第7話

 ユウが、私の知らない間にまたいらないことをやったらしい。全身が、くまなく痛い。ユウは私が寝ている間に私の体を使っているらしいのだが、そのときに筋トレをしているらしい。寝ているときは、寝かせてくれ。


 全身が筋肉痛でたまらない。


 ただでさえ、慣れない剣術の稽古で体は疲れている。休める日はきっちりと休まなければならないのに、ユウは面倒無用で筋トレをする。そんなことをしたら、平日の私がつぶれるに決まっている。


ユウは、バカなのだろうか。


バカなのだろう。

 

今日の私は、はいずりながらも家庭教師からの授業を受けた。異国語の授業と数学の授業だった。母の兄は商売をやっているから、養子候補の私は数字に強くなければならないと母は考えたらしい。


 ちなみに、今日の剣術の授業は免除してもらった。


 体が動かないので、授業をうけることができないのだ。剣術の教師には「なにやってんだ、おまえ」という目で私を見ていた。ちなみに、剣術の先生は我が家の護衛をやっていた兵士だ。今は引退して暇だからと言う理由で、私の教師を引き受けてくれたらしい。老人ではあるが背筋がぴんとのびて、下手をすると父よりも健康そうな外見であった。


 いや、令嬢が思いつきのように頼んだ授業の教師など暇な人間しか引き受けてくれなかったのだろう。


「おまえ、どうして剣を習いたいなんて思ったんだ?」


 剣術の先生は、私に尋ねた。


 私は、動けない体の鞭をうちながらも頑張って椅子に座っていた。


「えっと……ええっと」


 まさか、将来的に殺されるらしいので剣術を習いたいなんて言えない。


 私が答えを探せないでいると、教師の老剣士はため息をついた。


「自分でしっかりとした芯を持たないと身につくものも身につかないぞ」


 老兵士は、雇い主である私に対してため口で接する。


 彼にしてみれば、私が孫みたいなものだからなのだろう。雇い主に対してそれはどうなのかと思うが、彼が師でもあるのでいたしかたないのかもしれない。


 それにしても、芯か――……。


 そんなもの、私が持っているはずがない。


 頭のなかの声に、ただやらされているだけの私には。


「大方、カッコいいからちょっとやってみたいとか思ったんだろ」


 老兵士は、そう言った。


 私が「違う」と思わず呟いてしまった。


 だが、いってしまったものは仕方がない。


「私は、剣術なんてカッコいいなんて思ってない」


 むしろ、ダンスとか歌とかそういうものがうまくできる人がカッコいいと思っている。それを思わず、老兵士に言ってしまう。とたんに、老兵士笑顔になった。


「なるほど……俺に剣術を教わりたいと言ったのは、誰かの入れ知恵か」


 ほぼ当たっている。


 さすがは、老人。


 亀の甲より年の劫。無駄に長生きしてない。


「おい、何か失礼なことを考えただろ」


「……はい」


「正直に答えるな!でも……なるほど」


 老兵士は、剣ではなくナイフを私に見せた。


「お前に教えるのは、剣ではなくナイフだ。小回りが利くから護身としても実戦的だし、細かい立ち回りはダンスにも応用が利く」


「素早い動きはダンスに必要ではありませんよ」


「お前は、体の軸もぶれているんだ。まぁ、体感が安定してないんだな」


 私は、首をかしげる。


「つまり、バランス感覚が悪い。そのせいで、姿勢を崩しやすい。崩して、建て直すのも下手だ。剣術でも姿勢を教えることで改善できるが、ナイフで小回りが利く動きを勉強することでバランスを崩してもすぐに立て直せるようにする」


 つまり、転ばないようにする。転びそうになっても、すぐに動き出せるようにするということである。


「そして、お前は俺に剣術を習うつもりでいるな」


 あなたは私に何を教える気なのだ。


 老兵士は、断言した。


「俺にダンスを習う気でいろ!」


 おい、武骨な老兵士よ。


 あなたは、そもそもダンスが踊れるのか。


「これでも昔は都会にいたんだ。ご婦人を口説くためのダンスぐらいはまだ踊れるもんだ」


「下品な踊りじゃないですよね」


 私は、老兵士に疑いの視線を向ける。


 兵士と言っても王に雇われる近衛から、戦争だけに参加する兵士まで色々ある。近衛は洗練された文化に触れることも多いが、戦争だけに参加するような兵士は粗野だ。


「失礼だな。これでも昔はモテモテだったんだぞ。どうだ、俺にダンスを習いたくなっただろう」


 現状、私にダンスを教えてくれるのは老兵士しかいない。


 ならば、甘んじるしかない。


「かび臭いダンスでなければ……」


「お前、俺にダンスを教えもらいたいとは思っていないだろ」


 老兵士はあきれながらも、翌日からは私にナイフを持たせた。今まで持っていた剣も訓練用の軽いものだったが、持たせてもらったナイフはさらに軽かった。刃の部分は潰されていて、子供でも安心して剣術を習うことができる。


 それを握って習うのは、ナイフの立ち回り。


 最小限の力で、できるだけ急所を狙う動き。


 これのどこがダンスなのかとも思うけど、それでもダンスの上達を信じて頑張ることにした。たとえ、老兵士に「おまえ、バランス感覚が絶望的だな」とあきれられても。


「よし、もっと基本的なところからやろう。一本足で立つ訓練だ!」


「もう、それは訓練とは言わないでしょう」


「お前は、まだそのレベルだ」


 こうして、私のナイフの訓練はだいぶレベルダウンしたのだった。だが、基礎的な訓練のせいなのか、私の動きは老兵士いわく「最初よりはかなりマシ」になったらしい。実践投下できるまでの実力には届いていないとのことだが、私は実戦なんてする気はないので別にいい。


実のところ、私は七年後に自分が死ぬとは思わなかった。頭のなかの声は私が死ぬと言っていたが、そんなこと私は信じていなかった。なのに、どうして稽古を受けているかと言うとコレから逃げる手段がないからである。


「よし、それなりに使えるようになったな」


 しばらくして、私は老兵士に仮の一人前と認めてもらった。仮の一人前と言うのは、刃をつぶしていない刃物を持ってもいいという意味だった。たぶん、普通の仮の一人前よりはレベルが低いのだと思う。それでも、認められたみたいで少しうれしかった。


 成長したと思った。


 私のナイフの授業以外は、順調だった。授業を受けて分かったのだが、私は運動神経がかなり悪いようだ。少なくとも座学は、ナイフの授業のように初手の初手からやり直すようなことがなかった。


 そうやって、私は普通の令嬢と同じように一年を過ごした。


 そして、一番の楽しみである冬至祭りがやってきた。

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