第17話

 引っ越しをした私に待っていたのは、お茶会のデビューだった。いや、本来ならば私たちはもっと早くにデビューしているはずだった。けれども、地震があってデビューが遅れたのだ。


 私は、用意された赤いドレスに袖を通す。


 招待状をもらった王家には、すでに多くの子供たちが集まっていた。女の子も男の子も、王家の人間に好意になりたいという人がわくわくしていた。私はと言うと、王家の人間には興味がないので紅茶を飲んでいた。


「あなた、最近のし上がってきた鉄道会社の令嬢ね!」


 煌びやかな会場に甲高い声が響く。


 振り向くと、ピンク色のドレスを身にまとった少女がいた。派手な金髪の彼女に、ユウが「レイナちゃんだ!」と騒ぎ出す。


「……誰?」


『ライバルキャラのレイナちゃん。ライバルなんだど、お馬鹿で面白いキャラなんだよ』


 ユウは、楽しげに語る。


 未来のレイナちゃんは、わりと楽しい人らしい。


「商人の成り上がりなのね!この私が、貴族の礼儀作法を教えてあげましょう」


 あの……私も貴族なのだが。


 鉄道会社が大きくなりすぎたせいで、貴族ということは忘れられつつあるけど。なにせ、貴族という人種は経営に手を出すと会社をつぶす傾向にあるから。


「一応、私も貴族ですけど」


 私がいうとレイナちゃんは、大慌てで「知っているわよ」と胸を張っていた。

「知っているわよ」


 矛盾がものすごい。


 なるほど、この人は面白い人だ。


 私は、そう思った。


「私は、このお茶会で王子様の婚約者になるんだから」


 レイナちゃんの言葉に、ユウは懐かしそうに「そうだ、こういうキャラだった」と頷く。


『王子様のお嫁さんになりたい系キャラだったんだ』


 なるほど、この会場にいる女子の代表者みたいな人なのか。


 私は、そう解釈した。


 レイナちゃんは、私をライバルと思っているらしい。


「別に私は、お妃さまの座を狙ってないわよ」


 出されたお菓子や紅茶が美味しい。


 私は、レイナちゃんの側から離れようとした。だが、レイナちゃんが私の腕を引っ張る。


「あんたにその気がなくても、王子様たちが狙うの。だって、あなたは大金持ちよ」


 私は、眉を寄せる。


 ああ、またその話なのかと思う。


 スェラの会社が大きくなって、お金の話が家族の外から大きくなってきた。それは、私の婚約の件もあるからだろう。私も、はやければ婚約者を持っていてもおかしくはない年になっていた。


「あなたの家だって、拍が付いてうれしいでしょう」


「あんまり」


 正直な話、私はお婿さんがでしゃばると困るのだ。


 会社の経営は、私がしたいし。でも、バカすぎるのも困る。


「私は、令嬢のような人がいいの」


 表ではそれなりにしていて、家では静かで、見目はそれなりで。そんな男が、いればいいのに。レイナちゃんに私の理想を伝えると「じゃあ、あの人はどうなの?」と指さした。


 そこにいたのは、私たちと同じ年頃の令嬢だった


 緩い癖のついた長い髪に、水色のドレス。私の好きではない色のドレスを着こなす彼女は、静かに紅茶を飲んでいた。大人しい子だ。だが、埋もれて壁の花になっていそうな子だった。


『ヒロインだ!』


 ユウが、叫んだ。


『ゲームの主人公だ!』


 どっちだ。


 ヒロインなのか主人公なのか。


『あの子は、主人公でヒロインなんだ!名前は、まだない!プレイヤーが設定するから!!』


 いや、名前ぐらいはあるだろう。


 私は、呆れた。


「名前ぐらいあるでしょう」


 私はさわぐユウを置いておいて、その子の元に向かった。私は赤いドレスの裾を広げて、主人公と言われる少女に礼をする。


「初めまして」


 少女は、私の挨拶に慌てていた。


「始めまして。私は、フィリス・フィナ・スルツオと申します」


 やっぱり、名前はあったらしい。


「よろしくお願いします。フィリスさん」


「あの……」


 フィリスは、恥ずかしそうに私の方を見る。


 小動物のような子だな、と私は思った。


「私、お友達がとても少なくて……仲良くしてもらえますか?」


「もちろん。ついでに、このレイナちゃんもおまけに着けてあげるわ」


 私は、レイナの背中を押す。


「ちょっと、私はそんなこと一言も申していませんわ」


 レイナは、頬を膨らませる。


「じゃあ、私と友達になって」


 私がそういうと、レイナは驚いたような顔をした。実は、私も引っ越しが多いので友達が少ないのだ。だから、レイナが友達になってくれたらうれしいと思ったのだ。


「えっ。そんな、いきなり……」


 レイナは、照れ始める。


「そして、フィリスさんとも仲良くしてあげて」


 レイナは、私たちのことをきょろきょろと見つめていた。すごい挙動不審である。だが、そんなところがレイナっぽいのかもしれない。知り合って数分なのに、すでにレイナのキャラクターは強烈に私のなかに残っている。すごい。


「あの、お二人とも「さん」はつけないでください。名前で呼ばれることに憧れているので」


 フィリスの言葉に、私とレイナは顔を見合わせた。


「「もちろん」」


 声をそろえた、私たち。


 私もレイナもフィリスも、三人で手と手を取り合った。本来ならば。この場で異性との会話に慣れないといけないのに、私たちは女の友情を育てていた。


「リゼさん!」


 男の子が私に声をかけていた。


 身長の低い男は、にこにこと笑っていた。


「始めまして、僕はコリーと申します。第四王子の」


 その自己紹介に、私たちの間に緊張が走った。慌てて、私たちは最上の礼をとった。その礼に満足したように、コリーは笑った。


「リゼさん。婚約してください」


 コリーは、そう言った。


 私は、目が点になった。


 いくら王族でも、出会った日に婚約はありえない。いや、王族だからこそ出会って一日で婚約などできない。すべてのことに、政治がかかわるから時間がかかるものだ。


「無理です」


 とりあえず、保護者の代わりに断っておくことにする。


「でも、婚約することになるよ。だって、君が持つ財産を狙う人は多いんだよ」


 コリーは、不吉な予言をした。


「おい、シリル」


 シリルは、そう呼ばれた。


 彼の兄たちが、彼のことを呼んだらしい。煌めくばかりの容姿の王子たちに、女の子たちは悲鳴を上げる。私たちは、無反応だったが。いや、レイナは私に思いっきり詰め寄っていたが。


「ほら、ほらほら、狙われちゃっているでしょう!」

 

レイナ、うるさい。


「レイナ、うるさい」


「心の声を隠しなさいよ!」


 このレイナと言う少女は、鋭い。


 私の言葉が心の底から、ということがよくわかったものだ。


 フィリスは、私のことをじっと見つめていた。


「あなたは、結婚をしたくないのですか?」


 その言葉に、私は少しどきりとした。


「そうかもしれないわ」


 社会が許さないかもしれないが、私は一人で会社を運営していきたいと思っていた。あるいは、スェラやレオのように信頼できる友人と会社を回していきたいと思ったのだ。


「あなたには、あなたの理想があるんですね」


 フィリスは、私を羨ましそうに見ていた。


「私は、昔から好きなことがないんです。なんにもなくって、ある日突然に誰かが私に成り代わっても誰も気が付かないと考えてしまうほどに」


 その言葉が、私にはとても悲しいものに思えた。


 だって、突然に誰かが自分に成り代わってしまっても誰にも気が付かないのはかなしい。


「私たちだけでも気がつかればいいのに」


 私は、そう呟いた。


「私とレイナだけでも、誰かがあなたに成り代わったことに気が付ければいいのに」


 私の言葉に――どうしてかフィリスは泣きそうな顔をしていた。


 ああ、そうか。


 私は、ようやく理解した。


 誰もが、私のように近くにユーレイがいるわけではない。ユウのように、兄のようにずっと見守ってくれている存在がいるわけではない。たった一人で、この世という場所にいるのならば――それは何よりも孤独であろう。


 私は、改めて茶会に招待された人々を見る。


 彼らに、おそらくはユーレイはいない。

 それを意識した途端に、私は彼らがどんなに楽し気に談笑していても孤独な生き物に思えた。それと同時に、自分があまりにも恵まれているのだと気が付いた。


「ユウ」


『なんだ?』


 ユウは、茶会の様子を物珍し気にみているようだった。あるいは、レイアの時のように彼が何故だか知っている人を探しているのかもしれない。


「ありがとう」


 私の側にいてくれて。


 ユウは、なぜだかそれに驚いていた。

『俺こそ、ありがとう』

 私には、どうしてユウがそんなことを言うのか分からなかった。

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