れ込む俺を真白台はニヤニヤ笑いながら責め立てた。

 これがこないだの仕返しというやつか。

 な、なんて執念深いやつなんだ。

 仮にも桜陽って言ったら坊っちゃん、嬢ちゃんが通う超が付く学費の高い私立高校なはず。

 ならば彼女も間違いなくどこかのお嬢様なわけで。

 最近のお嬢様っていうのはこんなにも性格がひん曲がっているのか。

 世の中やっぱり間違ってるよ、チクショウ!

 一通りの罵倒をし終わった真白台はかなり満足げな表情を浮かべている。

 性格は置いておいて、焚きつけた俺にも責任はあるから甘んじて受け入れるしかない。

 しかしその時、ボロボロの俺の頭に素朴な疑問が頭に浮かんだ。


「――ふう。まだまだ言い足りないけど、バイトに戻らないといけないし、これくらいで許してあげる。これに懲りて、もう滅多なことは言わない事ね。チ、チ、チビとか!」

「……いいんだっけ?」

「…なに、まだ罵倒されたいわけ?」

「バイト、していいんだっけ」

「……えっ」

「桜陽って確か、バイト禁止じゃなかったか」

 

 生徒を受験指導する際に聞かれたので調べたことがある。

 大体良いとこの私立っていうのは大概バイトを禁止してるようで、桜陽附属も確かバイト禁止だったはずだ。

 真白台の顔が青ざめていくのが分かる。

 しまった、という表情を浮かべる彼女を見て、自分の推測が正しかったことを確信した。

 さて、反撃の時間だーー


「な、なんであんたが、そ、そんなこと知ってんのよ…」

「…あんた?」

「えっ」

「俺は高校2年生。つまり先輩に当たるわけだが…」

「は、はあ?それが、な、何よ」

「真白台、君は自分の状況が分かってないんだね。俺は君の学校がバイト禁止なのを知っているんだよ?…頭の良い君なら分かるよね、うん?」

 

 まるでねちっこい変態上司みたいに、真白台に仕返ししつつ今の状況を理解させる。

 厳しい私立なんかはバイト禁止などの校則を破った場合、軽くて注意、下手すれば数日の自宅謹慎もあり得る。

 まあ退校処分とかの、滅茶苦茶厳しい罰まではいかないだろう。

 軽くお灸を据える意味で彼女に上下関係を分からせるくらいは良いはず。

 決してさっきの罵倒を根に持ってるわけじゃ、ない。


「……わ、分かったわよ」

「うん、それじゃあこれからはちゃんと歳上は…って何してんだ!?」

 

 そんな軽い気持ちで考えていた俺が見たのは、予想以上に動揺し、涙目で自分の服を脱ごうとしている真白台の姿だった。


「これが望みなんでしょ!は、は、早く触りなさいよ!」

「馬鹿かお前は!今すぐやめろって!」

「だ、だってあたしのこと、滅茶苦茶にしようとしてるんでしょ、エロ同人誌みたいに!」

「するかっ!俺はただな、お前に先輩後輩関係を教えようとしただけだよ!」

「へっ……そ、そうなの。本当に?」

「決まってるだろ!俺も悪かった!とりあえず落ち着け!」

「……よ、よかったぁ」

「ったく、焦り過ぎなんだよ」

「……だって、バレたらクビになっちゃうから」

「いや、バイトくらいじゃクビになんてならないーー」

「なるんだよ、あたしの場合はね」

 

 落ち着きを取り戻して、そう淡々と話す真白台は、どこか冷めた目をして俺を見つめていた。

















 真白台冬香は、確かに桜陽附属の学生だった。

 しかしそれは‘特待生’という条件付きのもの。

 特待生とは入試の成績上位者数人に与えられる権利らしい。

 入学金を含めた授業料全般を免除される代わりに、定期テストごとに行われるクラス替えで、常に最上位クラスにいなければ即座に退学。

 それに加えてバイトなどの校則違反を行った場合も、模範生らしからぬということで、同様に退学措置になる。

 俺が彼女から聞いた話はそんな内容だった。


「…それであんなに焦ってたわけか」

「……退学になったら、困るから」

「だからって脱ごうとするか、普通」

「だ、だって!漫画とかだとそうだったし…」

 

 顔を赤らめながら恥ずかしそうに話す真白台。

 それってどんな漫画だよ、と突っ込みたくなる気持ちを抑えて、彼女の話を聞くことにする。


「でも、それならバイトなんてしなきゃ良いだろ」

「……そういうわけには、いかないのよ」

「……そ、そっか」

 

 どうやら彼女にも止むに止まれぬ事情があるようだ。

 ただそれ以上彼女が口を開くことはなかった。

 これ以上深入りするのは良くない。

 人には話したくない事情ってものがあるわけだし、無理に聞くような状況でもない。

 ふと時計を見るとすでに部屋を出てから20分程経過していた。

 そろそろ戻らないと春菜に怒られる、というかすでに怒ってるかもしれないな。


「…とにかく、もうこの話は終わりな。お互いに恨みっこなしってことで」

「ま、待って!…連絡先、教えて。一応担保のために」

「別に誰にも言わないから」

「いいから、教えて」

「……はぁ、分かったよ」

 

 迫力に負けて結局連絡先を交換することにする。

 ガラケーってどうやって交換するだっけと思い出していると、真白台は店のメモ紙に自分の電話とメールアドレスを書いて渡してくれたので、俺もそれに倣う。

 昔はメールとか紙に書いて渡してたよな、なんて懐かしんでいるとーー


「で、名前は?」

「え?」

「え、じゃなくて名前。教えてよ、‘センパイ’」

「お、おう。四宮、四宮薫だ」

「ふーん…」

 

 紙に書いた俺の名前を、じっと見つめる真白台の横顔は、やはり整っていて黙っていれば彼女が美少女であることを俺は再認識する。


「あー、俺そろそろ行くな。真白台も、誰にも言わないから安心しろよな」

「…大丈夫。信頼してますよ、四宮‘センパイ’」

「なっ…!?」

「じゃあまたね、センパイ」

 

 最後に飛び切りのウインクをして真白台は去って行った。

 アイツ、自分が可愛いって自覚してるタイプだな。

 …本当にタチが悪いやつだ。

 だが、‘センパイ’と呼ばれるのは不思議と悪い気はしなかった。



















「わ、悪い。遅くなったーー」

「――正義の乙女たちぃぃぃい!!」

「……めっちゃハマってるじゃん」

 

 急いで戻った部屋で俺が見たのは、俺たちが小学生の時に流行っていた魔法少女ものの主題歌を熱唱している妹の姿だった。

 そう、どんなやつだって子どもの時に聞いていた曲ならある程度覚えているはず。

 この魔法少女もののアニメは当時かなり流行っていたので、この年代の女子なら知っている奴が圧倒的に多いのだ。

 妹よ、教えなくてもそれが分かっているとは…兄は鼻が高いぞ!


「あ、おかえり!次、エンディング入れてるから一緒に歌おう!」

「た、楽しそうで何よりですね」




 

 ――ちなみに妹の努力も虚しく、当日はほぼカラオケせずに持ち込んだお菓子を食べながらのガールズトークが繰り広げられたようで、春菜は真っ赤な顔して帰ってくるのだが、それはまた別の話。

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