第19話 冷和大噴火①
富士の樹海のほとり。
いくつも点在する宗教施設の一つに襲撃があった。
全身に梵字を浮かび上がらせた青年がトンファーを構えて迎えうつ。
「まさかニサルがここを襲ってくるとはね。それだけここが邪魔ってことか」
相手は30人を超える覆面集団だ。手に手に刃物や鈍器を携えている。
施設からは男たちが鉄パイプなど武器になりそうな物を持ち出していた。
「シュン! ニサル鬼がいる!」
離れた建物の中からセーラー服が似合いそうなほど童顔の女が警告した。
女性信者たちは中に籠城していた。
「どいつだ?」
「えっと、そいつとあいつ!」
「わっかんねーよ!」
「くすくす」
樹上から忍び笑いが聞こえたきた。
「狐野郎か!」
見上げもせずシュンと呼ばれた青年が叫ぶ。
「安倍光明。いい加減名前ぐらい覚えてくださいよ俊介くん」
狩衣姿の光明が緊張感のない声でかえす。涼やかな面差しはややもすると女性と見間違えられる美しさだ。
「きゃー! 光明さん!」
「おや瞳さまはあいかわらずお美しい」
「いやーん」
「少しは手伝え狐!」
「ふふ、瞳さまが危なくなったらね。あ、そうそう鎌と大きなピッチフォークを持った奴がニサル鬼なのでよろしくね」
「ありがとよ!」
俊介は乱戦の中に飛び込んでいった。
(ウッキー、お前はどっちの味方だ?)
(おや、この時代の猿は遠話を使うのですね)
(キキッ、とぼけるな。お前は妖狐だろ)
(今はまだはぐれ者ですよ。時が来ればおのずと旗幟も明らかになるでしょう。それよりお猿さん、姿を現したらどうです?)
(キャハハ、痛い目にあってるのでやめておこう)
ニサルの気配が遠ざかっていった。
(ふむ、あれを傷つけるには物理と霊性を同調させた攻撃しかないはず。わたし以外にもそんな芸当のできる奴がいるのか)
****
日本桜会議から緊急の連絡を受けて安倍野総理はリモート会議に出席することになった。
日本桜会議は神道、仏教系の宗教者や財界、学会関係者からなるナショナリストの団体だ。主にWGIPからの脱却を目指しているとされている。
その分科会の一つ天神会に安倍野は参加していた。
「天は正義に
会名はこの東郷平八郎の言葉から採られている。
つまり天佑神助を得られる国作りを目的としている。
というのは表向きの話で実のところ日本を霊的に守護していると自負する組織の集まりだ。
雑談ではアマビエ様の認知度が高まり神頼み作戦は成功したなどと他愛のない話題で盛り上がっていたが安倍野総理の参加で本題に入った。
「総理、富士山噴火が目前に迫っております」
開口一番議長役で老師と敬われている老人が爆弾発言をした。
富士山ハザードマップが三月に改訂されその被害規模は大幅に増大していたがまだそれに対応した避難計画や訓練は整っていなかった。
「確かなのですか?」
「今朝未明うちの修行所がニサル鬼どもに襲撃されました。撃退しましたが傀儡とされていた者たちから情報がえられました」
安倍野は腹が痛くなってきた。
実は安倍光明からも連絡を受けていたのだ。
安倍光明なる血縁者らしき者の加持祈祷で歴代最長の総理大臣としてここまで健康を維持してきたが、コロナワクチンの効果がなくなるとの理由で最近は薬にその役目を譲っていた。
「易占と観測からも時間の猶予はないかと存じます」
安倍野の顔色がみるみる悪くなっていった。
「しかもニサルとニサル鬼の動きが富士山周辺で活発になっており信者たちとも衝突しているとの報告です」
老師はネットロアでも知られはじめた謎の妖物の名前をまた口にした。
巷では動物や人に取り憑いて操ると噂されている。
天神会の実動部隊はすでに何度もニサル鬼と戦っているという。そして今回の襲撃だ。事態は切迫しているのだろう。
光明のお墨付きがなければにわかには信じられない話だった。
これまで天神会の要望に従って可能なかぎり便宜をはかってきたがその集大成となりそうだった。
「総理にはまず寺社の警備をお願いします。それから早急に国民の生命、生活を守る計画を策定していただきたい」
「わかりました」
「最悪、首都機能の移転もありえるかと」
「場所はどこがいいでしょうか?」
「天神会では富士より西で一致しています。総理の力量が試されるでしょう」
発破をかけられ安倍野の頭がフル回転しはじめた。真のリーダーシップを発揮する時が来たのだ。10年前のあの悔しさを晴らすのだと。
先ほどまで悪かった顔色が紅潮してくるのがわかった。
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