第13話 座敷わらし
知識稔は多芸無才の人だった。
なんにでも好奇心旺盛に首を突っ込むが大成することはなくそこそこで終わってしまう。
居酒屋経営もその一つだ。
料理は子供のときから好きで美味しいものを作っているという自負はあるが接客や金勘定など商売となるとまた別の話だ。
なんとか生活できる程度の売り上げしかなかった居酒屋〈わさび菜〉が震災後なぜか大繁盛しはじめた。
あまりの忙しさに知識は疲労困憊だ。
目の下には隈ができている。
(原因はあいつらだ)
洋包丁に棒やすり状のシャープナーをかけながら入口を確認する。
チャリチャリとリズミカルな音をたて切れ味を鋭くしていく。
二重扉になっている入口の一枚目と二枚目の間、風除室はお客様をお迎えするちょっとお洒落な空間としてデザインされていた。そこに異物がまぎれこんでいた。
花や絵画、小物類を配置してある統一感の破壊者、それはタヌキの置物とその隣に鎮座まします黒猫である。招き猫ではなく生きている猫だ。自分で勝手に扉を開けて日参しているのだ。
「うっ!」
誰かが知識の尻を蹴り上げた。
振り返るが誰もいない。
シャープナーをクルクル回して腰のシェフ用マルチホルスターに収める。
「くっそー」
犯人はわかっている。座敷わらしだ。
従業員の目撃情報によると小太りの少年と振り袖姿の少女らしい。
ダブルの効果で行列店になったのに文句を言うなということだろう。
扉が開きドアベルが軽やかかな音を奏でた。
黒猫の飼い主、巫女装束姿の阿豆佐由美だ。
「あら自動で閉まるようになってる」
「猫は開けっ放しだから引き戸用のクローザーを付けた」
「うん、感心感心。よかったねホソデ」
ホソデと名付けられた猫が喉を鳴らした。
タヌキの置物にもナガテという名前が付けられ金色に輝く股間のイチモツを撫でるのが常連客や従業員の間で流行していた。
「今日はなんの用だ?」
「お店がはねたら裏の公園まで来て」
「色っぽい話?」
「うふ、やばい話」
「やばい話かぁ……」
「ブッチしたら家賃二倍ね」
「たぶん遅くなるぞ」
「コガネ様が待っている」
そう〈わさび菜〉の敷地は裏の宮前公園をふくめて阿豆佐家のものだった。
知識はため息をついて閉店業務を端折ることにした。
(あの二人いい感じじゃニャい?)
(ポン? どこが?)
(もう鈍感ね。結婚させましょう)
(ポンポコ! そういう仲じゃないだろ)
ホソデの提案にナガテが疑義をとなえた。
(わかってニャいわね。由美は店長にぞっこんよ)
(まさか?)
(日記に愛が綴られていたわ)
(ポンポコリーン! 盗み読みはだめだぞ)
(読み聞かせられたのよ。店長のほうはどうニャの?)
(わがままで気の強い妹か娘を見ている目かな)
(それがいつしか愛へと変わっていってクフフフ……)
ホソデは舌なめずりをした。恋バナは大好物のようだ。
(ところで怪我のほうはもういいの?)
(ホソデも感じてるだろうけどこの店は古い龍穴の上に建っている。おかげで前より調子いいくらいだ)
(わたしもよ。今ニャら牛鬼の大群にだって負けニャーわ)
****
夜を切り裂くような女の悲鳴があがった。
巫女服が鮮血に染まり若い女が倒れ伏した。
そのかたわらにはアイスホッケーのマスクにチェーンソーというホラー映画みたいな大男が立っていた。
他にも大斧やハンマーを持ったやはり大男が二人。
そこに少年が駆けつけてきた。
「くそ、遅かったか!」
それはかつて知識が立入禁止区域で出会った少年だった。
大男たちがいっせいに襲いかかる。
少年は巧みにかわしそれどころか回し蹴りで反撃した。
マスクがちぎれとび素顔があらわになる。その顔には黒い布で目隠しがされていた。だが動きにはなんの遅滞もなかった。
「ちっ、ニサル鬼か。なら手加減なしだ!」
少年の両手に暗器のクナイが現れた。
そこに不気味な音が降り注いできた。
三人の大男がそれに合わせて少年に飛びかかった。
地響きとともに四人は大木の下敷きとなってしまった。
「ドジね」
巫女に手当をしている女子高生がバカにしたようにつぶやいた。
「ニサル鬼って強いんだぞ」
枝葉を払って立ち上がる少年。
全身にぼんやりと光る梵字が浮かび上がっていた。
かたや大男たちは衣服を残しどす黒い液体となって地面に吸い込まれていった。
「助かりそうか?」
少年の問いに少女は首を横に振った。
「おお、なんということだ」
そこに神職の男がやってきた。
その手には日本刀が握られている。
「お前たちのしわざか」
「いやこれは……」
「この人、
言い訳しかけた少年に警告を発すると同時に神職の男が切りかかってきた。
少年はクナイで弾いて組みついた。
動きを止めたところで少女が盆の窪に手の平を当てると男から力が抜け崩れ落ちてしまう。
「厄介な連中ね」
「ああ、この巫女さんを殺したのも切り込みの入った木を倒したのも操られたこのおっさんだろう」
少年は血糊のついた日本刀を蹴り飛ばした。
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