Episode5

 それからの生活は私にとって、また代わり映えのしない日々になってしまった。アランは動いてはいるが、感情を失ってしまいまるでロボットのようだった。まあ、私が逆らわないようにしたから仕方のないことだけどね。


 もう一度前のように戻りたいとも思ったが、そうすれば彼は真っ先にあの本を消すに違いない。そうなると、私の幸せな日々も終わってしまう。それでは意味がないの。




 あの魔法の本にどれほどのことを書き込み、どれほどの願いを叶えてもらったのか……分からない。今となっては、最初に何を願ったのかも思い出せない。


 いや、もう思い出す必要もないか。




 そんな日々を送りながら、昔のように窓の外をボーッと眺めていると、二羽の小鳥が飛んでいるのが見えた。


 ……小鳥?


 私はすぐさま窓を開け放つと、大きな声で叫ぶ。




「ねえ!!」




 あの時の小鳥なのか、それともただの鳥なのか……よく分からないが、二羽の小鳥は勢いよく部屋の中に入ってきた。




「セシア!?セシアなの!?」




 二羽の小鳥は私の頭上を飛び回りながらそう繰り返す。前のようにテンションの高い二羽に、私も「そうよ!!」と大きな声で返す。




「セシア!ねえ、落ち着いて聞いてね?実は──」




 その言葉を聞いた瞬間、まわりの音が何も入らなくなった。二羽の動きが、酷くゆっくりに見えて、そして心臓の音が大きく響き渡る。




 ……嘘でしょ?




 私はそのまま鞄を持つと家を飛び出した。二羽も私のまわりを飛びながらついてくる。目指す場所はただ一つ。




 祖母の家だ。








***








「おばあちゃん!!」




 勢いよく玄関を開けて、祖母の部屋に入る。埃っぽいその部屋には誰もいない。




「……どこっ?」


「おばあさんなら元のセシアの部屋にいるよ」


「私のっ……?」




 すぐに祖母の部屋を出ると、元の自分の部屋の前に立つ。一度大きく深呼吸をしてから、扉をコンコンとノックした。中から返事はない。恐る恐る扉を開けると、ベッドだけが置かれたその部屋で祖母が寝転んでいるのが見えた。




「おばあ……ちゃん?」




 そう呟いてベッドに近づく。重たそうに閉じていた瞼が開き、ようやく祖母と目が合った。




「セシア……?どうしてセシアがここに……」


「小鳥たちに教えてもらったの。おばあちゃん……体調悪いの?」


「もう年だからねぇ。セシアがいなくなってから話し相手もいなくなったし退屈だったのよ。だから帰ってきてくれて嬉しいわ」


「おばあちゃんっ……」




 弱々しい声。祖母の手をそっと握る。ほっそりとした指にしわしわの手。少し布団をめくってみたが、以前よりも更に痩せたようだ。


 私がいなくなってから、祖母はみるみる内に弱ってしまったらしい。それまでは、私がいることが祖母の生き甲斐だったからだ。と小鳥たちが教えてくれた。




「おばあちゃんっ、一人にしてごめんっ……!!」


「どうしてセシアが謝るの?あなたにはあなたの人生があるんだから、アランさんともうまくやってるんでしょう?」




 祖母はいつだって私のことを一番に考えてくれていた。そんなこと分かりきっていたはずなのに……私はそんな祖母を置いて一人にしてしまった。どれくらい辛かっただろう?……どれくらいの孤独だっただろう?


 一筋の涙が頬を伝う。


 祖母は震える手で、私の頬に手を伸ばすと親指で涙を拭ってくれた。




「いいのよ。今こうして顔を見せてくれてるんだから。それだけで私は十分なんだから」




 小鳥たちが教えてくれた。祖母は不治の病にかかっていると。町でも、その病にかかった人は皆亡くなった。大切な祖母はその病に冒されている。




「おばあちゃん、大丈夫だよ。私が助けてあげるから」




 私はそう言うと持って来た鞄から、あの本を取り出した。随分としわくちゃになってしまったその本。たくさんの願いが記された本。最初のページからめくりながら、今こそこの本を使うべきだということに気がつく。


 そして、今までの私の願いがどれほど小さいものだったかを思い知らされた。




 本をめくりながら私は気づく。あれ?おかしい。そんな筈はない。いや嘘だ。これはきっと悪い夢なんだ。




 気持ち悪い汗が、額を、首筋を、背中を伝っていく。




 違う。そんな筈はない。




 最後のページと、裏表紙を私は何度もめくり続ける。








 違う。








 こんなの嘘に決まってる。








 ねえ神様、お願い。








 この願いだけは……この願いだけは叶えてもらわないと困るの……!!












「嘘だっ」










 本の全てのページは願いで埋め尽くされていた。私の酷く醜い願いばかりで。














「嘘だよっ、こんなのっ……嘘に決まってる……!!嘘だっ、嘘だよっ……嘘だっ……嘘だああああああああああ!!!!」








 私の狂った叫び声は家中に響き渡った。どれだけ願っても、どれだけ泣きわめいても……






























 私の願いはもう二度と叶わない








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願いは何ですか? 瑠音 @Ru0n

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