第2話

 この世のどこに暴漢を返り討ちにして、近衛兵に事情聴取をされる令嬢がいるのだろうか。私は、近衛兵に没収された細身のナイフを見つめながらため息をついた。


 私が助けた令嬢は泣きわめいて、近衛兵に慰められている。


普通は、そういうものだろう。だって、襲われた被害者だし。少なくとも、襲われた令嬢は私みたいに冷静に事情聴取なんてされていないはずだ。


「お城をでたら、馬車が襲われてたので――ナイフで暴漢を返り討ちにしました」


 詳しく説明をすると下品な話になってしまうので、私は一応ためらう。こう見えても、花もはじらうような年頃だ。下品な話は好き好んでしたくはない。


 ためらったところで、結果は同じなのだが。


「女の細腕で、暴漢をどうにかできるのか?」


 近衛兵が、私の証言をいぶかしむ。


「男性には、弱点があるので」


 ナイフを振り回して、暴漢の意識がそっちに向かっているうちに金的をさせてもらった。暴漢が一人だったから、できた荒業である。複数だったら、もうちょっと考えて動く。


「弱点って」


「足と足の間をこーんな感じで」


 私は、自分の長いドレスの裾をけりあげた。


 私の足がドレスからぴょんと飛び出て、近衛兵はぎょっとする。普通の令嬢は、はしたなくってやらない行動である。いや、まずは金的をしようと思わないか。


「最初から整理をすると、彼女の馬車が襲われていたので貴女が助けたと……。彼女の馬車の従者は?」


 暴漢が一人ならば、馬車の御者や従者が何かしらのアクションを起こして撃退するだろう。いや、撃退まではしなくとも近衛兵に知らせに行くものだと思う。


「私は、そこまでは知りませんよ」


 まぁ、不自然だとは思ったが。


「アルバーノ王子!」


 さっきまで泣いていた令嬢が、急に笑顔になった。


 近衛兵の列をかき分けて登場したのは、絵にかいたような王子様だ。金髪碧眼、高身長。優しい微笑みを浮かべる、二十歳前後の男性。なお、顔面は花でも背負っているかのような華やかさである。令嬢は「きゃー」と嬉しそうな悲鳴をあげる。


 それで、私はなんとなくこの不自然な強盗劇の理由を知った。


 たぶん、暴漢は令嬢に雇われたのだろう。令嬢の筋書きによれば、彼女は暴漢に襲われながらも近衛兵に助けられて――それで心配した王子に見舞われるというものだったものに違いない。


『攻略対象が出てきたぞ。絶対に油断するなよ!!』


 頭のなかに、男の声が響く。


 そういうことは、私とは違う令嬢に言ってくれと思った。さっきまで泣いていたはずの令嬢は、王子にできるかぎりの笑顔を向けている。改めて見れば、令嬢のドレスは今年の流行りの形だった。ただし、色は黄色。黄色は流行の色ではない。


 第一王子が、好きな色だ。


「お久しぶりですね。リゼ」


 第一王子は、私ににこりと微笑んだ。


 私も臣民として、第一王子に頭を垂れる。


「ご機嫌麗しいようで……ご無沙汰しております」


 今日は五人の王子たちを上手くまいたと思ったのに、何ともついていない日である。私に対して一番執着が薄い第一王子に挨拶しているうちに逃げるべきなのだろうか。それは、さすがに不敬すぎるか。


『くそ、ここにアルミニウムがあれば』


 頭の中の声が、謎の名前をあげる。


『それに火をつけると目がくらむほどの明かりがドバーって』


 その隙に逃げる気なのか。


 いや、顔が割れているのだから後から手紙とか送り付けられるだろう。


――リゼ!


私を呼ぶ声が聞こえた。


振り向くと、そこには輝くばかりの顔面の男たちが三人も現れた。どれも、年若い少年や青年である。


一人は、知性を宿した静かな瞳をした青年。眼鏡をかけた学者肌の雰囲気で、兄弟のなかで一番賢そうな雰囲気がある。現に、彼は兄弟のなかで一番成績優秀だと言われている。母親譲りの銀色の髪に翡翠色の瞳――第二王子のカルロ。


一人は、負けん気の強そうな表情をした少年。私と同い年の十六歳で、勉学よりも剣術に秀でている。王と愛妾の間に生まれ、のちに王位継承者となっていたために上の兄弟二人と彼は容姿が大きく違う。


兄二人は華やかな銀と金の髪だが、彼は茶色の髪に黒い瞳という比較的目立たない容姿――第三王子のシリル。


最後は、無邪気な微笑みを浮かべる少年。第三王子とは別の愛妾の間に生まれた王子で、一番子供っぽく可愛らしい容姿だ。鮮やかな赤毛に、青い瞳――第四皇子のコリー。


この国の王位継承者のほぼ全員があつまり、悲鳴を上げていたはずの令嬢は気絶寸前だった。王子たち全員がそれぞれ雰囲気の違う美形であることは認めるが、気絶するほどではないだろう。

 

そもそも、こいつらの性格は全員が悪いし。


 なにせ、金目当てで私に求婚をするような人間なのだ。


 どうして、こんなことになったのか。

 

なんで、私の頭のなかで声が聞こえるのか。


 それは、九年前まで時間を遡らなければならない。

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