第11話

私は玄関にいた老兵士の元に向かった。

 

彼は、忠実な犬のようにずっとそこでまっていた。


「なんとかなったようだな」


 老兵士は、ほっとしたような顔をしていた。


「ええ。この家においてもらえることになったわ」


 後継者にするとか言っていたが、それは私にとって現実味がなかった。そもそも叔父の会社がなにをやっているのかも詳しく知らないのだ。あと、レオ。共同経営者だという彼のこともよく知らなかった。やたらと人懐っこい獣人だったけど、そもそも彼以外の獣人をあまり見たこともない。


「本当なら……今日起こったことは忘れろというべきだ」


 老兵士は、語る。


「家族が殺され、新たな保護者を得た。本当ならば、お前はすべてを忘れて新しい人生を生きるべきだ。だが……お前は普通の子供とは違う」


 老兵士は、膝を折った。


「まずは、生まれが違う。お前は伝統ある貴人の家に生まれた。さらに、新しい時代の新しい会社を引き継ぐ存在になる」


 老兵士は、私に視線を合わせるために屈んだ。


「強くなれ」


 老兵士は、私にそう言った。


 どうして、私の周囲の人間は私に同じことをいうのだろうか。


 私は、そんなに死にやすそうなのだろうか。


 そうして、私と老兵士は別れた。その別れは、私が家族からの完全な別れを意味していた。あの時代を思い起こさせる縁を私は失ったのである。


「リゼ」


 シリルが、私を呼んだ。


 ユウが私の中で「殴れ!」と叫んだ。


 相変わらず、シリルが嫌いらしい。


「三日後にここをでる」


「信頼できる人がいるの?」


 私の質問に、シリルは頷く。


「ああ、剣の師匠に頼んだ」


 そうなんだ、と私は思った。


 彼に頼れる人間がいて、よかったとも思った。


「俺も、将来強くなる」


 シリルは、そう宣言した。


「それで、将来俺を助けたことを後悔させない」


 彼は、そう言った。


「なら、まずは互いに生き残らないとね」


 私は、笑った


 シリルも笑った。


 私たちは、互いに互いの目標を確認しあった。


『いい感じになってんじゃねー!そいつは、まずいから。もうめっちゃまずいから。どれぐらいまずいと言うと、そいつ第一容疑者だから!!』


 ユウ、うるさい。


 すごく、うるさい。


『妹にもそんなこと言われたことないのに!』


 ユーレイなのに、妹がいたらしい。


 シリアがいる間のユウがすごくうるさかったが、シリルがいなくなったら静かになった。本当に、どこまでシリルが嫌いなユーレイだ。


 私はというと叔父のスェラの正式な養女となった。


 それにともなって、私は叔父の家で様々な家庭教師についてもらって勉強を進めることになった。ナイフの先生も探してもらった。けれども、ナイフという護身術に毛が生えたようなものを教えたがる変人はなかなかいなかった。


 しかたがなくって、私は老兵士にもらったナイフを使おうと思った。


 だが、どのようにして使えばいいのかよくわからなかった。そもそも、このナイフは刃が潰してあるので実戦では使えないものだったのだ。


 たぶん、これは老兵士が弟子に渡している名刺みたいなものなのだろう。けど、こんなものだけあってもなかなか教師を見つけるのは難しい。


「家庭教師が見つからなかったのか?」


 屋敷のなかで、レオが私に話しかけてきた。


 会社の経営で、叔父は基本的に経営の全体を行っている。対して、レオは鉄道を動かしている現場で指揮を執っている。だから、レオは本当ならば屋敷にくる用事が少ないはずなのである。だが、レオはとても頻繁に屋敷にやってくる。


 体の大きなレオは、街の普通の人々には恐れられているようだった。彼が歩いているだけで、町の人々が道をあける。レオは常にニコニコしていて、なんだかそれがシュールだった。けれども獣人たちには、レオは慕われているようだった。レオと言う人が、どういう人なのか周囲の人々を見るだけでは分からなかった。


「ナイフを教えてくれる人がいないんです」


 私も、レオにどのように接すればいいのか分からなくなっていた。だから、できる限り喋らないようにしていた。だが、レオは積極的に私に話しかける。


 あと、よく私を空中に放り投げる。


 空中に投げられながら、最初は何をやられているのだろうと思った。けれども、最近ではもしかしてこれは愛情表現なのかもしれないと思うようになってきた。レオは、私を投げている間はニコニコしていたし。


「前の師匠が持たせてくれた品があるんだな。よし……」


 レオは、私が持っていなナイフを確認する。


「知り合いに当たってみよう。彼の弟子が、リゼの新しい師匠になってくれるかもしれない」


 レオの言葉に、私ははっとした。


 そうか、師匠とはそういうふうに探すものだったのか。品だけあっても、どうにもならなかったのだ。人脈もなければならなかったのだ。


「スェラから聞いたぞ。お前は、優秀らしいな。さすがは、俺たちの後継者」


 レオは、また私を空中に放り投げた。


 本当に、この人はなにをやりたいんだろうか。


「お二人は……そのどうして二人で会社をつくろうと思ったんですか?」


 気になっていたことを私は聞いてみた。


「一番最初は、スェラがとある鉱石を発見したのが始まりだ」


 レオは、叔父の功績を説明した。学生時代に叔父は、よく燃える鉱石を発見したらしい。その功績を使って、叔父は列車が作れないかと夢想した。そうして家に財産の一部を持ち出し、勘当されたらしい。そのため、叔父は実家を受け継がずに母が実家を継いだ。


 そこから、叔父は会社を作った。


 だが、生まれついて病弱な叔父が現場をどうこうできたわけもなく、叔父は従業員のなかから一番丈夫そうなレオを現場監督にしたらしい。そういうわけで、叔父とレオの二人体制の会社経営が始まったそうだ。


「スェラは、将来的には現場監督も会社経営もできる後継者を望んでる」


 なんだ、それは。


 だが、そうなってくると叔父がどうしてナイフの家庭教師を探すなんて奇行に何も言わないのかが説明できる。現場監督するためにも体力は必須と思っているに違いない。自分に体力がなくて、現場をうまく運営できなかったから。


「私は、そんなすごい人物になれないような気がする……」


 というか、ちゃんとした教育を受けたとしても何割がそんな人間になれるというのだ。もういっそ、養子をたくさんとって数うち当たるな方法をとってほしいと思ってしまう。


「それだけ、スェラは期待しているんだ」


「期待ね……」


 本当に、期待しているのだろうか。


「それより、おまえは何色が好きだ?」


 レオは、そんなことに私に尋ねた。


 そんなことを尋ねられるのは、初めてかもしれない。というのも、私に似合う色というのは周囲が勝手に決めていた。好みとかを聞かれるのは、初めてのことだった。


「水色……」


 私は、ちょっとドキドキしながら呟いた。


 ここで、自分で自分のことを言うことで何かが変わるのではないかと想像した。


「そうか……似合わないから、赤色でいいか?」


 結果、何も変わらなかった。


 私は、ため息をつく。


「どうして、皆私の好きな色を無視するのかしら」


 そんなことを呟く、私にレオは視線を合わせる。


「似合う色をまとってほしい」


 レオは、そう言った。


 この人も、悪い人ではない。


 悪い人ではないのだが。

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