ナッティは逃がさない
ともはっと
国王の驚嘆と絶望
(今、こいつは何をこの場で言ったのだろうか)
それが、その言葉を盛大に発表した自身の息子、カースに対して、この国の国王であるワナイ王が思ったことだ。
それは、カース・デ・モロン王太子と、その婚約者であるヴィラン公爵の一人娘ナッティン嬢の婚約発表とあわせて行われた、王太子の学園卒業パーティにて、聞くはずもない言葉を聞いたからこそ思ったことであった。
普段は、自分の息子であるからこそ「こいつ」なんて言うはずもなく。
王位継承権第二位の王子と継承権争いをして血で血を洗う争いをすることなくただの話し合いで継承権を獲得した、まさに王となるべくして王太子の座を手に入れた誇るべき息子なのだから。
だが、今その息子は、ありえないことを、大衆の前で発表した。
それに、国王である自分が「なにを?」と思うのだから、周りはもっとそう思っているのではないか。
この王太子ともあろう――いや、すでにこのパーティが始まったときからおかしいと感じ、若干の怒りさえ覚えていた今の状況とそのまさかの懸念を、こともあろうに、今この瞬間に実現させてしまったのだろうと、辺りのざわつきと状況に、自身の顔面から血の気が引いていく様を感じてしまう。
この愚息には何度も言い聞かせた。
これからのこの国の発展には必要なことだと何度も言い聞かせた。
その度に理解していると言い、この国の発展を願い、信頼のおける臣下の友人達と切磋琢磨していた息子はどこにいったのか。
ワナイ王はなにかの間違いであろうと、ユニークなジョークではないかと――この大陸におけるもっとも格式高い学園と、五王国から評判で、そこに五王国のあらゆる爵位持ちの次期爵位継承者も集まっている学園の卒業式であるからして、この場にいる子の親は各王国でも選りすぐりのエリートであるのだから、そのような馬鹿げたジョークを行おうものなら、この王国の品位を疑われるものではあるのだが――王太子の周りにいるその信頼の置ける未来の臣下達を見れば、言い放った本人を誇らしげに見つめる姿に、それが王太子だけではなく、一行の独断行動だということはよくわかり、更にワナイ王の顔色が変わっていく。
では、先日、このパーティで重大な発表をすると説明した際にも神妙な表情で頷き、その発表に相応しい贈り物を用意したいと願い、王家御用達を無理やり呼び出して西国の宝石商から大量の宝石と指輪を購入していたが、その指輪は――まさか。
(待て待て。
私はそんなことを重大発表しようとしたわけではないぞっ!?)
ワナイ王は、このパーティが始まる時点で気づくべき、いや、おかしいと思った時点で、それを正すべきだったのだ。
このパーティの始まり。
本日主役となるはずの愚息と、その愚息の正式な婚約者の発表において、令嬢がエスコートもつけずに一人で入ってきたとき。
そのときに、王は、ざわつく会場とこのパーティを一時中断してでも、愚かな行為を止めるべきだったのだ。
国王が息子のために主催したパーティにおいて、令嬢がエスコートもつけずに一人でパーティ会場に入ってくることも恥でありおかしく。
その令嬢がこの愚息の婚約者であれば尚更愚息がエスコートしなければいけない立場だというのに、愚息がエスコートをしていたのは誰だったかと憤りを感じながら階下にいる愚息を背後から睨みつけた。
その愚息の側にいるのは、去年学園に入ってきた新入生の後輩の令嬢。
人当たりがよく、護ってあげたいと庇護欲もそそられると身辺調査で聞いていた、ナッティン嬢の王妃就任後に側仕えとして仕える予定の男爵令嬢だ。
その男爵令嬢は護られるかのようにカースの背に隠され、またその周りはカースの護衛や側仕えといった、この国の将来を担う重鎮の子等にしっかりと護られている。
「……今、なんといわれたのでしょうか」
そんな大勢の男達の正面で、ただ一人。
我が王国最大の勢力を誇り、王国の盾でもあり剣でもあるヴィラン公爵――国王を決める特別な権力を持つ選帝侯という官爵をもつヴィラン選帝侯の一人娘、ナッティン嬢がその口調からも分かるほどに、冷徹なまでに冷気を伴う声をあげた。
(なにをやらかしてくれているのだ)
国王は思う。
なぜなら、国王の側近であり親友であるヴィラン公爵が、長年付き合った間柄であっても、見たこともない怒りの形相で冗談抜きで刃を国王の首元に突きつけているからだ。
幾ら親友であるからとはいえ、不敬である。
だが、不敬を犯したのはこちらが先であり、それこそこちらが望んで頼み込んだことであるからこそ、これを冗談としてではなく、本気で受けるべきなのだと思えてしまい、ごくりと、国王は突きつけられた刃に喉を鳴らすしかなかった。
何より、この不敬がまかり通ってしまうほどに、今この王国は、王族よりも公爵のほうが人気なことが問題でもあるのだが、それを解決するための今回の子同士の婚約だ。
だからこそ。
なにを、やらかしてくれているのだ。
そう、国王は思うことしか今はできなかった。
そんな、自身の親である国王の命が尽きようとしていることはお構いなく。
階下で国王の愚息は、勝ち誇ったかのように高らかに馬鹿の一つ覚えのようにナッティンから聞かれた問いに答えるのだった。
「何度でも言ってやろう! この国の王太子である、私こと、カースに、お前は相応しくない、と!」
と。
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