死んだらチュートリアルで死んじゃう令嬢の背後霊でした
落花生
第1話
家に帰ると、妹が俺を待っていた。
「おかえり。お兄ちゃん」
明るく可愛い俺の妹。
年の離れた妹は、俺にとっては娘みたいなものだった。妹が小さい頃に父親が亡くなってしまったから、余計にそう思えるのかもしれない。
妹は、まだ高校生。
今はパジャマ姿だが、日中はセーラー服で女子高に通っている。俺が卒業した学校とは違って、偏差値が高い学校だ。妹はそこの特進クラスに通っていて、あと少しだけ時間がたてば確実に国立大学に合格するほどに成績が良かった。
俺の自慢の妹。
「ただいま。明日も早いんだから、早く寝ろよ」
俺は、できるだけそっけなく妹に接する。甘やかすのは、教育によくない。でも、やっぱり可愛い。出迎えてくれるほどに、俺を慕ってくれるからなおさらに。
「どうしても、お兄ちゃんに渡したいものがあったの。はい、文化祭の紹介状!」
妹が手渡してくれたのは、俺の名前が印刷されたチケットだった。可愛らしいウサギのイラストが手書きで書かれていて、妹が書いたものだと分かった。妹は、昔からウサギのキャラクターが大好きなのだ。
「紹介状?」
俺は、チケットを見ながら首をかしげる。
去年はこんなものはなかったと思ったが。
「うん。あのね去年は一般客の出入りを自由にしてたんだけど、変質者も入ってきて大変だったんだって。それで、今年は生徒の家族しか入れないことになったの。でも、誰が誰の家族だから分からないから、チケットなの」
なるほど、このチケットがなければ文化祭に行けないというわけか。
保護者としては、こうやって変質者の侵入を防いでくれるのは嬉しいことだ。
妹は、チケットを母親にも渡していたようだ。母と妹は、うんと年が離れた姉妹みたいに仲が良かった。休みの日にアウトレットに買い物に行ったりしている。そこには俺も参加して、俺は疲れながらも女性二人の買い物をほほえましく見ていた。
「あ……この日は、商談だった。時間が空いたら行くから」
本当に、その日は商談が入っていた。
しかも、運が悪いことに大口の商談だ。妹との生活のためにも、ここは成功させなければならない。だが、妹の文化祭にも行きたい。だから、商談をまとめてから文化祭には行くつもりだった。
「お仕事があるんだったら無理しないでね。お兄ちゃんがお仕事好きなのは知ってるんだから」
妹は、いじらしく俺のことを気遣う。俺は中堅企業で営業をしているが、俺が仕事を頑張っているのは妹の進学のためだ。国立に進学できる妹の学力でも、母子家庭では色々と限界がある。だから、俺は妹が希望の学校に進学できるように仕事を頑張っていた。
「時間が空いたら行くから、気にするなよ」
俺は、妹の頭をなでる。
「お兄ちゃんは、無理ばっかりするから」
「無理はしてないよ。無理は」
そもそも仕事は好きなのだ。
就職した会社は文房具会社だったけど、商品にほれ込んだ会社だったし。うちの会社の商品を使ってもらえると嬉しいと思ってしまう。
「それより、本当に寝ろよ」
「うん。もう寝るよ。えへへへ、実はね。お兄ちゃんが帰ってくるまで友達に貸してもらった、乙女ゲームをやってたの。友達が、すっごくクソゲーだって言っててね」
妹は、俺にゲームのパッケージを見せる。
ピンク色の表紙に綺麗なキャラクター。いかにも年頃の女の子が好きそうなゲームであった。
「クソゲー?」
「なんていうか、つまらないゲームってこと」
今時は、そんなふうにつまらないゲームを言うのか。ちょっとパッケージを見ると、俺も持っているゲーム機でプレイできるものだった。就職してからゲームをしたことがなかったが、高校生の頃は俺もゲームを一生懸命にプレイしていたものだ。
「ちょっとだけ、やってみてもいいか?」
俺は、妹に聞いてみた。
久々にゲームがやってみたくなったのだが、妹は驚いた顔をしていた。
「これってノベルゲームだよ。戦闘とかないよ?」
乙女ゲームというものが、どういうものなのかと俺は説明を受けた。俺が高校時代のゲームを動とするなら、乙女ゲームは静という感じらしい。妹から借りた(正確には、妹の友達から又借りした)ゲームを寝る前の数時間でプレイすることにした。
ゲームの説明書を見ながらもプレイして、俺はこのゲームがクソゲーと言われる理由を理解した。ゲームのモデルは、古のアメリカ。列車がとおり始めたころの開拓期の時代だ。貴族の権力は徐々に落ち始め、新興勢力である経営者の力が大きくなり始めた時代。その時代が舞台となっている。
チュートリアルの入学式の最中に、王族の(第なん王子かは忘れた)婚約者の令嬢が殺された。その殺人事件を解決するために動き出すのが主人公。そして、主人公は攻略対象のなかから相棒を選んで事件の真相に挑むのだ。
ここで問題なのは、真犯人は攻略対象であるということである。実はこのゲーム最初に、真犯人を選択してしまうとその時点でバットエンド確実なのである。つまり、真犯人のキャラクターが好きならばバットエンドしか見れないのだ。
妹の友達は、これが嫌だったのだろう。
さらに殺された子は、大金持ちで殺人の理由には金銭がかかわっていた。そういう泥臭いところも嫌だったのかもしれない。
他のシステム的には特に問題はなく、推理ものだと思えば楽しめそうなゲームだった。二時間もプレイすると攻略キャラクターの性格も大体わかったが妹に返さなければならないのでゲームを切り上げた。
翌日、俺は妹にゲームを返して仕事に行った。
「どうだった?」
妹はちょっと面白そうに、俺に尋ねた。
「俺は、それなりに楽しかったよ。ミステリーだったし」
恋愛ものだよ、と妹は頬を膨らませた。
やはり、俺の意見は少数派だったようだ。
それが、俺が妹とした最後の会話だった。
その日に、俺は事故にあって死んでしまった。
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