第13話
綺麗なドレスを見て、ドキドキしないわけではない。
私だって、女の子だ。綺麗なドレスを見たら、ドキドキする。それがさほど好きな色ではないとはいえ、自分のために作られたドレスだとしたらなおさらだ。
けれども、それよりも大きなショックに襲われた。
そのため綺麗なドレスのことは、私の頭からすっかり抜けてしまった。
レオは、私に商売をしろと言ってきた。
その商売の手伝いをしてくれる人材も、私がレオと一緒に面接で探さなければいけないらしい。メイドとして雇うので、その人材についての給金などは心配しなくていい。ついでに、商売をするための資金もレオが出してくれるらしい。
いたれりつくせりだが、私には肝心のことが分からない。
いや、商売というものがどうやればいいのか最初から分からない。
「商売は、商品を売ることです」
パン屋なら、パンを売る。
靴屋なら、靴を売る。
つまり、商売の準備を始める前に私は『売れそうなもの』を考えなければならないのだ。これは難しい。パン屋や靴屋というのはギルドがあって、初心者がいきなり参入するのが難しい。レオの力をかりてごり押しするという手が使えなくもないだろうが、そうするほど大規模な商売をする気はない。
「さっと仕入れて、さっと売れるようなお手軽なもの……ギルドとか面倒くさい組織がからんでないもの……」
『ギルドって、あれだよな。楽市楽座で解放された、座みたいなものだよな』
ユウはなんだかドキドキワクワクしているようだが、いっていることが分からない。
「座ってなんなのよ。ギルドは、互助会みたいなものだけど」
これに入っていないとお店を開いても嫌がらせを受けるという。
『たぶん、それが座だ。ということは、楽市楽座になるまでは座には逆らわないほうがいい』
いや、私も最初からそう思っているのだが。
『なぁ、こっちの座って物ごとに分かれている感じか?靴なら靴。パンならパンで』
ユウが、まだギルドのことを座と言っている。
「そうよ。私もあんまり詳しくないけど」
ユウと私の意見は、一致した。
ギルドが作られていない新しい商品を考える。
『ねぇ、ユウ。あなた、靴とか服とかが並べられている話をしたわよね。あなたの生前の話だと思うんだけども』
ユウは「そんなこと話したっけ?」と少しばかり考えていた。
そして「思い出した」と叫ぶ。
『冬至の祭りのときだな。俺の世界では、服とかアクセサリーとかを大量に作って並べて並べて客に選んでもらっていたんだ』
ユウの話を聞きながら、私のところでは無理そうな商売だなと思う。服もアクセサリーも作るのにお金がかかるし、そもそも職人のギルドがある。
「あ……そうか」
服とアクセサリーあと靴。そういうのは原材料を扱うギルドもあるが、完成品のギルドは職人たちによって作られている。商人のギルドとは違い、彼らは客に呼ばれてから初めて売買が成立する職業だ。
「材料費さえ何とかすれば、服とかアクセサリーなんかはギルドの制約を受けにくいんだ。販売に関することだけを考えればだけど……」
服もアクセサリーも高価だ。
どうしても貴族相手の商売になってしまう。そうなると余計に新規参入者が戦うのが難しくなる。
『普通の人間は、アクセサリーとか付けないのか?』
ユウが不思議そうに尋ねた。
「生活に余裕がないから、あんまり買わないと聞いたことあるわ」
服だって高いものなのに、わざわざ高価なアクセサリーを買う余裕はないらしい。
『安く金属を買い取って、アクセサリーを作るとかできないのか?』
「安い金属はともかく、それを加工する職人が必要よ。安いものはできないわ」
アクセサリーは現実的ではない。
でも、小さいものはいいかもしれない。単価は安くできるし、売れなくても場所をとらないし。
「あっ、はぎれ」
『はぎれ』
私とユウは、ほぼ同時に叫んだ。
洋服を作るときに出てくる、はぎれ。
あれを使って、アクセサリーを作れないかなと思ったのだ。はぎれならば、安く仕入れることができる。手先な器用な素人でも、簡単に加工ができる。つまり、メイドを労働力として使うことが可能だ。安くアクセサリーを作れれば、庶民の人も買い求めることができるだろう。
「はぎれで、ブローチみたいなものを作るのはどうかしら」
花モチーフならば無難で誰にでもつけやすいと思うのだ。
『デザインに関しては、俺は口を出さないよ。女の子が好むのは、女の子が考えるのが一番だし』
問題は、どこで販売するかである。
私は、庶民の方が集まるような場所を知らない。アクセサリーを買いたいというのは、きっと若い女の人だろう。でも、若い人がアクセサリーを買えるほど自由になるお金を持っているだろうか。
「若くて、女の人で、働いている人が集まる場所」
『なら、そういう当事者に聞いてみろ』
ユウの言葉に、私は考える。
「当事者?」
あっ、と私は声を出した。
私の周りに、一人いた。働いていて、女の子で、もしかしたら自分と同じ女の子がいっぱい集まる場所を知っているかもしれない人が。
イネシアだ。
私は、急いで働いているイネシアの元に行く。忙しそうな彼女に話しかけるのは気が引けったが、必要なことであった。
「イネシア。あなたの仕事仲間がたくさんいるところってある?」
「お嬢様?」
突然の私の言葉に、イネシアは混乱していた。私は最初から、イネシアに色々なことを話す。商売を始めなければならないこと、布でアクセサリーを作ろうと思っていること。それをイネシアのような働いている女の子に売りたいということ。
「そういうわけですか。ならば、メイドの派遣協会にいってはいかがですか?」
イネシアのいうメイドの派遣協会とは、若いメイドが屋敷で働くために職場を紹介してくれる組織らしい。普通、メイドを含める使用人は紹介や縁故の採用が多い。だから、縁を持たない若者は派遣協会を頼って採用してもらうらしい。
「そんなものがあるのね」
「おそらく、新しくメイドを雇うならば今回もメイド協会を頼ると思いますよ」
普通ならば、屋敷側も使用人を雇う縁を持っている。だが、人間嫌いのスェラがそんなものを持っているわけも維持できるわけもない。というわけで、協会を頼るのである。
「……今度、メイドの派遣協会から家に面接にくるメイドがくるのよね」
「はい。私の時と同じなら、二十人から三十人ぐらいの面接をすると思います」
結構大がかりだ。
だが、家の家事を任せるというのは結構大切なことだ。家財を勝手に売り払うようなメイドが来たら困るし。
「イネシア。針と糸を貸してください!」
私の申し出に、イネシアは眼を点にした。
「お嬢様、裁縫できるのですか?」
「……人並み以下には」
ユウは『刺繍とか苦手だったもんな』と私のなかで呟く。母と一緒にいるときに、刺繍は習ったのだ。習ったけど「大きくなったら上手になるかもね」という評価で終わった。
「……少しお教えしましょう。どういったものが作りたいのですか?」
イネシアの申し出はありがたいが、申し訳ない。
「忙しいのに悪いわよ」
「なら、私の仕事終わりに紅茶とお菓子付きでお嬢様の家庭教師として雇われますよ」
イネシアの微笑みに、私は少し考える。紅茶もお菓子も、わりと高価なものである。イネシアの申し出は好意であるが、同時に「美味しいものを食べたい」という彼女の欲求も満たすことができる。
「私が用意できるかぎりの最高のものを用意するわ」
そうして、私はとりあえずイネシアを雇うことになった。
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