【短編】転生者スターティングポイントにようこそ

NAOKI

転生者スターティングポイントにようこそ



 ようこそ、スターティングポイントへ。


 転生おめでとうございます。

 本日、皆さんをご案内させていただきますインストラクターのSTP08と申します。それでは宜しくお願いします。


 名前ですか?名前ははございません。

 私はただ案内専用の存在ですので。

 AIみたいなものとお考え下さい。


 さて、皆さんは既にご存知の通り、神様との契約により異世界に転生されました。


 ええっと、異世界が初めてだという方は手を挙げていただけますか。


 はい、有難うございます。全員ですね。

 まあ、2度目ですという人は有り得ないんですがね。念のためです。


 実際に異世界での生活を開始する前に、こちらのスターティングポイントで、今後のために必要な初歩的な情報をご説明いたします。


 はい?遊園地のアトラクション見たいですって?

 確かに似ているかもしれませんね。


 ただ、これからお話しすることは大変に重要なことですので、聞き洩らすことが無いようお願いします。


 はい?職業を決めたい?

 すみません、少々お待ちいただけますか。こちらにも手順というものがありますから。


 まず、言葉についてですが、ご安心ください、通じます。


 基本的にこちらの世界の言語で会話することになりますが、皆さまの頭には基礎言語としての登録が済んでおりますので、特に気にすることなく話せますし、言われたことも理解できます。勿論、文字も読めます。


 元の世界の言葉で話そうという意識でいれば、自然と異世界語で会話しているという状態ですね。最初は違和感があると思いますが、すぐに慣れますのでご安心ください。



 次に通貨ですが、こちらの世界の通貨単位はゴールドです。


 ねぇ、そのまんまですよね。可笑しいですね。


 通貨にお札はありません、硬貨だけです。

 硬貨は100G、1,000G、10,000Gの3種類があります。


 100G以下の硬貨はございませんが、基本的に物の取引単価が100Gからとなりますので、問題ありません。奥さん美人だから特別に98Gにおまけしちゃうよ、などという習慣もありませんので大丈夫です。


 円換算でのレートですか?

 良く聞かれる質問なんですが・・・。

 価値観が元の世界とは全く違うので早く慣れて下さいとしか言いようがないです。


 そうですねえ、例えば宿屋で一泊するのに300Gぐらいですかね。でも食堂での食事も200~300Gです。ビールなど酒類で100G。


 ね、以前の世界とはバランスがちょっと違うでしょ。


 でも元々の経済事情が違いますから。そういうものなんだとご理解ください。


 え、人参1本の値段ですか?

 とても女性らしい質問ですねえ。


 ただ、こちらでは人参を1本とか買いません。

 人参を複数本買うとか、他の野菜、そうですねえ、じゃが芋と玉葱と合わせて買うなどして、なんとか100Gにしてください。どれだけ買えば100Gになるかは、時々の相場と交渉次第です。


 パンですか?

 パンは100Gとか200Gで買える大きさの物しか売っておりません。1つ買って数日かけて食べるといった具合です。


 皆さんには初期費用として50,000Gをお渡しします。無駄使いをしなければ1か月は生活できると思います。



 さて、次に職業です。

 そちらの男性の方、お待たせ致しました。


 事前にお配りした手引書に、皆さまが就くことが出来る職業一覧がございますので、参考にしてください。


 まあ、ご想像されているような職業はおおよそあると思います。決まりましたら、お申し出いただければ、こちらの機械で職業登録をさせていただきます。



 勇者ですか?

 勇者は職業としては冒険者登録になります。


 はい、はい、皆さん落ち着いて。

 そう次々言われても、答えきれません。


 ええとですね、戦闘系の職に就きたい方は冒険者か傭兵でお願いします。戦士や格闘家という職業はありません。お金の稼ぎようがありませんので。戦闘職に登録後、剣技を磨くか格闘技術を鍛錬するかは皆さま次第です。


 そうそう、もう一つだけ戦闘系職業として剣闘士があります。ただ、本当に闘技場で命懸けで戦うことになりますが・・・。


 それと、魔法系は魔術師でお願いします。

 どういった系統の魔術師になるか、どの程度の能力を持てるかは、今後の皆さまの修練次第ということになります。


 スキルの習得みたいですって?

 まあ、似たようなものですね。


 ただ、魔法の修練も大変とは聞いておりますよ。魔法学校に入るにもお金がかかりますしね。入学金と授業料ですか、それに学校に行ってる間は仕事ができませんから、生活費も貯めておかないと。


 ああ貴方、良いことおっしゃいました。


 その通りです。聖職者も訓練すれば一部の魔法を使うことはできます。まず教会に入っていただき、信仰についての教育を受けます。その過程で魔法を学ぶことになりますね。教会であれば授業料はないですし、修習中の身でも聖職にかかわる仕事を行えば給与もでます。修道会でしたら衣食住も保証されておりますし。経済的な不安があるという方は、修道会はお勧めです。行動の自由度は低いですけれど。



 アルバイトですか?

 無いとは言いませんが、あくまで雇い主との交渉でしょうか。


 ただ・・・自分の都合に合わせて好きな曜日と時間だけ働くというのはこの世界では、聞かないですね。どうしてもと言うのであれば、冒険者ギルドで仕事を請け負うかですね。


 ああ、忘れてました、魔術師も冒険者ギルドには入れますので。


 騎士、ですか?

 騎士は身分であって職業ではないですからねえ・・・。

 とりあえず傭兵登録して、戦場で手柄を立ててください。運が良ければ、どこかの貴族に取り立ててもらえるかもしれません。



 言い忘れていましたが、街の外で魔物を倒すと経験値が溜まってレベルが上がるとか、ゴールドやドロップアイテムが貰えるといった、ゲーム的なものはこの世界にはございません。


 ここ、良く勘違いされるところなのですが、異世界ではありますし、かなりファンタジックな世界ではありますが、MMORPGではございませんので、そこはご承知おき下さい。


 そもそも、レベルといった概念も無いです。元の世界と同じように経験とか熟練度というものはあるとは思いますが、数値化されるものではないです。


 あと忘れないで頂きたいのですが、死んでも大聖堂で甦るということもありません。ゲームじゃございませんので、死はあくまで死です。


 ごくまれに蘇生魔法を使える魔術師がおりますが、滅多に会えませんし、蘇生させるにに値する人物であったり、蘇生させる特別な理由がないと、蘇生魔法は掛けてもらえないと思いますよ。



 いや違います、魔物はおります。


 すみません、私の言い方が悪かったですね。この世界に魔物が居ないという意味では無いです。ですから、冒険者の方は冒険者ギルドにある依頼に従って、魔物退治などをすればギルドから報酬を得ることが出来ます。この辺りは、皆さまがご想像されている異世界に近いと思います。


 ちなみに、神様と特別な契約を結んだ方以外は、初期設定としての特別なスキルは付与されておりませんので、地道に努力をしていただけますようお願いします。


 ええ、ええ、そうなんですよ。

 異世界転生されるとチート能力が手に入るとか、無能スタートだと思ったら大逆転スキルがあったとか、唯一聖剣を使える選ばれし者だったとか、残念ながら、そういうものはございません。


 なお、神様から特別な依頼を受けて転生されている方は、守秘義務がございますので、内密にお願いしますね。ちなみに私も存じておりませんので。



 続けますが、よろしいですか?


 他国との戦争や魔王討伐軍はございますので、戦闘系職で短期で実績を上げたい方は、傭兵登録してください。軍の募集に申し込んで傭兵として従軍していただき、地道に戦功を立てていただければと思います。


 ただ、皆さま全員が卓越した勇者とはなりませんので、戦場では常に死と向かい合わせだということはお忘れなく。


 ああ、そうだ。いま思い出しましたけど、最近よくある思い違いなのですが。戦場でですねぇ、剣でね・・・、ロングソードってありますよね、長くて幅広の。その剣で魔法を跳ね返せると思っている人が非常に多いんですが、絶対に無理ですから。これ鉄砲の玉を刀で跳ね返すみたいな荒技ですから。現実には無いですねえ。


 あと、これが男性の方の勘違いNO.1なのですが、偶然出会った女神とか、超絶能力の修道女とか、猫耳ロリ娘のアサシンとかに、何の脈略も無く都合よくれられるということは無いです。あえてもう一度、強調しておきます。です。


 だって元の世界でそんな経験したことあります?

 無いですよね。

 妄想が過ぎると言うか。

 ちょっとふざけてますよね。


 ちなみに魔物や魔王はいると言いましたが、獣人はおりません。猫耳ファンの方はご免なさい。



 私のおすすめですか?

 農夫ですかね。


 初期登録で農夫をお選びいただくと、漏れなく郊外に畑と家が無料で貰えます。農業に関するスキルも同時に付与されますので、農業は素人なんだけど・・・と言った心配は無用です。


 あと、こちらの世界は天候が安定していますし、また農作物の病害もほとんど無いですから、農夫が一番収入が安定していると思いますよ。


 折角、異世界に転生するのに農夫は嫌ですって?

 まあ、そういうお考えもあるでしょうね・・・。でも、憧れのスローライフが満喫できると喜ばれる方もおりますのでね。


 ちなみに、後々、職業の変更もできますが、その場合は初回特典は付与されませんので、あしからず。



 はいはい、そちらの方は職人に興味がお有りと。

 ええ、素晴らしいことだと思います。はい、女性でも大丈夫ですよ。


 各種職人を選ばれた方は、仕事先の斡旋は私共でさせていただきます。腕の良い親方をご紹介できますので、やる気さえあれば、将来独立することも可能だと思います。


 そっちの端にいらっしゃる方、なんですか?

 もう1度言っていただけます?


 ああ、職人も地味で嫌だと・・・。

 困りましたね。


 まあ、職業をお決めになるのは皆さまですので、そこはご自身の判断ということで・・・。




 はい?

 転生をキャンセルしたい、ですって。

 まあ、職業登録前であれば可能ですが・・・。


 キャンセルされると、元のたましいの世界に戻ることになります。


 ただ、皆さまは1度異世界転生をした事になっておりますので、もう1度転生は出来ません。次の転生は元の世界での転生になります。何に転生するかは保証できません。もちろん人間に転生するとも限りませんが・・・。


 そう、ひどいとかずるいとか文句を言われましても・・・。


 私どもが決めたわけでは無く、こういう法則で成り立っている世界ですので。


 創造主?

 確かにこの世界を作ったのは神様ですけど。

 ただ、神様への苦情を私に言われても困ります・・・。



 英雄願望があるのは分かりますが、いきなり勇者とか、あまりに都合がよすぎると皆さん思いませんか?


 本日、こちらにお集まりいただいた方でも20名はおりますし、全員が勇者になるとかですと、何を持って勇者なのかという話にもなりますからねえ。


 転生者はどのくらい居るか、ですか?

 大体、平均すると1日100人程度受け入れをしておりますので、年間でざっと36,000人でしょうか。


 人口が急激に増加するですって?

 確かにそうなんですが、最終的には大丈夫なんですよ。


 理由の一つは、やはり戦闘系か魔法系の職業を選ばれる方が多くて、魔物討伐や戦地でお亡くなりになる方が、相当の割合でいらっしゃいます。


 それとは別に、公衆衛生とか医療技術などが、元の世界より劣っていますので、怪我や病気で亡くなられる方も大勢いらっしゃいます。


 元々、こちらの世界では人口減少を危惧して転生者の受け入れを開始したという事情もありますからね。


 全員キャンセルですか?

 そうですか・・・。

 農夫はお勧めなんですけど。


 スローライフ、駄目ですかねぇ。

 残念です。



 *****



 インストラクターは全員が居なくなると、椅子に座って嘆息した。


 コンビニがないとか、トイレが汚いとか、米が食べたいとか、転生後の苦情も多いから、キャンセルならそれでもいいのだけど。


 ほんの50年ぐらい前までは転生希望者も少なかったし、優秀でやる気のある人が転生してきてたのに、最近はどうも具合が良くない。


 希望者は殺到するのに、勘違いする人がなんと多いことか。


 何より自立能力のレベルが何とも低い。

 そのくせ文句だけは一人前。

 困ったもんだ・・・。



(了)

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