王太子の独白
「……私にお前は相応しくない、とは?」
私――カースは、その冷たき瞳で冷気さえ発せられているかのようにその言葉を紡いだ目の前の令嬢にもう一度言い放った。
「ああそうだ! お前のような人のことをなんとも思わない冷酷な女は王妃に相応しくない!」
その冷たい瞳とその声に、体がぶるりと震えるが、ここで尻込みする私ではない。
なぜなら。
私はこの王国の王となる存在。
この王の側に相応しい存在はただ一人だけだ。
私の周りに知らしめるように大きな声で発した発言に、先に私が発した発言が確かであったと、ざわざわと辺りがざわめいた。
これでいい。
これで私は彼女から解放される。
そして、本来の愛を勝ち取るのだ。
私は自分の背後に彼女から隠すように身を寄せる令嬢をちらっと見た。
瞳は常に閏いを帯び、その瞳に見つめられるだけで自身の存在価値を確かめることができる。
「大丈夫だ」
私が想いを馳せる彼女を安心させようと笑顔を向け、同じく今回の状況を踏み出すことを理解してくれた、共に彼女を護ってくれる優秀な友人であり未来の配下に任せると、私は改めて目の前の相手――私の発言によって、私の婚約者という肩書きを過去のものとしたばかりの、王妃候補と成り下がったナッティをにらみつけた。
そもそも、ナッティは私に相応しくないというのも昔から分かっていたことだ。
ナッティは事あるごとに私に盾突く行為を何度もしてきた。
私は王になるべくして生まれた存在だ。
そのように私に意見をする者など必要ない。私の発言が正しいのであるから、ナッティも私を常に立てて私の意見を肯定し続けていればよかったのだ。
それだけに留めておけば、今回のようなことを私はしようとも思わなかった。
もう少し穏便に済ませることだってできたのだ。
それこそ、ナッティは才色兼備であるのだから、私の傍にいても見劣りしない程度にはよくできる女なのだから。
なのに、彼女は、学園に入学してきたばかりの彼女――ロォーン男爵令嬢ディフィを執拗に苛めたのだ。
なぜ苛めたのかは明白。
入学したててで右も左も分からない彼女に、私が声をかけたからだ。
それからも何度か交流を重ねていくうちに、気づけば私の側で私と共にいるようになった彼女が気に食わなかったのだろう。
本来であればその場所にいるのは私だとでも言っているかのように、執拗に幾度となく嫌がらせを行ってきたそうだが、私の周りでそれを行うことがなかった為に気づくのが遅れてしまった。
だが、つい先日。やっと尻尾を捕まえることができた。周りからそれも証言が取れている。
ディフィが何度も受けた仕打ちは次第にエスカレートしていったと聞いている。
彼女に言われもない嫌疑さえかけて孤立させていたという事実も、学園生活を楽しみにしていた彼女にとって苦痛以外の何物でもなかったであろうが、ナッティは公爵というこの王国にとって最も位の高い貴族の娘だ。
その彼女が娯楽として楽しむ分には誰も文句は言えないし、私も同じように学園内で楽しんだこともあるくらいだ。
ただ教科書を隠されるとか荷物が見つからなくなる等であればまだ可愛い嫌がらせとして笑うことも出来たのだ。
それが彼女が男爵としての貧しさから爵位持ちの娘でありながら街中で路銀を稼ぐために働く食堂にも被害が及んでいたとなれば話は別だ。
食堂に押し入り彼女を辱めようとした輩も、ナッティの差し金だったと聞いて、そこまで性根が腐った悪女だと思ってもおらず、私も落胆した。
彼女は公爵の娘だ。
そのようなことをしても許されると思っている節がある。
であれば、それを正すのもまた元婚約者でもある私の役目であり、そのような大貴族が率先して嫌がらせを行うというこの事態を、この国を憂う一人の貴族として、断罪すべきであるのだ。
「そうであれば、今一度。聞き間違いではないように、私をどうされるのか、今一度お聞かせ願えますか?」
キッとその目に涙を浮かばせて睨みつけてくる元婚約者の、そのような表情を初めて見た私は酷く動揺した。
まさか、いつも強気なナッティでも悔しいと思って涙を見せるのかと。
私が宣言してから常に俯き加減で表情が伺えなかった彼女が持ち上げた拍子に辺りに辺りの光に反射して宝石のように散らばる涙が、彼女の美しさを際出させた。
思わずその姿に、私の心は揺らいでしまう。
ぞくりと。
普段の強気な彼女が見せたその涙に嗜虐心が芽生え、手元から手放すには惜しいとさえ思えてしまう。そんなことを思うのだから、私は少なからずナッティに情があったのかもしれない。
だが、私の想いは本物である。
だからこそこのような悪女とは縁を切るべきなのだ。
そして私は、目の前の悪女に、周りにも、彼女に私の愛を伝えるためにももう一度宣言する。
「お前とは、この場で、婚約破棄する!」
「――嬉しい」
――だからこそ。
ナッティが、嬉しそうに瞳に涙を溜めて私の言葉に食い気味に言ったその言葉に、
「……え?」
と返すことしか、できなかった。
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