第14話
リゼは布のブローチを作って、それをメイドの派遣協会の人間に売ることにした。俺は新しくメイドが来てからブローチづくりをすると思ったが、リゼはイネシアに教わって一人でブローチづくりを始めた。
布のはぎれは、レオが仕入れてくれた。
リゼのドレスを作ってもらった伝手があったので、上質なはぎれが安く仕入れられたのだという。紅茶とお菓子でイネシアを雇ったリゼは、小さくて可愛いブローチを作る。結構雑だが、初めて作ったにしては上手いと思う。身内のひいき目だが。
「あと、二三個作ればもっと上手くなりますよ」
「ブローチとして身につかられるような外見になればいいんだけど」
リゼは、自分で作ったブローチを不満げに見つめていた。
『どうして、今の段階でブローチを作るんだ?』
人を雇ってから作ればいいのに。
「見本品。あと、面接に来た人に配ろうと思って」
リゼの言葉に、針を持ったイネシアは答える。
「無料で配っていいんですか。はぎれは格安で手に入れられたと聞きましたが、私のお茶とかお菓子……お嬢様の労働力も加わると無料で配るのはもったいないような気がしますよ」
イネシアは、つまりは利益が出ないと言いたいのだろう。
「でも、私が作ったものだから出来は悪いし。それに、こういうものを作っていると知らせることもできます」
つまり、リゼは宣伝がしたいのだろう。
『CMとか打てないもんな。良い宣伝だと思うぞ』
問題は、リゼ一人で量産ができるのかと言う点である。
質に関しては、作っていくうちにうまくなることを願うしかないだろう。
『それにしても、もうちょっとビーズとか付けられれば華やかになるのに』
「ビーズやガラスを付けたら、値段がすごく上がるわよ」
俺の世界ではお手頃価格のビーズも一つ一つが手作りのこの世界ではけっこう高価だ。いくらレオが仕入れを手伝ってくれると言っても、それを安く売るというのは抵抗がある。だからといって、値段をあげたら買ってもらえない。
「ただ、一つだけにはビーズをつけたいわ。どうしても、送りたい人がいるの」
「レオ様に頼んでおきます。送りたい方とは?」
イネシアの言葉に、リゼは少し照れたように笑った。
「前に実家でメイドをしてくれた人なの。その人に、綺麗な飾りを送りたくて」
セリシアに送りたいのだろう、と俺は思った。
『喜ぶと思うぞ』
「……このネックレスはまだ送り返せませんから。盗難事故とか怖いですし」
リゼの言葉に、俺は苦笑いするしかない。
この世界の郵便物は、けっこう信用ならない。配達人がプレゼントを盗むということは、十分にあり得る。だから、リゼは自分が作ったプレゼントを贈ることを決めたのだろう。
「……素敵ですね」
イネシアは、小さく呟く。
「そのように相手を思いやることは素敵なことだと思います」
リゼは、その後もせっせとブローチを作り続けた。
その結果、彼女のブローチは素人が器用に作った程度には上手いものになった。
それを何とか二十個制作した、リゼ。
その横顔は、もうすでに一つのことをやりぬいた達成感で満ち溢れていた。いや、家庭教師付けの生活でここまで作ったのはすごいと思う。まだ、やりぬいてないけど。
「すごいでしょう。褒めてよ」
リゼは、俺に向かって呟く。
その顔には、笑みが浮かんでいる。
『えらい、えらい。でも、まだまだ道の途中だからな』
これから、メイドたちの面接である。
レオと一緒に屋敷の一角を使って、三人ずつの面接を行う。早い話が集団面接である。野新たに雇う人数は三人までが上限だとスェラが言っていた。それでもこの屋敷の大きさでは足りないぐらいなのだが、雇い主がそういうので増やすわけにもいかない。
面接は、どこの時代でも変わらない感じだった。
名前とか歳とか聞いて、志望理由なんてものを聞く。大抵の場合は、ストレートに金が欲しいという理由だった。まぁ、メイドが「御社の理念に惹かれて」なんてことをいうはずがない。集団面接したなかで、すでに他の屋敷でメイドの経験があって、愛想のよさそうな人間を選んで、さらにレオとリゼで個人面接をした。
残念ながら縁がなかった人間には、リゼが作ったブローチを渡した。メイドたちは、それを不思議そうな顔をして受け取っていた。まぁ、普通は面接に来て記念品をもらうとかはあまりないだろう。
こうして、スェラの屋敷に新しく三人のメイドが追加された。
メイドは四人となり、イネシアの負担が減ると思いきや――彼女たちに仕事を教えなければならないのでイネシアはさらに忙しくなってしまった。彼女の仕事が落ち着いたのは、二か月がたったころだった。
そのころになって、ようやくリゼは新しいメイドの三人と共にブローチ作りをすることができた。手先が器用な人間を採用しただけあって、ブローチ作りはなんとか軌道に乗った。ブローチがある程度の量を作れるようになったら、今度は販売に乗り出さないといけない。
レオは、メイドの派遣協会の本部の隣に露店を出す許可をとってくれた。
この露店には、リゼとイネシアが立つことになった。といっても接客はほとんどリゼがやり、イネシアは保護者のように後ろから見守っていることになった。
露店は祭りのときはよく見られているが、平時はあまり見られない。たぶん、食料や物の作り置きがもったいなく感じられるのだろう。究極にロスをなくそうとしたら、こういう世界になるのだろうなと思う。そんな世界で、リゼが運営する露店はちょっと物珍しい雰囲気になった。
店に立つリゼは、いつものお嬢様然とした恰好ではなかった。メイドをやるような身分の子が普段着る古着を身に着けている。周囲に溶け込むためだろうが、手入れが行き届いた肌や髪の子供が古着を身にまとうのは奇妙な違和感があった。
そんな違和感がありつつも、メイドの派遣協会に用事がある女の子がリゼのお店をちょこちょこと覗いていく。買っていく子はなかなか現れなかったが、女の子たちは興味をもったようだった。一応、この場所には一週間だけ店を出していいことになっている。その間に、売れればいいのだが。
『なぁ、このお店なんだけど限定一週間って書いた方がよくないか?』
俺のアイデアにリゼは首傾げていたが、期間限定商品に弱い人間は一定数いるものだ。翌日、手書きの看板に『一週間限定』と書き足された。
限定商品だと明記されると女の子の食いつきが目に見えて変わった。手に取る人も増えたし、じっくりと商品を見る子も増えたと思う。そして、とうとう「いくらですか?」と尋ねてくる子が現れた。
「えっと……」
リゼは緊張しながら値段を述べる。
商品を手に取ってくれた子は、もう少し安くならないかと値段交渉をしてきた。この世界においては、値段交渉はわりと当たり前に行われるようだ。もっとも、それは庶民の間でのことでリゼは未経験だった。
「いいえ、この商品はこれ以上は下げられません」
リゼが戸惑っている間に、イネシアがしっかり返答する。女の子は少しだけ考えて、商品を購入してくれた。リゼが初めて売ったのは、青色のブローチだった。
「売れた……」
リゼは、茫然としていた。
けれども、すぐに嬉しさがこみあげてきたようだった。
「やった!やりましたよ!!」
リゼは声を上げて、イネシアに抱き着いた。
イネシアは、それにびっくりしていた。リゼの気持ちも分かってやってくれ。彼女は、生まれて初めて自分の作ったものを売ったのだから。
リゼのブローチは、それから少しずつ売れた。たくさん売れたというわけではなくて、少しずつだったけれども。リゼはそれでも嬉しそうだったし、楽しそうだった。
「こんにちは」
ある日、珍しいことに店に男の客が来た。いや、大人の俺から見れば少年といっていい年頃の子だった。リゼよりは少し年上で、整った顔立ちをしている。キラキラ輝く金髪が、王子様然としていてリゼと同じように庶民の古着を着ているが奇妙に浮いていた。なんか見たことがある顔だな、と俺は思った。
「これは、君が作ったの?」
少年は、赤いブローチを手に取る。
「いいえ。作ったのは別の人です」
「それを君が売っているんだ。へぇ」
少年は、手に取ったブローチではなくてリゼのほうを見つめていた。奇妙な客であった。普通ならば、商売人よりも商品を見るのが客だというのに。
「君ぐらいならばいいかもね」
少年は、何も買わずに帰っていった。
リゼは首をかしげていたが、俺は内心悲鳴を上げた。
『今のってアルバーノ王子だ!!』
「なんで、第一王子がこんなところにくるのよ?」
リゼは、俺のことを信じようとはしなかった。
だが、俺は奴のルートを二時間だけだけどプレイしたことがあるのだ。ゲームの時のアルバーノはもっと成長していたが「~ならばいいかもね」は奴の口癖なのだ。
『なんで来たかはしらないけど……』
アルバーノは、リゼの婚約者ではなかったはずのキャラだ。さすがに、攻略ルートをやっていたから間違いはないはずである。どういうキャラだったかと言うと、一言でいうのならばつかみどころのないキャラである。
ゲームの仕様のせいなのかもしれないが、すべての判断をプレイヤーに投げかけて、すべてを肯定していたような気がする。そのせいで、アルバートの性格は読みにくかった。正直、こいつが真犯人でもおかしくはない程度に性格が分かりにくいキャラだったような気がする。
ともあれ、リゼにとっては不穏な人物の登場だったことに間違いない。さらっと行ってしまったが、今度どういうふうにリゼの人生にかかわってくるのかは分からなかった。
『ゲーム中のアルバーノは……特にリゼについては言及してなかったしな』
少なくとも顔見知りであったかのようなセリフはあった気がする。
けれども、そこに感情を見出すことはできなかった。そのため、俺はこいつのことをサイコパス王子と呼んでいたのだ。ゲーム中の話だが。
一週間の間に、リゼのブローチは作った半分ぐらいは売れた。
『よし、じゃあ今回のことを報告書にまとめるぞ。ついでに利益を手伝ってくれたメイドにどういう感じに分配するかも考えないとな』
「報告書?分配?」
リゼは、首をかしげる。
『金を出してくれたりしたのはレオやスェラだから「こうやりました」っていう報告が必要だろ。あと、儲けがでてるんだから労働者にも分配しないと。今度同じようなことをやったときにのやる気が違うからな』
俺の話を、リゼは「そうなんだ」と呟きながら聞いていた。
基本的に貴族で、金に困ったことのないリゼにはこういう報酬の話をしても実感を持ちにくいらしい。
『物事にはご褒美があったほうがいいだろ』
「なるほど」
これで、ようやく理解してくれた。
俺は、リゼにアドバイスをしながら色々なことをまとめた。まずは商品が購入すると思われる客層とか、商品の材料の仕入れ先とか、メイドが一個の再作にかかる時間とか、一個の単価とか。基本的にこれって最初に考えるだろうということをリゼにまとめてもらった。
リゼは、すべてのことが初めてだった。
だから、最初に考えるよりもやってみてやったことをまとめた方がいいと思ったのだ。だって、これは練習なのだ。次にやったときに、計画の立て方を練習できればそれでいいのだ。
「できた!」
リゼが書類を作ると、それをスェラに見せさせた。
思えば、これが大失敗だった。
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