第5話
朝食を終えて、私は私室に戻った。
頭の声は止むことがない。
『まずは自己紹介だな。俺は、木戸裕。ようやく、聞こえるようになったな。よかった。お前が生まれてから「おはよう」から「おやすみ」まで、声をかけ続けてきたかいがあった。』
頭のなかの声には、名前があるらしかった。
ユウというのが、名前らしい。
というか、今までそんなに声をかけてきたのか。今まで聞こえなくてよかった。聞こえてきていたら、きっと私は本当に狂っていただろう。他人の声が頭に響くなんて普通じゃないのに、そんなことが日常だと思って生活するような人間に育つことがなくてよかった。
『突然だが、お前は七年後に死ぬ。しかも、たしかナイフで刺される。場所は、学園のえっと……人通りのないところ』
随分と曖昧な予言だった。
「なんで、七年後?」
微妙に、切りの悪い数字だった。
『お前は国一番の金持ちになって、それが理由で殺されるんだ』
頭の声は、随分とおかしな予言をする。
七年後というと私は十七歳だ。
十七歳の女の子が、国一番の金持ちになるはずなんてない。将来の私は、なにかお宝でも発掘するのだろうか。ということは十七歳の私は冒険者になって、国中の土をほりかえしているわけか。かなり嫌な未来を予言されてしまったような気がする。
『いいか。それを回避するためにも、剣術とかそういう勉強をする必要があるんだ。そうすれば、七年後に犯人を返り討ちにできるかもしれない』
頭のなかの声に、私は疑問を漏らす。
「そもそも犯人は分からないの?」
十七年後に私が他殺されるのならば、犯人ぐらいは知っていて欲しい。動機が分かっているのならば、ちゃんとわかっていそうなものだ。私の言葉に、頭のなかの声はちょっとばかり申し訳なさそうだった。
『二時間ぐらいしかゲームをしていなかったから、クリアしてないんだよ』
頭のなかの声は、ゲームとかクリアとか言い出した。
聞いたことのない単語だ。
私は、頭のなかで整理してみる。
頭の声は、私の精神的な病が原因ではない。本人が言っているのでかなり怪しいが、とりあえず信じることにする。
七年後に私は大金持ちになって、そして殺される。
犯人は分からない。
回避方法も分からないので殺されないように努力しろ、と言う。
「無茶苦茶よ」
『だが、努力しないと殺される可能性がぐっと上がるぞ』
頭の中の声――ユウは、どこか嬉しそうだった。
そういえば、と思う。
記憶にはないが、私は母に家庭教師を頼んでしまっている。もしかしたら、ユウは私の体を乗っ取って母に家庭教師の件を頼んだのかもしれない。というか、それしか考えられない。
「母様に家庭教師まで頼んで……今更ことわれないじゃない」
家庭教師がくるには明日からで、きっと明日からは私がすごく忙しくなってしまう。私ぐらいの年齢の女の子なら、勉強よりもダンスの練習をしているはずなのに。
女の子が、結婚する年齢は早い。
相手を探す期間も短いから、できるかぎり良い相手が見つかるように子供のうちから色々と習うのだ。ダンスとか歌とか刺繍とか、そういう男性にアピールできるものを。
だが、残念ながら私にはそういう細やかな才能がなかった。ダンスでは確実に教師の足を踏み、歌をうたえば弟が泣き出す。刺繍は謎の模様が出来上がってしまう。これでは、将来の相手が見つかるかどうか分からない。現状は、かなり絶望的だ。
今からでも、母にお願いして女性らしい習い事に切り替えてもらおうかな。
でも、きっとダメだろう。
母のお兄さんは学者をしていて、そのせいか母は私に対して教育熱心である。しかも、普通の女子教育のほうに熱心なのではなくて、男の子に施すような勉強を私に勧めたがる。なんでも、母もそういう教育を受けて育ったらしい。
私は、母の兄さんの養子になるという話も出ているので――もしかしたら、そこらへんも関係しているのかもしれない。
「女の子は、未婚だったら家を継げないのに」
変なの、と私は思う。
母のお兄さんは体が弱いそうだから、あんまり贅沢を言えないのかもしれない。私が養子になって、結婚して、男の子が生まれることを望んでいるのかもしれない。あっ、私にさらに弟が生まれて、そっちがお兄さんの養子になるという可能性もあるか。
『そうそう、やっぱり女の子は言えとか財産を受け継げないんだよな!』
ユウは、妙に嬉しそうだった。
そんな当たり前の法律を嬉しそうに語るので、私はいぶかしんだ。
「あなた、あんまり法律とかに詳しくないの?」
『いや……こうところどころしか知らないっていうか。ゲームをプレイしたのは、二時間だったし』
また、プレイとかゲームとか言い出す。
私は、医者に診てもらおうかしらと考えた。
それぐらいしか、現状を解決する手段が思いつかなかったからである。
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