第16話 阿豆佐由美


 阿豆佐由美は祟られていた。

 刀に宿った落ち武者の語るところによればそもそもの始まりは千年近くも前に遡るという。

 ある池に住む蛇神カガチが近隣の村に毎年のように生贄を要求していたという。

 たまたま通りがかった梓巫女がこれを退治することになった。

 梓巫女とは特定の神社に所属することなく各地を遊歴しながら呪術をおこなう者たちのことだ。

 しかし蛇神は強く普通の呪術ではとても敵わなかった。そこで梓巫女必携の外法箱げほうばこを使った。


「外法箱?」

「呪物がいくつも収めてあり普段はその力を利用して御告げなどをするのだ。この梓巫女の外法箱にはことのほか強力な呪物が蒐集されていて、このときはすべて解放し式鬼として戦った」


 蛇神は敗れたが最後に〈末代まで祟ってやる〉やるという常套句で梓巫女を呪って消えた。

 そのため子孫は代々蛇の呪いと戦うことになる。

 そしてついに阿豆佐由美が誕生した。


「この子はその梓巫女が輪廻転生した姿だ」

「生まれ変わりか」


 復讐に燃えるカガチによって由美の守護霊たちは劣勢をしいられていた。

 由美の命は風前の灯といってよかった。

 つまり知識稔は助っ人として呼ばれたのだ。


(可愛いニャ)

(でも呪いの痣をつけられタヌー)


 赤ん坊の由美をのぞきこむホソデとナガテ。

 由美の全身には火傷のように蛇の巻きついた痕が残っていた。それは顔までも達し醜い痣となっていた。

 これが由美の霊能力を封じていた。

 この火事により母親は焼死し社殿まで延焼したため新しい神社と家屋は裏手の小高い丘に移された。

 のちに跡地は公園となりその一部は知識がオーナーの〈わさび菜〉となっている。


 由美の成長を見守る知識は戦いにつぐ戦いの過酷な日々を送ることになった。


「お主の力は無尽蔵か?」


 落ち武者が感心する。


「……なるほど」


 しばらくして得心がいったように続けた。


「人は手の平に5本の指、胴体に手足と頭の五体。同じように霊魂も現世の己一つと霊界の分身五つで構成されている。お主の分身は霊界でもかなり高位に属するようでそこから力が流れ込んでいるようだ」


 邪道突きを駆使して邪霊を倒していた知識は聞き流していたが夢の中で追体験している知識は冷静に分析をはじめていた。


(このころからハイヤーセルフと繋がっていたのか)


 現世を修行の場として位階を上げるべきなのにそれから逃げ出して自殺した知識に対し、コガネを通じて天罰という名目で再挑戦のチャンスをくれたわけだ。


(それにしても我ながら邪道突きは反則技だな)


 背中越しの突きは文字通り無敵だった。

 フェンシングのフルーレ競技において得点となる有効面と得点にならない無効面以外に刺突を無視される部分が二つある。

 一つは床でもう一つは鍔だ。

 背面突きは鍔が胴体に触れないようにしなければならない。

 もし触れると有効面が鍔と一体化し突かれても有効ランプが点灯しない!

 試合ならルール違反だが霊体での戦いにおいてはダメージ無視のチート技として一方的に攻撃できる。


(これって観測者問題だよな)


 知識の突かれても大丈夫という認識が霊体での戦いに影響を与えているとしたら、これは測定行為が現象を変化させる量子力学の観測者問題と似ていた。


(物理法則に支配されないかわりに精神的影響が大きいのか)

(ポンポン、わさび菜パスタが食べたい)

(わたしはホッケ焼きに大根おろしたっぷりがいいニャ)

(なに?)

(お供えタヌ)

(わたしは食べるニャン)

(はぁ、目が覚めて覚えていたらね)










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