第14話 ヤドリギは養分を奪う

 数日前行方不明になっていた人間が、昨日、変死体で発見された。

 たった数日なのにも関わらず、ミイラのような状態になっていたらしい。

 最近ここらへんの治安が悪いねぇ、怖いねぇ――なんて、近所に住む老夫婦と、学校の帰り道でばったり会った時に話しをした。挨拶直後に井戸端会議を始められて、それが議題なのはちょっとどうなのだろう――と、少年は思いながら。


 この時までは、まだ、他人事だった。


 友人からケータイのメッセージで「明日は暇ですか?」と聞かれるまでは。






**********

「良いか!何としてでも噂のヤドリギを捕まえるのじゃ‼」

「捕まえた瞬間、死ぬ可能性しかないんだけど……」

「死なんようにがんばってくれ」

「ひどい……」

 フジナダの言葉に後輩が頭を抱えている。ひどいというのには全力で同意したい。少年は首を縦に振った。


 中間試験直前の土曜日。本来なら試験勉強のため部屋か図書館にこもって勉強をしていたであろう少年は、何故か友人と後輩の三人でとある山に来ていた。

 その山はミイラのような変死体が発見されたという話題で持ちきりの山だった。


「変死体の原因をどうにかするためって……。俺たちの力がいるものなのかな……」

「ふつーはいらないと思うっす」

「普通じゃないから連れてこられてるんですよ……」

 少年を含め三人の顔色は青い。実は少年だけでなく友人と後輩も全力でここまで来るのを拒否していた。


 昨日友人から暇かと聞かれた時、試験勉強で忙しいと少年は答えていた。友人も、「ですよねー。あんまりいい話ではないので忘れてください」といった返信を送って来てくれていた。

 なのに朝方、友人が遊びに来たかと思ったら拘束されて引きずられるような形で外に出ることになった。


 実際に引きずったのはフジナダの方で、フジナダが蔓を使って友人の腕を無理やり動かしていた。よくよく見れば体全体操られてしまっているようで、友人の意識はなかった。本人はまだ眠っていたらしく、山に入る直前になって目が開いた。そして周りを見て事態を飲み込んだ友人は膝から崩れ落ちた。


 後輩は、『どうしても用事があるので来て欲しい』と、友人からのメッセージを見て来たらしい。

 家が近所なのにわざわざケータイで知らせるということは、面倒ごとに巻き込まれたに違いない。そう思って慌てて来たそうだ。面倒ごとに巻き込まれているのは、彼女の予想通り当たっていたわけだが。


 ただ、先輩はこの場にいなかった。フジナダが先輩の家を知らないからだ。迷惑をかけたくない少年は、先輩にこのまま連絡しないことに決め、ケータイをフジナダに取られないよう握りしめていた。フジナダもあまり先輩を呼ぶのは乗り気でないようで、特にケータイを奪われることはなかった。


 かくして三人集まったところで、フジナダから説明が入る。

 曰く、「変死体を作った原因であるヤドリギを捕まえなければこのまま被害が増えるので協力して欲しい」

と。


 ヤドリギは半寄生植物だ。植物に寄生していくつかの養分と水分を奪い、自身でも光合成をおこなう植物。普段であれば、寄生した植物を枯らすことなく共存する。

 しかし、今回問題になっているヤドリギは、寄生したものの養分と水分を少しどころか全て奪ってしまうらしい。


 最初は植物に対してだけだったようだ。しかし植物の間で何も対策が取れないうちに犬猫といった動物も襲うようになり、ついには人にまで襲うようになってしまった。

 このままではここら辺の動植物全てが、あのヤドリギの養分にされてしまう。


 それをどうにかするべく手助けをして欲しいというものだった。


「寄生されたら普通は一年そこらは大丈夫なのに、数日で全部持っていく辺り、かなり大食いのヤドリギなんですね……」

「……そういえば、フジナダがいるのになんで無事なの?」

 友人の言葉で少年は思い出した。以前後輩がチューリップに寄生された際に先輩が一年程度しか生きられないと言っていたのだった。

 あれから特に何の説明も受けず、自分から聞いていいものなのか悩んでいるうちに今日になってしまっていた。


「ああ、まぁ、前にも言いましたが寄生というより同化に近いというのもあります」

「根っこの部分が心臓と繋がっちゃってるんすよね」

「普通の寄生では根っこと肉体は繋がらないんです。こう、それぞれが別々にあると言いますか……」

 少年には何とも要領の得ない話だが、言わんとしていることは分かった。

 どういった原理かは分からないが、肉体の一部になってしまっているのだろう。


「あとは始まりを多く集めた実で……。それを栄養にしてもらっている感じですね」

「あれ一つで数年はもつようになるぞ」

「そうなんだ……。大変だね」

 そんなほいほい手に入るものではないだろうに。数年に一度は必要になるのなら、十分大変だと思う。


「今のところ伝手があるので大丈夫ですよ」

「あ、そうなんだ」

 それならそこまで大変でもないのかもしれない。その割には友人の顔は暗く、溜息ばかりを吐く。

「フジナダ同様無理難題さえ持ってこなければいい取引先なんですが……」


「あー……」

 少年は同情する視線を友人に向けた。不服そうな声がフジナダから聞こえてくる。

「仕方なかろう。あれもわしもこういう面倒ごとを頼める人間が他におらん」

「だからって、頼みすぎっすよねぇ……」

 今回のことも。後輩が心配して駆けつける理由がなんとなくわかった気がする。


「しかも、先輩、自分から首突っ込むこともあるんすよ?こっちの気持ちも考えて欲しいっす」

「死ぬような問題は避けていますよ」

「そう言って何度死にかけてるんすかー」

「それを言ったら貴方だって……」

 お互いがどうのこうのと言い争いを始めた。フジナダがまたかと言いたげに葉を揺らすあたり、よくある光景なのだろう。お互いに心配しているくらいなら面倒ごとに首を突っ込まなければいいのに。少年はそう思うが、上手くはいかないからこのような言い合いになるのだろう。


「――でもやっぱりフジナダからの面倒ごとが一番死にかけるっすよね」

「ですね。いくら過去、恩があったと言っても流石にこれ以上手助けするのは……。フジナダからの面倒ごとを断る方法があればいいのですが」

「何かで脅すとか……」

「フジナダに脅しが効くほどの大切な何かってあるんですか?」

「先輩が死にかけても、『その時はその時』って言ってあんま助けてくれないっすもんね……」


 いつの間にか話題がフジナダについてになっていた。この様子だと余程フジナダからの頼まれごとが嫌になってきているようだ。時折物騒な言葉が聞こえてくるが、少年は聞こえないふりをする。


 フジナダは呆れたように、

「お主らわしもいるのによくそのような話題ができるな……」

と言って、葉を友人の顔にぶつける。視界が塞がれた友人が鬱陶しそうに払いのけた。


 その後、言い争いに参戦してお互いに不満をぶつけ始める。少年は彼らを置いて、自分だけでも帰りたいという気分になった。もういっそこのまま本当に帰ってしまおうかと、隙を伺うように辺りを見た。


 ふと、視界の端に何かが見えた。そちらを向くと、一匹の犬がいた。犬は何日も食べていないのか、ひどく瘦せこけた顔をこちらに向けて、茂みの陰から顔をのぞかせていた。首元をよく見ると、首輪がしてあった。捨て犬だろうか。


「……ちょっと」

 そう言って、友人の肩を叩いた。友人も視線の先にあるものに気が付いたようで静かになる。

「……捨て犬でしょうか?」

「かな?どうしようか?」

「近づくのはまずいんじゃないっすか?山に何日もいたのなら、寄生虫もついてる可能性もあるでしょーし……」

「犬については保健所に連絡した方が良いじゃろうな」

 相談をしながら、少年を含めた全員が、じりじりと後退していく。少しでも距離を取るために、気付かれないようゆっくりとその場を離れることを選んだ。


 犬がこちらに向かって、ひょい、と、茂みから出てきた。

 背中の方に、何かを乗せている。――植物だった。

 その植物は丸く、鳥の巣のように枝葉を伸ばしていた。それが犬の背中に生えるようにして乗っている。


 ヤドリギだった。


「……逃げましょう!」

「そうだね!」

 友人の言葉に少年は頷いて、振り返って走り出した。後ろから、悲痛な犬の叫び声がする。


 このままでは追いつかれる。犬の方が足が早いのだ。しかし、ちらりと後ろを見れば、犬はうまく走ることが出来なかったのか、木の根に足を引っかけた状態で転んでいた。悲痛な叫び声はこれが原因なのだろう。

 犬は栄養を奪われ、もう限界だったようだ。鳴き声がだんだん小さくなっていく。今のうちにと全員で全力で山を駆け降りる。


「こら、捕まえろと言うとるじゃろ!」

「ならフジナダが行けばいいっす!」

「無理じゃ!死ぬわ!」

 流石にフジナダも死ぬのは嫌らしい。友人の動きを制限する様子はない。

 メキメキと後ろから音が聞こえてきた。振り返るとヤドリギがこちらに向かって移動しているのが見えた。動かない植物より、動く人間の方へ向かってくるヤドリギの意図が分からない。


「なんでこっちに⁉」

 少年が叫ぶ。

「寄生するなら、人間の方が良いと思ったんじゃろ?」

「既に寄生されてるんでお断りします!」

 冷静に言うフジナダに友人が全力で拒否を示した。整備されていない山の中を走るのは難しい。うっかり木の根やくぼみに足を引っかけそうになりながらも、少年は走る。


 フッ、と、視界が暗くなった。上を見るといつの間にかヤドリギが少年の頭上にいる。少年は慌てて飛び退ける。

 先程少年がいたところに、ヤドリギが落ちてきた。間一髪で避けることが出来たが、友人たちと二分される形になってしまった。


「ああ、もう!」

 それでも少年は逃げるしかなく、友人たちとは別の方向に走る。ヤドリギは何故かこちらを狙ってやって来る。疲労で足がもつれそうになりながらも、少年は足を動かすしかなかった。


 何故、自分が狙われなければならないのか。こんな山に来たくはなかったし、ヤドリギを捕まえようとも思っていなかったのに。フジナダさえいなければこうして山の中を駆けずり回って逃げる必要もなかったのに。


 悲嘆しても仕方がなかった。今はただ追いつかれないように走ることしかできなかった。

 それが余計に腹立たしく感じた。


 どうしていつも、こちらに迷惑をかける植物がいるのだろう。

 ――。


 そう思って、ふと、考える。

 あの人って誰だ?

と。


 その疑問が、少年の足の動きを鈍くする。うっかり立ち止まって考えてしまう。

 こんなところで立ち止まってはいけないのに。


 ハッと我に返った時には既に遅く、慌てて後ろを振り向くとすぐ後ろに、ヤドリギの木があった。枝葉が顔にかかる。


「うわあ⁉」

 根が伸びてきて、振り返った少年の腕に刺さった。注射針で刺されたような痛みと、皮膚に何かが入り込む感触がして気持ち悪い。


 もうだめだ。思わず少年は目を瞑った。

 せめて先輩に最期の別れを言いたかったと、悔やむ気持ちでいっぱいになった。


 しかし、しばらくしても何か変化が起こるわけでもなく、少年は疑問に思って目を開けた。

 目の前にはヤドリギの木があって、確かに少年の腕に根が刺さっているのに、動いたり養分を奪う気配がない。

 よく見ると、腕に刺さった部分が黒くなっていた。そこからぼろぼろと崩れていく。


「え?何が起きてるの?」

 驚く少年の疑問を答えることはせず、ヤドリギの木は少年の腕から落ちた。黒い部分が少しずつ増え、やがてヤドリギ全体に広がって、ぼろぼろと崩れ落ち、土くれとなって地面に広がった。





**********

「せんぱーい!無事っすかー!?」

「生きてるなら返事してください」


 呆然とその場に立っていると、がさごそとどこからか音がする。後輩と友人が探しにこちらに向かっているようだった。


「二人とも、こっち」

 音にする方に向かってみれば、友人たちの姿が見えた。手を振って友人たちに自分のいる場所を知らせる。気が付いた二人がこちらにやって来た。


「無事で良かったです」

「ヤドリギの木からよく逃げれたっすね」

「いや、逃げ切れなかったんだけど……」

 そう言って少年は先ほど土くれに変わったヤドリギの方に視線を向けた。

「なんか、ああなって……」

 理由がいまいち分からないので、そういうしかなかった。


「なんででしょう?」

「いや、俺に言われても……」

「でも、もうこれで追われる必要もなくなったってことっすよね?なら、もう、それでいいんじゃないっすか?」

 少女の言葉に、やや納得できないものがあるが、理由が分からない以上、どうしようもなかった。

 何はともあれ、脅威は去った。それで良しとするしかないようだ。


「これでやっと帰れるっすね!」

「そうだね」

「帰ったらテスト勉強ですよ」

「「う……」」

 無事に帰れると少女と喜んだのも束の間、友人から現実を突き付けられた。少女と一緒になって呻く。

 今回の件で死ななくて良かったが現実は非情だ。


 少年は思わず顔を覆いたくなった。この現実から逃避できる方法がないか、頭の中で探し始めた。




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花の怪 水野泡 @mizutoawa

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