第8話


『冬至祭りって、クリスマスみたいなものなのか?』


 俺は、リゼにそう尋ねた。


 そしたら逆に「クリスマスってなに?」と尋ねられた。いざ尋ねられると説明が難しい。前世ではクリスマスはクリスマスだったし、ケーキはケーキだった。


『世界的な祭りだよ。ケーキ……甘いお菓子を食べる日なんだ』


 この世界にケーキがないのは、すでに知っている。いや、あるかもしれないがリゼは食べたことがない。だから、俺も知らない。


「たぶん、似てる。冬至祭りも甘いお菓子を食べるわ。特別なお菓子」


 そのお菓子というのは、なんかこう硬くて不味そうなアレだろうか。


 毎年ココアにつけてリゼが食べていて、食べにくそうだなと思っていた。だが、美味しいものだったらしい。現代日本のお菓子よりは美味しくないだろうが、それでもリゼは幸せそうに語る。


 冬至祭り当日になると、リゼはさっそくメイドのセリシアにピンク色の外套を着せてもらった。母親は、弟が小さいから一緒にお祭りには行けない。父は、今日も仕事だ。二人の代わりにセリシアが、リゼと一緒に祭りに行くことになっていた。


「お嬢様。いかなるときも領主の娘としての気品を忘れてはなりませんよ」


 セリシアは、口をすっぱくしてそう語った。


 リゼは背筋を伸ばして、できるかぎり自分を立派に見せようとした。こういうとき、リゼは貴族の娘なんだと思う。教育がしっかり行き届いている。


 セリシアと共に、リゼは屋敷を出た。


 「おおっ!」と俺は感嘆の声を上げた。


 馬車からみる街は、それなりに賑わっている。今日は特別な祭りの日だからなのだろう。街を行く人々は、精一杯着飾っていた。現代日本のようなイルミネーションはないが、布で作られた飾りは牧歌的で可愛らしい。


『お前が、屋敷の外に出るなんて久しぶりだな』


 基本的に、リゼの家庭教師は外から屋敷に来てもらう形になっている。だから、リゼは屋敷に出ることなく一日を終える。買い物も使用人がいるし、ドレスとかの新調も業者が屋敷に来てくれる。外に出る必要性がまったくないのだ。


「外出は、基本的に色々と面倒だからね」


 外出用のドレスとか外套とか従者とか、色々と準備するものがあるのだ。


 そうなってくると、そのたびに色々と金額もかさんでくる。


『買い物とか好きじゃないのか。色々と見て回ったりとか?』


 リゼは、俺の言葉がちょっと理解できないようだった。


「商品が並んでいるってこと?それって、どういうことなの?野菜や果物の市場ってこと?」


『いや、服とかアクセサリーとかさ』


「そんな高級なものが、並べられるほど作れるはずないでしょう。誰が、前金を払うのよ」


 俺は「前金?」と首をかしげた。


 そして、この世界と現代日本の違いをようやく思い出した。


「洋服とか靴とかアクセサリーとは、高級なものは前金を払って材料をそろえてもらうのよ。職人は、お金を持ってないから」


 リゼの言うとおりである。


 基本的に職人は、そんなに資金を持っていない。そのため、仕入れのために前金を払うのだ。ここらへんは、現代日本とはかなり違った文化と言っていいだろう。これは貴族の買い物以外でも適用される。一般庶民が靴を買うときも同じようにするのだ。ただし、古着などにはこのシステムは適用されない。


『食べ物もお店の表に並べないよ』


「不衛生よ。鳥にとられるし」


 そうだった。


 この世界の鳥は、現代の鳥よりアグレッシブだ。しょっちゅう人間に喧嘩を売ってくる。


「お嬢様。先ほどから、なにを言っているんですか?」


 セリシアが、リゼに尋ねる。


 リゼは、「独り言」と答えた。


「それよりも、お店はまだ?」


 子供らしいリゼの言葉に、セリシアは微笑む。


「ええ、もうすぐですよ」


 馬車がたどり着いた店には、すでに大勢の子供たちでにぎわっていた。気で作られた可愛い雰囲気の店の中では、大鍋のココアが作られている。ミルクはたっぷり、ココアパウダーはちょっぴりのココアである。


 マグカップに注がれたそれに、子供たちは小麦で作られた菓子を浸して齧っている。この祭りの時期しか食べられない菓子。作られる店も限定されていて、貴族のはずのリゼもわざわざ訪れなければ食べられないものだ。


 子供たちのための年に一度の贅沢品なのだが……俺から見ると微妙に美味しくなさそうなお菓子である。


「少し食べてみればいいのに」


 そういうが、見ているだけで味とか触感がわかるものがある。


 ミルクたっぷりのココアに浸しても、なおも堅い感触。健康な歯がゴリゴリと噛み潰している触感は、とてもではないが美味しそうとは表現しにくい。たぶんなんだが、この世界のお菓子は基本的に焼しめる方向に特化しているのだろう。クッキーも岩みたいな硬さのようだし。


「ココアも美味しい……」


 ほうっとリゼは感嘆のため息をつく。


 この世界(この地方独特のものなのかもしれないが)のココアは、スパイスをたくさん使う。下手をすればココアパウダーよりもたくさん入っている。なぜわかるかと言うと、店で鍋の中に大量に入れている光景を見ているからだ。俺はスパイスが苦手なので、こういうスパイスたっぷりのココアは苦手だと思う。


 大抵の子供たちは、幸せそうな顔をしてココアとお菓子を食べている。だが、そのなかで不機嫌な顔をした子供がいた。店の端っこでお菓子をかじっている、たぶん男の子。フードを深くかぶっているのでよくわからないが、たぶんリゼと同じぐらいの年頃だろう。


「……まずい。古い小麦粉をスパイスでごまかしているだろ」


 男の子は、ぼそっと的確なことを言った。


 実は、この菓子は古くなった小麦粉の処分方法でもある。堅く焼しめて消毒をして、古い小麦粉の嫌な臭いをごまかすためにスパイスを加えたココアにひたして食べるのである。  


 つまり、この菓子は古い小麦粉を子供たちに処分させるための手段なのである。


 たぶん、リゼが普段食べているおやつの方が上等だ。


「この特別な感じがいいのよ」


 リゼは、ぼそりと言った。


 フードを被った男の子は、リゼの言葉に気が付いたようだった。男の子は、リゼの立派な装いをしげしげと見ていた。リゼの恰好は、そこらへんの子供とは違う。外套の布は新品で色鮮やかで、袖口には動物の毛皮が付けられている。


「おまえ、近所の豪農の娘か?そんな身分の奴が、こんな菓子で満足するな」


 男の子の言葉に、リゼはむっとしていた。


 リゼは、この菓子が冗談抜きで世界で一番おいしいと思っている。たぶん、一年で一度しか食べられないという特別な感じが好きなのだろう。あと、この祭りはこの地方独特なものなので――彼女が母の兄の養子になったらもう食べられない菓子なのだ。


「美味しいものを食べているのに文句を言わないでよ」


 リゼは、腰に腕を当ててそう宣言した。


 近くにいた子供たちが、リゼの周囲に集まる。場の雰囲気はリゼを中心とした地元の人間対フードの男の子という感じだ。


『あれ……?』


 俺は、フードの男の子をじっと見る。


 なんかこの布――高そうなんだよな。というか、子供がここまで顔を隠していること自体が不自然なんだよ。リゼも貴族のご令嬢だが、可愛い顔は隠さずにむき出しにしている。この世界には写真がないので、誘拐と言う犯罪はおきにくいのだ。


 それでも顔を隠すというのは、よっぽどの理由があるということで。


『おい、リゼ。なんか、ヤバいかもしれないぞ』


「やばいってどういうことよ。この子も頭のなかに、おじさんを飼っているの?」


『いや、俺はおじさんではないから。そこは重要だから。まだお兄さんだから』


 そうではなくて、喧嘩を売ったら面倒な気配がする。


「失礼!」


 そんな声が聞こえた。


 大人の男の声だった。


 小さな店のなかに、剣を持った男たちが入り込んできた。リゼが持つことがなかった本物の剣に、俺は思わず「うわぁ!本物だっ!!」と叫んでしまった。


「こんなところに偽物を持ってきてどうするのよ!」


 正論である。


 店に押し入るのに、玩具の剣を持ってくる輩がいるわけがない。しかも、男たちは全員が殺気立っている。大人より子供のほうが多い店なのに、店に押し入ったヤツラはまるでドラゴンに挑む兵士みたいだった。


「やぁ!」


 リゼは、叫ぶ。


 彼女が取り出したのは、小さなナイフだった。小さくて、頼りなくて、すぐに折れてしまいそうなナイフ。そんなナイフをリゼは取り出した。


『んなもんを取り出すな!』


 無関係をきめこんでおけ!と俺はリゼに叫んだ。


 だが、彼女はそうはしなかった。


 ナイフを出して「自分は戦える」と自分よりも圧倒的に大きな大人たちに向かって威嚇していた。武器を持っているのはリゼ一人だけだった。そのせいもあって、押し入った男たちの視線がリゼに注がれる。


 リゼは、おびえることもなかった。


『無謀すぎるだろ!』


 相手は、大人で、店に押し入った人数は四人。


 子供一人でどうなる人数ではない。


 リゼは、自分が持っていたココアを大人の一人に向かって投げた。熱いココアがかかったことで、大人の一人が驚いて武器を落とす。


 リゼは、武器を落とした大人に向かって走った。


 小さい体を生かして死角に入り、ナイフでわきの下を刺す。人間が鍛えられない箇所。それと同時に、防具などを付けられない場所でもある。


 そんな場所を刺したリゼは、急いで外套を脱ぐ。そして、自分の腕にぐるぐるに巻き付けた。上等な布というか丈夫な布で腕を保護し、その保護した布でリゼは自分に振り落とされた大人の剣を受け止めようとしていた。


『さすがにそれは!』


 無謀だ。


 俺の叫びが通じたのか、剣がリゼに振り落とされる前に大人に攻撃を仕掛けた者がいてくれた。そいつは、フードを被った男の子だ。


 男の子は、リゼと同じようにココアを大人にかけた。


「あんたたち!」


 店の女店主が、こん棒を振り回す。


「今のうちに逃げなさい!」


「お嬢様、こちらです」


 セリシアも叫ぶ。


 リゼは、フードを被った男の子の方を見た。


 正確には、男の子のフードは取れていた。


 可愛らしい顔立ちをした、男の子だった。茶色の髪に、黒色の瞳。なんとうか、ここら辺の子供たちと比べると小ぎれいな印象を受ける。


「来て!」


 リゼは、男の子に手を差し出した。


 その手に戸惑う、男の子。


「もう!!」


 焦れたように、リゼは男の子の手を握る。そして、そのままセリシアのほうへと走った。セリシアは二人を馬車に乗せると、すぐに御者に馬を走らせる。


「何があってんですか!」


 息の荒い、セリシア。


 リゼは「知らないわ」と答えた。


「あれは、俺を殺そうとしている人間だ」


 フードの男の子が、つまらなそうに答える。


「俺が、新しい王子になるのが嫌な連中なんだろ」


 新しい王子と言う言葉に、リゼもセリシアも目が点になった。


俺も、目が点になる。


というのも、俺たち全員が王妃が亡くなっていることを知っていた。


いや、王にはすでに愛人がいて、その愛人が次の王妃になるのではないかという噂もあったか。


一応、王と愛人の間に子供がいるとも聞いていたが――辺境にすむ俺たちはそんなニュースは気にしていなかった。いや、リゼの親ならば気にしていたかもしれないけれども俺たちにとってはゴシップの一つだったのだ。


『リゼ。こいつのこと殴っていいぞ』


 もしも、この男の子が本当に王子となるのならば将来的にリゼを殺すかもしれないキャラクターだ。今はまだ容疑者未満だが、とりあえず殴っておいたほうがいい。意味は特にないけれども。


「なんで、殴るのよ。この男の子って、被害者よね」


 リゼは、自分の向かいに座る男の子を指さす。


 彼女は、将来の自分が誰に殺されるかは知らない。俺がちゃんと覚えていなかったということもあって、教えてはいなかった。


「それにしても、どうして王子になろうとしているだけで殺されそうになるの?」


「色々な派閥の問題があるんだよ。その派閥から逃げるために田舎にきたんだ」


 男の子は、ため息をついた。


「あなた、名前は?」


 リゼは、男の子に尋ねた。


「俺は、シリル。名字はこれから変わる予定だ」


 腕を組む、シリル。


 俺は、必死にシリルの名前を思い出そうとする。たしか、第三王子あたりだったような気がする。将来的に勉強よりも剣のほうが好きっていう、体育会系の少年になるはずだ。


『シリルって……リゼとこの時期に知り合っていたのか?』


 ゲームのときには、そんな情報が提示されていただろうか。

 俺は、改めてリゼがどのように殺されたのかと思いだそうとする。


 リゼが殺されたのは、入学式。


 刺殺されている。


 剣が得意なシリルは、早い段階でリゼ殺しの容疑者になっていたキャラクターだ。だが、ゲーム中ではシリルがリゼの知り合いだとは示唆されていなかった。


『……もしかして、シナリオがかわりつつあるのか?』


 ゲームのリゼは、そもそもナイフを習っていなかった。


 習っていたら、ゲームでも抵抗ぐらいしていたと思う。


「なによ、シナリオって」


 リゼは、首をかしげる。


『ええっと……未来への道過ぎがちょっと変わっているかもしれないってこと。とりあえず、シリルを殴れ』


「いやよ。絶対に面倒くさくなるから」


 たしかに、未来の王子様を殴ったら面倒だろう。


「歓迎されてないなら、おりるけど」


 そう言ったシリルを止めたのは、セリシアである。


「お待ちください。せめて、お屋敷まで」


 彼女も未来の王子に恩を追っておくべきだと考えたのだろう。

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