第12話
数日後、リゼの元にドレスが届いた。
真っ赤なドレスは露出がほとんどなくて、ひらひらのふりふりだった。良くも悪くも背伸びした子供用のドレスだと一目で分かる。
「これは……?」
リゼは、不審がるなかでレオは胸を張った。
「茶会のデビュー用のドレス」
言われて、俺は思い出す。
この世界は十歳前後で有名貴族や有名実業家の家で開かれる日中のパーティーに行くようになる。そして、十六歳前後で結婚相手を探す夜会にでるようになる。
もっとも、これは昔から続いている伝統のようなものでゲームの部隊にもなった学園とは合っていない部分もある。学園の入学は十六歳からだし、今では結婚相手を学園で探すようになっているし。それでも、まだまだ伝統の力は強い。とくに、リゼたちは貴族でありながらも世間では成り上がりの実業家のイメージが付いている(おそらくレオのせいで)そのため伝統を守ろうとする姿勢は大切なのだろう。
「ユウは今日はぐちゃぐちゃと言わないのね」
リゼが、不審がる。
『そりゃ、今回は特に何もないからな』
ゲームでも、ほとんど触れられなかった茶会だ。
だから、今回は危ないことはないだろうと思った。
なお、ドレスについて叔父のスェラは何の感想も言わなかった。分かっていたが、こういうものに興味が薄い人なのだろう。彼にとって、興味があるのは会社の経営という数字だけだ。一方で、レオはリゼのことや周囲をよく気にかけている。
正反対の二人だからこそ、会社の経営もうまくいったのだろうなと俺は思い始めていた。だが、リゼのことまでレオに投げっぱなしなのはどうだとも思う。なんというか、子育てに興味がない父親ぽくて問題があるぞ。ドレスを試着したリゼも、この場に叔父がいないことを不安がっていたし。
「叔父様は、まだお仕事ですか?」
リゼの疑問に、レオは「うん、まぁ」と歯切れの悪い言葉を返した。
「今日はちょっと医者にかかってもらってる」
そういえば、スェラには病弱設定がついていた。そのせいで、リゼが直接対面をしたことがないほどだった。
「叔父さまは、どこが悪いのですか?」
リゼの問いかけに、レオは答える。
「肺だ。長くは生きられないって言われている」
そうなれば都会から離れて空気が綺麗な田舎にいったほうがいいのではないのか、と俺は思った。だが、すぐに思いなおす。
スェラの夢を叶えるのは、都会でしかできないのだ。
短い命をできる限り引き延ばすことよりも、自分の思うがままの一瞬を生きることをスェラは選んだのだ。
「叔父さまが、私の教育に一生懸命なのは……」
「リゼが一人前になるまでには、生きられないと思っているからかもな。だからこそ、多くを残してやりたいんだ」
レオは、リゼの頭をなでる。
リゼは、少しばかり考える。
「叔父さまには……いいえ。なんでもありません」
『どうしたんだよ』
歯切れの悪いリゼは珍しい。
リゼは、俺の言葉にちょっとむっとしていた。
あっ、そうか。レオがいたら俺と会話できないのか。今までもできなくもなかったが、リゼが独り言を言っているようにしか周りには見えていなかったし。
「それより、叔父様に尋ねたいことがあったんです」
リゼは、屋敷の使用人を増やせないかレオにも聞いてみた。この屋敷をメイド一人で切り盛りしているのは、いくらなんでもハードすぎる。リゼの言い分はかなりまともである。ちなみに、リゼの生家は叔父の屋敷よりも一回り小さいがメイドが六人雇われていた。むろん全員が常に出勤していることは稀で、シフト制でメイドの仕事をしてもらっていた。
この屋敷も本来ならば最低でもそれぐらいのメイドがいてもおかしくはないのだ。週に一度だけ手伝いのメイドが来るとは言え、この人数はおかしすぎたのだ。
「前にスェラに打診したことがあるんだが……人が多いと頭痛がするっていってなぁ」
レオも困った顔をする。
どうやら、スェラの体調も絡んでいる問題らしい。
「そうだ。リゼ、お前がメイドを雇って商売をやってみろ」
リゼは、目を点にした。
俺も同じ気持ちだった。
「メイドには、こちらがお金をはらって家事をやってもらうんですよね?なのに、どうやって彼女たちを雇って商売をすればいいんでしょうか」
「言葉が足りなかったか。メイドを雇う金は、こちらから出す」
レオの言葉に、リゼは頷く。
人を雇うのはそれなりに大金だから、保護者の手を借りないとどうしようもならない。それはしょうがない。
「そのメイドを使って、ちょっと儲けをだしてみろ」
「無理です!」
リゼは、断言した。
「メイドさんを使って儲けを出すって……そんな」
リゼは混乱しているし、その気持ちもわかる。そもそもメイドたちは家事という仕事をしているのだ。それなのに、さらにメイドの仕事を増やしてリゼが設けを得るのは難しい。
『……リゼ。レオに利益は出さなくていいのかを聞いてみろ』
大人として、ちょっと引っかかることがあった。
「あの……レオ。利益は出さなくていいんですか?」
リゼの質問に、レオはにやりと笑った。
「ああ、そうだ。損失は出していい。出し放題なのは困るが、そこまで大げさに考えるな。ようは、商売ごっこをやってみろということだ」
俺は、レオの言いたいことが分かった。
つまり、彼はリゼに商売の真似事をやってほしいのだ。その従業員の役割を担うのが、新規で雇うメイドということになる。
『レオは、スェラを納得させる理由が欲しいんだよ。お前がメイドを使って、商売の勉強をしていれば雇う理由ができるだろ』
「でも……」
リゼは、尻込みしていた。
彼女には、自身がないのだ。
『今回は失敗してもいいんだ』
俺は、リゼを説得する。
今回はゲームとか、そういうものは関係ない。リゼの人生の選択だ。
『お前の保護者が、全面的にバックアップ……協力してくれる。お前は、今なら最高の経験をできるんだ』
将来会社を任されるリゼに、これが大きな経験になることは大人の俺には分かった。でも、彼女が未経験なことを怖がる気持ちもわかる。大きな一歩は、いつだって突然すぎて恐ろしい。
「最高って……本当に最高なの?」
『お前の将来を考えるのならば』
リゼ、お前は誰よりも強くなることを望まれている。
今回のことは、チュートリアルと思ってやってみろ、と俺はリゼの背中を押した。
「チュートリアル……?」
通じていなかった。
『なんというか、本番前の練習みたいな感じな』
リゼは、頷いた。
通じたらしい。
「手伝ってくれる……?」
小さく、本当に小さな声でリゼは呟く。
その様子がいじましくて、俺は自分の妹を思い出していた。あふれだす保護欲に、俺は自制心でストップをかける。
『リゼ。今回は、一人でやるんだ。俺も、ちょっとはアイデアを出すかもしれないけど……基本は一人だ』
俺が、本当にユーレイならばいつかは成仏するかもしれない。そのときのためにも、リゼに俺を頼る癖をつけさせるわけにはいかない。
「意地悪ね。でも……分かったわ」
リゼは、レオを見据えた。
「やってみます」
「よし!じゃあ、メイドの面接にも立ち会えよ」
俺とリゼは、再び目を丸くした。
そこまで聞いていない。
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