第3話 探し物はなんですか
スズと一緒に家の中に入ったおばちゃんたちが、ぞろぞろ中庭に出てきた。
そして、そろってたくましい腕を組み、寒さに負けずに対策会議をはじめた。カッパ兄さんとテツは端で小さくなってそれを聞いた。
彼女らによると、押しかけた兵のうち下っ端がそろって遠慮がちだったのは、地元出身者が多く、スズの祖母への畏敬の念がいまも強いためだという。
「そうは言っても、見逃してくれるわけじゃなし」と小間物屋が言えば、反物屋は、「昔は精悍だったあのワン公も、いまじゃすっかり御隠居。鼻だって効かないし、剣の見つかる可能性は限りなく低いと見るべきかな」とあごに手をやる。
「だって、お祓いと失せ物探しって、馬と山羊ぐらい違うんだよね」とカッパ兄さんが口を出し、いずれも貫禄たっぷりのおばさんたちにじろっと見返され、また小さくなった。
「それより」傍にいた、なかなか威厳のある年配女性がおもむろに口を開いた。この人がカッパの伯母さんのようだ。「心配なのは、下手に城に行ったら二度と戻れないのじゃないかってこと。この頃、悪い噂ばっかり聞こえてくるでしょ」
「そうなんです、姐さん」おばさんたちが一斉にうなずいた。「このままじゃいけない、って憂うご家臣は少なからずいる。でも結局、みんな自分がかわいい。長いものに巻かれたままになってる」
会議は一転して悲観的な雰囲気に包まれた。
おそらく、ろくでもない領主の側近たちが、紛失の責任を押し付ける相手を探しているだけだろうとだれもが想像するものの、確証がない。
卑怯な家来を放置して平気な領主は、数年前に代替わりしたまだ若い男性だという。彼自身の評判も欲深、下々の声に耳をかさないなどと、実に良くない。
国には、役人の監視権限を持つ大法院という組織があり、秘書長官の非を訴える案も出たが、おばさんたちの大半は懐疑的だった。領主を諫める気骨のある人間など、いまの城にはいないだろうというのだ。あえて無視する、奇襲によって犬を救い出すなどの勇ましい案もあったが冗談に終わった。
温和だったという先代と路線を変えたいのか、日を追うごとに現領主は厳罰主義へかたむきつつあり、おばさんたちのたくましい腰も引け気味だった。
(そりゃ、ただの庶民にしたら、城なんて幽霊屋敷以上に不気味だろうな)
城攻めなど日常業務だったテツにすれば、遠望したパンの城は、なんとも隙だらけの施設としか思えない。わずかな手勢と道具さえあれば焼き尽くすこともできるはずだ。
だが、この地に根付いて暮らす人々にとっては、よそ者には測りがたい意味や威圧感があるのだろう。それに、城を焼いたりしたら、他の国が意気揚々と攻めてきて、別の圧政がはじまるだけになるかもしれない。
「宗教関係者にとりなしを頼むという手は?」と聞いたところ、「だめだめ、ここの寺院の院長は日和見もいいところ」との返事があった。
なお、現領主には、「まともな人」と評される弟がいて、兄とその寵臣どもの所業が目に余る場合には意見してくれたりもするのだが、正妻の子ではないため万事に遠慮がちなのだという。
「ここまでひどいと、そろそろ引っ越しどきかな」「あとでスズちゃんに夕食を持ってきてやるよ。なんとか元気をだしてもらわないと」などと言いながら、妙案の出ないまま、おばさんたちは解散した。
どうしよう。テツもいったん家を出て、いろいろと考えた。むろん領主たちを皆殺しにする案は真っ先に選択肢から外したが、スズの役に立つ手はまだある。
ほかのことならともかく、彼女に降りかかった難問は「失せ物探し」である。テツはいま、その手に解決策となりそうな道具というか呪具をにぎっている。なにか運命のような気がしないでもない。
しかし、決して余計な用途に使うなとのジュラの悲鳴のような声が蘇る。
唇をひき結び、「どうする」という顔で考え込むテツの足元に猫のタイタンがやってきて、なにか言いたげに目を合わせた。決断を促しているように思えた。
「そうだな、そうだよな」テツはうなずいた。
「ここはひとつ、世話になったお客さんのためになることをするかな」
考え込む彼らのもとに、派手に羽ばたきつつゲルマが戻ってきた。
「ひでえなあ」開口一番、鳥は言った。領主の側近たちの会話をじっくり盗み聞きしたのだという。
「あの秘書の親玉、八方探させても宝剣がみつからないものだから、もうすっかりとなくした責任を犬とあの可愛い子ちゃんになすりつける気でいたぞ」
「やっぱりそうか」
「一番の責任は殿様にあるな、ありゃ。思いつきで剣をバラして、そのあと放置したってよ。お付きの衆も殿様が興味を無くしたから適当に仕舞って、いつの間にか置き場所が分からなくなった」
「そんな、いいかげんな」
「それで明日、城の中庭であの可愛い子ちゃんに霊視させるつもりだよ。でも、家来どもはマジで見つかるとは思ってなくて、失敗したあとの準備にばっかり力を入れてるぞ。簡易裁判を開こうって声まであった。被告は犬とスズちゃん」
「なんだそれは。ふざけてる」テツはだんだん腹が立ってきた。
「で、スズちゃんって、探し物は上手いの?勘はすごくいいけどさ」
「たぶん無理だな。専門はおばあさんと同じく幽霊を祓うほうみたい」
テツは腕を組み、うなった。「しかしひどい話だ。剣のあるなしで世の中が変わるわけじゃあるまい。由緒ある宝剣とか言っても、ずっと忘れてたわけだし」
「あ、そうそう。家来たちは一応、代わりの剣を準備したらしいんだ。でも本物の迫力に欠けておるぞって殿様が余計な感想を述べたらしい。それで、もし宝剣が見つからなかったらスズちゃんと犬をバッサリ斬って、代替品に箔をつけたらどうかって意見を真面目に述べたのがいた。人でなし、呪われてしまえ」
しかし、スズに同情的だったゲルマも、テツの決意と計画を聞いたあとは、
「きええええー、それはどうかなあ。いくらなんでも物探しの石をつかうなんて」と、しきりに抵抗した。
「頼む、悪いが手伝ってくれよ。スズさんと犬の無事解放を狙うには、せめて表裏、裏の裏の三つは作戦を用意しないと。それにはゲルマの力が必要なんだ」
「兵隊くずれってこれだから困る」
テツが頭を下げても、ゲルマはまだぐずぐず言っていた。そんな鳥の頭をタイタンが前脚ではたいた。状況を理解したアンティモンも、黙って睨んでいる。
「いてえなあ」情勢不利とみた鳥はしぶしぶ了解した。「わーったよ。代金としてとなりの店の干し葡萄、3袋は用意しろよな。あれはわりにイケる」
暮れなずむ空の下に出ると、スズはのろのろと、家の前にある割れた植木鉢を片付けた。犬を連れ出そうとした兵士らが倒したのだ。
憤りより、彼女の内心は、唯一の家族となった犬を心配する気持ちが強かった。それに、明日の自分の運命だってわからない。
「あした、どうしようかな…」
つぶやいた彼女の前に、色とりどりの塊が立ちふさがった。
ものうげに顔を上げると、茶色いロバとその背中の黒い猫、青灰色の鳥と目があってしまった。いずれも至極、真面目な顔つきをして彼女を見つめている。
「えっ」驚いて前をちゃんと見ると、テツが立っていた。
「あのう」彼が口を開いた。
パンの国の城は、湖水に突き出た岩場を利用して建てられた、比較的小ぶりな城だ。300年以上前に作られた本館と、先代城主によって作られた新館とに大きく分かれ、陸に接した門には立派な扉がある。
周囲は水と緑の取り合わせが美しく、見た目はなかなかのものだ。ただ、昔からこのあたりは幽霊やら魔物が頻繁に出ると言われ、そのせいでそれを鎮める魔法使いの需要も多いとされる。
門を超え、中庭の手前で一頭のロバの引く粗末な車から、若い女が降りた。
スズだった。ただし、きちんと化粧をして、いつもと雰囲気が違う。
衣装はさらに違った。普段着ている男物の衣服とは異なり、深い緑色のケープをはおって、その中の服は白く装飾がない。
その姿を遠望し、城に50年勤めている老臣の顔が強張った。まさしく、かつての城主の願いを受け入れ、地下に居座る悪霊を祓った際の巫女アルミンそのままだったからだ。
女の首飾りが昼の光をにぶく反射した。それにも見覚えがあった。法師カドの護符だ。カドはこの地方においては半ば伝説化した人物で、卓越した魔力で無数の人命を救うとともに、多くの優れた弟子を育てたことでも知られる。アルミンはその高弟として、たびたびカドの助手を務めていた。
若い女から放たれる威厳のような雰囲気に、老臣は打たれていた。同時に、亡くなられた先の二代の城主が、目の前にある当代の愚行を知ったら、どれほどお怒りだったろうとも考えた。彼は、ただ蕭然としてスズを見送ろうとして、
(若様にはお伝えしておこう)と思いついた。領主の弟君はここ数日、堤防工事の確認と慰労に出向いているのだ。老臣はそそくさと外出の準備をはじめた。
堂々と歩むスズの後ろには、地味な衣装の男が付き従っている。テツだ。
車をひいてきたのは、もちろんアンチモンである。猫のタイタンは、今日はスズが肩から下げた袋に隠れていて、ゲルマはすでに所定の位置についている。
20人を超すかっぷくのいい男たちと身なりのいい女たちがスズを出迎えた。顔に隠せない好奇心が浮いている。その周囲に兵たちもいる。そして奥に設けられた天蓋の中に、先日の頬のこけた男を従えた若い男が座っていた。
白く暖かそうな衣装に身を包み、つまらなそうな顔をしているのは、パンの領主、ハンマー伯爵である。
スズの犬は、護衛兵の足元にいた。秘書長官が口を開いた。「礼などは略してよいと殿はおっしゃる。ひかえるだけにせよ」
「はい」
「あいにく殿はおいそがしい。拝顔の栄誉を感謝しつつ、さっさと名剣・紅雨の場所を教えろ」
「その前に、犬をお返しください」
「注文をつけるとは。女、図にのるな」スズの言葉に秘書長官が怖い顔になったが、「よい」とハンマー伯爵が軽く手をあげた。「見つかればそれでよし。だが見つからなければ責めは負わせる。これが信賞必罰である」と言い、近習に指図した。「渡してやれ」
「リード」よたよた歩いてきた老犬を抱き抱えるように、スズはしばらく首をさすっていたが、「はようせい」と、ものうげに伯爵が言ったので、テツが犬を引き取った。
「では、領主様。つつしんで物探しの術を行わせていただきます」そう言ってからスズは、袋の中のタイタンにささやいた。「やるわよ」
「うにゃ」老犬も主人と猫の会話に感じるものでもあったのか、耳を立てた。
スズは袋から、途中が直角に曲がった二本の細い金属棒を取り出した。両手に握ると棒はゆらりゆらりと揺れていたが、そのうち、二本とも同じ方向を指して止まった。先には、古い石造りの武器庫がある。
ずんずんスズが歩いてゆくのをテツが追い、さらに集まった男女がぞろぞろとあとをついて行く。
スズは迷わず、鉄板と鉄鋲で補強された扉の前に立った。
「この中にあると、術が示しております。開門をおねがいできないでしょうか」
「そこは、もう探したわい」眉をしかめて秘書長官がつぶやいた。
「よい。開けてやれ」伯爵が言って、数人の近習が扉に走り、鍵を開けた。護衛の兵士たちが扉を開く。
薄暗い武器庫の内部は、独特のにおいがしていた。古い形の鎧や今では使われないような大きな槍、あるいは馬に関係する道具などが詰め込んである。ところどころ新しめの箱が置いてあるのは、最近に運び込まれたもののようだ。つまり今ではここは、不用品置き場になっているらしい。
鉄棒を持ったスズは、足元にちらばる武具や馬具類をのりこえつつ、ひとつの古い木の箱の前に立った。縁が金属の板によって補強され、物々しい鍵がかかっている。一同の視線が箱に集中したが、彼女はその傍のやぼったい陶器の壺を指した。口の部分に帆布がかけてあった。
「この中、と術は指し示しております」スズは静かに言った。
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