第16話
疲れ切った俺たちは、なんとか屋敷まで戻った。
それで、俺は肉体をリゼに返した。
「無事だったか」
俺たちを出迎えてくれたのは、レオだった。屋敷にはいくらかの街の住民が集まっており、彼らの手当などにメイドや家庭教師の人々が奔走していた。あとは炊き出しとかができればいいのにと思ったが、漏れ出している可能性があるガスのことを考えれば安易な提案はできなかった。
「街のほうは、まだ混乱が続いているわ」
リゼは、レオにそう報告した。
「……完全な収束は無理だ」
レオは、そう言った。
「それより、屋敷の中へ。スェラから話がある」
リゼは、レオに導かれて屋敷の中に向かう。さすがに屋敷の中に避難した人々はいれていないようだった。散乱した家具もそのままだから、庭よりも危ないという判断だったのかもしれない。スェラの部屋に入った途端に、彼からリゼは座れと命令された。
「今……わが社の列車の無事が確認された」
その言葉に、リゼはほっとしたようだった。彼女も叔父の会社のことは、心配していたのだろう。
「線路も無事だった。確認後はすぐに走らせることが可能だ」
「だが、ライバル会社のほうに大きなダメージが入った」
スェラの話によると、現在彼らの会社にはライバルが二社あるという。もっとも、二社ともスェラたちの会社よりも長い線路を有しており、ライバルと言うよりも上位互換と言った方が正しい。
「主要線路が崩れて、一部の列車の安全が確認されていない。……二社ともだ。さらに一社は、この地震で創業者家族が亡くなったという噂も流れている」
スェラの言葉に、レオはつばを飲み込む。
俺は、なんとなくスェラが言いたいことが分かった。
「自体がもう少し沈静化したら、私たちは二社の買収に動く」
リゼは驚いていたが、俺は「やっぱりか」と思った。今回の震災で、スェラたちの会社はほぼノーダメージ。一方でライバルといいつつも上位互換である二社は、結構なダメージを負っている。この機会を見逃しはしないだろう。
「資金については……リゼの生家の土地を売って作ろうと考えている」
スェラの計画に、リゼは言葉を失った。だが、実のところこの世界の法律上、土地の売買にリゼの許可を取る必要はないのだ。女子に財産の相続権がないので、リゼの生家の土地はスェラが相続しているからである。それでも、リゼをこの場に呼び出したということは――彼女の意思を確かめるためであろう。
「買収に成功すれば、一気に会社が大きくなる。そして、将来的に背負うものも増える」
そして、故郷を失う。
スェラの迫った選択に、リゼは深呼吸をした。彼女は、俺にどうするかを尋ねなかった。これが自分の問題である、と分かっていたからである。分かっていたからこそ、リゼは俺に尋ねたりはしなかった。
「売りましょう」
リゼは、そう決断した。
彼女は、迷った。後戻りできないと知っていたからこそ迷って、この道を決断した。俺としては決断してほしくなかった道だ。スェラの会社がほどほどの大きさのままであれば、リゼはゲームの本編のような最後をたどらないかもしれない。
けれども、それは俺が望んだ未来だ。
彼女の選択ではない。
「ユウ、ごめんなさい」
小さく、リゼは呟いた。
彼女も気が付いていた。気がついていたが、それでもゲームの本編に続く道を選んだのだ。
『これはお前の人生だ。リゼが思うようにしろ』
「ありがとう。……行けるところまで行ってみたいと思ったの。あと、力が欲しかったの」
リゼは、しっかりと前を向いていた。
「この街を復興させるだけの力が……欲しかったの」
リゼの決心を聞いたからか、レオは彼女の頭をなでた。
「行けるところまで、行くぞ」
レオの力強い言葉に、リゼは頷く。
「……だが、当面は復旧作業が主だ。こちらも全くダメージがないわけじゃないからな」
スェラの言葉に、リゼたちは頷いた。
こうして、スェラの会社は原作のゲーム開始時のような大きさになることが決定した。それに伴って、リゼたちは引っ越すことに決めたらしい。現在の地区は、以前まで鉄道を走らせていた地区の連絡が入りやすい街に住んでいた。だが、鉄道の線路を広げるにあたって、別の街に拠点を移すことに決めたのである。
さらに言えば、住んでいた街の治安が悪化したということもあった。地震の被害は広範囲にわたり、政府の救済の手が住んでいた街にまで及ばないのが原因の一つであった。被災したときに市民に手を差し伸べたために、スェラたちの街での評判は上場ではある。
だが、倒壊しなかった屋敷のことや他社を買収し、さらなる資産を得たことによって恨みを買うことは目に見えてていた。自分たちの暮らしは大変なのに、なぜあいつらは変わらずに――それどころか余計に富んでいるのかという嫉妬だ。
それから逃げるためにも、引っ越しは決定された。
引っ越す前に、リゼは生まれ故郷に足を運んだ。
売り払われる前に見たいと希望したのだ。忙しい時期だったので、スェラもレオもついては来れなかった。そのため、メイドのイネシアがリゼについてきた。
屋敷で雇われていた使用人は、そのほとんどがリゼたちについてくることを決めていた。安定した稼ぎを得るためでもあったし、新天地に行くリゼたちには彼らの力が必要だった。
故郷に降り立ったリゼは、手紙の住所から一軒の民家に立ち寄った。この地域では一般的な規模の住宅だった。リゼの屋敷よりもずっと小さな家のドアをノックする。
その家から出てきたのは、セリシアだった。
リゼは、セリシアにずっと身に着けていた首飾りを差し出す。この故郷を出る際に、セリシアからお守りにと預かった金の首飾りだった。
「返しに来ました」
リゼは、そういった。
リゼの故郷は、比較的地震の被害が少なかった地域である。だが、それでも入用になるだろうと思ってリゼはセリシアに首飾りを返しにきたのだ。
「わざわざ……」
「ええ、私にはもう必要ないわ」
リゼは、そう言った。
「これからは、自分の力で頑張ります」
リゼはそう宣言して、セリシアに首飾りを押し付けた。
「だから、これは絶対に受け取ってください!」
セリシアに押し付けたのは、首飾りだけではなかった。布の切れ端で作ったブローチで稼いだ金も一緒に袋に入れられていた。地震のことがあって、忘れられていたブローチの売り上げだった。本来だったらメイドに分配すべきそれを、リゼは配分せずにセリシアに渡した。
「あのこのお金は?」
セリシアが、リゼに尋ねる。
「私が一番最初に稼いだお金です!」
リゼはそう言って、走って逃げた。
セリシアは呼び止めたが、リゼは止まらなかった。ついてきたイネシアは、ぺこりとお辞儀をしてリゼのあとを追いかけた。
「お嬢様!」
「大丈夫!!」
リゼは、叫ぶ。
「大丈夫だから!」
俺には、リゼの気持ちが分かったような気がした。
その後は、何にも言わないでリゼは列車に乗り込んだ。
リゼは自分が悪いことをしたと思ったのだろう。気持ちは、分かるような気がした。リゼは自分が悪いことをしたと思っている。だから、なにも喋りたくはないのだろう。
『そういえば……スェラたちは俺のことをどう思ってるんだ?』
前のときはごたごたになってしまっていたし、ちょっと気になっていた。
「二人は、あなたのことを私の前世だと思っているみたいよ」
リゼの言葉に、俺は絶句した。
『俺が、おまえの前世?』
「そう。私が前世の人格を持っていて、それで時々前の人格が出ているって」
とんでもない勘違いだが、まぁ彼らなりの解釈ではあるのだろう。
「私の側にいるのに、叔父様たちの会話を聞かなかったの?」
リゼは、少し不思議そうにしていた。
俺は苦笑いして、ごまかす。実は、最近ではリゼに関することを意識的に見ないようにするという訓練をしていた。俺はあくまでリゼの背後霊や守護霊あるいは兄のような立ち位置であり、そんな立ち位置の人間が二十四時間も年頃になりつつある女の子の生活を見守るのは問題があるからだ。主に風呂とか……そういうやつ。それに誰にだってプライベートは必要であろう。
『お前が監禁されるような事態にならなくてよかったよ』
「ああ……精神異常者に見られなくてってことよね」
リゼは、少しだけ考えた。
「ずっとユウは、私が死なないようにアドバイスをしてきたのよね。監禁されたら、殺される可能性は減るでしょう」
そんな質問をリゼはする。
たしかに、そのような不自由な立場にリゼが置かれれば殺される危険性は減るであろう。
「今回の会社の合併ももっと止めればよかったのに……」
『でも、リゼが決めたんだよな』
俺の質問に、リゼは頷いた。
『あのな、生きててもやりたいことをやれないのって死んでるのと同じだと思うんだ。経済的な問題とかも考慮すれば仕方ないこともあると思うけど、お前にはそれがないだろ。だから、お前は好きなことをやるべきなんだよ』
俺が、リゼの側にいるのはきっと本来は正しいことではない。
ただ、それでリゼの安全が守れれば御の字なのだ。
そう、それだけ。
俺がいるせいで、リゼの人生が悪い方にねじ曲がってはならない。
「ユウは、いい兄ね」
リゼの言葉に、俺は照れる。
なにせ、前世(?)でも兄だったのだから。
『いや、兄が良いのは妹がいいからだよ。良い妹のために、兄はよい兄になろうとしているんだよ』
「ごめんなさい。言っている意味はわからないわ」
『俺も自分で言いながら、わけがわからなくなってきた』
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