第8話 依代


「おーい、どこだ奥羽坊!」


 コガネの分霊体である童女が叫ぶ。

 いらえはなく瓦礫の中をボロボロの童女がたった一柱立ち尽くしている。

 すでに戦いは終わり生き残ったのは彼女だけだった。

 だがやり遂げたのだ。

 爆発を利用して沸騰する核燃料貯蔵プールに水を導いた。

 ブタ鬼を退け汚染されたプルームの大半は海へと払った。

 もう存在が危うくなるぎりぎりのところまで追い込まれいた。

 早く回復したいが人々の悲哀と不安が大きく感謝も祈りも届かなった。

 他の神々も絶望の感情を受け止め押しつぶされそうになっているはずだった。

 童女コガネは無理と知りつつも僅かな可能性の未来に賭け、助けを求めた。


「来てくれるかな?」




 蒸発するように消えていくブタ鬼たちの巨体。

 そうナガテは守りきった。

 うずくまりそれでもクガタチを構えたまま松の木を背にかばっていた。

 たった一本となった松原のネビキは満身創痍のナガテをねぎらった。


「まだ童子なのに窮奇とはこれほどのものであったか。ナガテお前のおかげで大勢の命を救うことができたぞ」


 ナガテは微動だにせず己が消えていくその時を待った。


「お互いひどい様ね」


 ホソデが現れナガテの傍らに座りこんだ。そしてその手を握った。いや何かを握らせた。

 ナガテの姿が吸い込まれるようにかき消えていく。


依代よりしろか」

「気休めだけどね、しばらくは保つわ」


 ホソデとネビキ翁は海を眺めた。潮騒だけが日常に戻っていた。



 ****



 知識稔はワゴン車に荷物を積み込んでいた。

 野分に頼まれてマルメロを原発まで届けに行くのだ。


「店長どこへ行くの?」


 若い女性の声に知識は振り返ることもなくこたえた。


「ちょっと原発まで」

「ちょうどよかった、乗せていって」

「聞こえてた?原発だよ、原発」 

「コガネ様に呼ばれた」


 ぎょっとして知識は振り向いた。

 そこには場違いな巫女装束姿の美女が立っていた。

 手にしていた長い袋を知識に押しつけると助手席側に回ろうとする。

 中身は知識もよく知っている梓弓と破魔矢だ。

 これは彼女なりの戦闘装備だった。


「由美さーん」


 さっさと乗り込む巫女を制止するが無視である。

 阿豆佐由美あずさゆみ、コスプレイヤーではない、本物の巫女職だ。知識稔にとっては命の恩人でもある。

 宮前公園で首を吊っていたところをまだ女子中学生だった彼女に救ってもらったのだ。

 それが縁で知識が居酒屋を始めるときは開店メンバーとなり、今は神職の父親を巫女として手伝っている。

 知識のなんちゃって霊感とは違い本物の霊能力者であり、特に彼女が崇拝しているコガネ様の話題について逆らってはいけない。

 なぜなら……、


「コガネ様こそ店長の命の恩神よ、コガネ様のお告げで助けに行ったんだからね。コガネ様に呼ばれたら地震も津波も原発も関係ない、行くのが当たり前」


 ということなのだ。

 危険性など言いたいことは山ほどあったが、知識はすべて飲みこんで通行許可証をフロントガラスに貼りつけた。


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