Episode4
アランとの新しい生活は順調だった。お互い初めて家を出るということもあり、支え合って生活を続けていた。まだ23歳の彼と18歳の私。若い二人の結婚に、心配の声もあがっていた。
でも大丈夫。私には大きな支えがあるんだから。
そのことは、きっと誰も知らない。
「ねえ、アラン」
「ん?どうしたんだ?」
「アランは……私のこと好き?」
「もちろんだよ」
「じゃあ……私のどこが好き?」
「どこが……」
彼が言葉に詰まるのも仕方のないこと。だって、私があの本に願ったから彼は私のことを好きになった訳で、彼の気持ちなんて全く関係ないからだ。
もしかすると、彼には他に好きな女の子がいたかもしれない。私のような性格の女は嫌いだったかもしれない。でも、全てはもう変えられないこと。だって、私の願いは全て叶うんだもの。
私はそっとアランを抱き締めた。
「意地悪な質問してごめんね。私もアランのこと好きだよ」
「……セシア、ごめん」
その謝罪に心がチクリと痛むのが分かった。私は、アランを手に入れたようで手に入れられていないんだ。彼は、私のことを愛している。でも何故私のことを愛しているのかは分からない。きっと一生ね。そう思うと、何て残酷なことをしてしまったんだろうと思うと同時に、彼の全てを手に入れたい……そう思ってしまった。
***
あの日から、私たちの関係は崩れ始めていた。何が原因なのかは分からない。それでも、彼が露骨に私のことを避けていることに変わりはなかった。
まわりからは、「上手くいかないと思っていた」「やはり若いからまだ早かったんだ」色んな声が聞こえてきた。町の中心での生活。嫌でも色んな声が入ってきてしまうものだ。
そんなある日の夜のこと。
久しぶりに例の本に頼ることを決めた私は、寝室へと急いでいた。ベッドの隣にある小さな本棚に、例の本は並べてある。私の愛読書と言っていた本もそう。同じ作者の本がズラリと並ぶ中、タイトルも何も書かれていない真っ白な本は、異色を放っていた。
そして、久しぶりにその本を開いた私は思わず固まった。
「……どういう……ことっ?」
私がアランへの願いを書いたページはペンでぐちゃぐちゃに塗り潰され、それ以降のページも何枚か破り取られている。
もしかして……!?
私はすぐさまペンを握り新しいページを開いて──。
その瞬間、寝室の扉が開いた。恐る恐る振り返ると、今までに見たことのないほどの怖い顔をしたアランが立っていた。
「アラン、もしかしてあなた……」
「見損なった」
淡々と私にそう告げる彼。あまりの恐怖と悔しさに、自分の顔が醜く歪むのが分かる。
「魔法の本の存在は知っていた。この世に存在するってことはね。でも、それをセシア……君が持っていたとはね」
少しずつ歩みを進め、私に近づいてくるアラン。私は、彼をキッと睨み付けることしかできなかった。
「ずっと疑問に思っていたんだ。何で僕は君に惹かれたんだろうって。何か一つでも理由があるはずだって。でも何もなかった。僕の心はどこに行ったんだ?そうとも考えた。そうやって一番悩んでた時期に……魔法の本を見つけた」
そう言って彼は、私が抱えるその本を指差した。そのまま彼は自嘲的に笑う。
「参ったよ。僕は君にまんまと心を操られていたようだ。僕への想いが記されているページを見て……寒気が走ったよ」
そう言いながら、彼は私の抱えている本に手を伸ばす。
「こんな物があるからいけないんだ。この本さえ無ければ、僕の人生も君の人生も全く違っていたはずだ。……だから元に戻ろう。僕はあの華やかな人生に、君は……昔の冴えない人生に。」
「それは無理よ……」
「何?」
「それは無理だって言ってるの」
思わず笑みがこぼれる。彼は、伸ばしていた手を引いて私から距離を取った。彼が動揺していることが分かる。
「この本がある限り……あなたは私から逃げられないの。それに、こんな大事な本をぐちゃぐちゃにして破っちゃうなんて、何て罰当たりなの?」
彼の表情はひきつったままだ。私が醜い顔をしているからか、言葉に怯えているからか、それは、分からない。
でもね、あなたは罰を受けるべきよ。
私は、ページを開くと彼に向けた。その時の彼の表情は一生忘れることはないでしょうね。
大丈夫。これであなたの全ては私のものだから。
『アランは二度と私に逆らえない』
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