第10話 マルメロ
高速を降りると道路の亀裂が目立ちはじめ、いたる所に陥没穴ができていた。それは立入禁止区域が近づくにつれさらに顕著となっていった。
助手席の由美はかれこれ1時間以上涙を流し続けている。
知識が見ている景色と由美に見えている景色は違うのだろう。
対向車のない道の先に検問があった。
だが知識の車に近寄って来たのは警察官ではなく学生服を着た少年だった。
少年は警察官のような敬礼をし愛想笑いをしてみせた。
警察官は棒立ちでこちらに関心をはらっていない。
あまりに異様な状況だ。
由美が倒してあった後部座席から弓袋をたぐり寄せる。
知識はドア収納の緊急脱出用ハンマーとバイザーに挟んである護身用のボールペンを確認した。
「どこへ行くの? 原発?」
「……」
「えーと、怪しい奴を見かけませんでした?」
「きみが一番怪しい」
「あれれぇ?」
少年は戸惑ったように距離をとり頭をかいた。
「そっか見えてるのか、ただ者じゃないね」
「用がないなら行くぞ」
「待って、ニサルって名前に心当たりは?」
「ないね」
「ニサルキは?」
「ない」
知識はシフトレバーをDに入れた。
「あとひとつ、向こうで神主みたいな姿をした奴を見かけたら警察に通報して。それとそこの巫女さん着替えないと……」
知識は最後まで聞かず発進させた。
「いまの子まるで耳なし芳一みたいに全身に文字が浮かんでた」
「そっか」
知識は立入禁止区域内がまるで異界に踏みこんだように感じられた。
そしてその中心地に瓦礫の城がそびえ立っていた。
****
知識稔のマルメロが破壊された原子炉建屋を進む。
本来は配管の中を通ることを想定していたマルメロだが内部の様子を把握するのが先決ということだった。
プロトタイプのマルメロとシン・マルメロを連結させてある。
行けるところまでプロトタイプで引っ張る予定だ。
知識がVRゴーグルを付けゲーム用のコントローラーを握りしめて野分の指示に従う。
「M理論はその後完成したのか?」
ふいに野分が尋ねた。
「新たな知見とすり合わせているところだ」
「新たな知見?」
「神秘体験だ」
「ああミノルスキーM理論は物質と精神を統一させる、だったか」
「それ以外何がある」
「時間は不連続の粒子で人はいつか時間さえ支配できる、てやつ」
「よく覚えてるな」
「これでもホラ話のファンだったからね」
「精神だけ過去に戻ったことがある」
「まさか……」
「ホラ話さ」
知識はコントローラーを置き接続されているノートパソコンを操作した。
「くそ打ちにくい」
「脱ぐなよ、問題になる」
慣れない防護服と手袋に苦戦する知識に野分が警告した。
首尾よくプロトタイプから切り離されたシン・マルメロが軽快に進む。目蓋式シャッター付きの魚眼レンズが周囲の状況を撮影、画像は補正されVRゴーグルとモニターに映し出される。
大きな障害物はジャンプして越えていく。
「よくこんな物を考えついたもんだ」
「アナログは放射能に強い」
野分が呆れたように感心する。マルメロの補助動力装置はバネとゼンマイだった。
得意げだった知識稔だがふいに固まり思考停止状態に陥ってしまう。
モニターを注視していた野分をはじめとしたスタッフたちも目を疑った。
「ウ、嘘だろ……!」
そこには神主のような衣装を身につけた人間がいた。
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