第7話 神話崩壊③

 懐中電灯片手に知識稔は小さな倉庫に入った。

 倉庫の中もひどい有様だったが店舗のパントリーほどではなかった。

 地震のあと知識と従業員は駐車場のワゴン車で車載テレビにかじりついた。

 混乱している報道と警報が流れ、そして津波の映像に息をのんだ。

 その後は列をなす帰宅困難者のために飲み物とお握りを提供。当然ながら店は休業した。

 おおむね片付けを終え従業員を帰してから仮眠、倉庫をのぞいてみたのだ。


 倉庫は事務所を兼ねていて突き当りに机があった。

 飾ってあったガンプラやフィギュアが倒れているのをなおし、ふと手を止める。

 フィギュアの隣りに置いてあった直径30センチほどの球体を持ち上げた。

 よく転げ落ちなかったものだと感心しそういえば電源を入れてあったのだと思い出す。

 自律的にその場に留まったのだろう。

 ふいに電気が復旧し倉庫が明るくなるのと同時に大きな冷凍冷蔵庫が唸りをあげた。

 これで食材はひと安心と胸をなでおろす。

 そこで電話が鳴った。表示されたのは懐かしい大学時代の親友、野分の名前だった。

 たしか今は原子力関係の仕事をしているはずだったなぁと思い出す。


「原発がやばい」


 いきなり野分はそう言った。

 どれくらいやばいのかと問いかける前に、


「最悪5000万人が被災する」


 と、続けて告げられた。

 日本終了じゃないかと軽口をたたこうとしたが声が震えそうでやめた。


 野分の説明によるとすでに炉心融解メルトダウンは始まっていて最終局面は近いという。

 最終局面すなわち全面撤退だ。

 たとえ撤退しなくともたった1基の圧力容器が爆発すれば即死レベルに近い放射能で全滅、結果としてプールや容器にある大量の核燃料は放置され、冷却されることなく果てしなく熱崩壊を続ける。

 周囲は汚染され死の荒野と化してしまう。そのため近くにある第二原発も無人となり暴走、もはや近づくこともできず事態は完全に人の手を離れてしまう。

 原発から数百km圏内は立ち入り禁止となるだろうとのことだった。

 チェルノブイリの比ではなかった。


「マルメロを貸してほしい」


 最後に野分はそう言った。


「間に合うのか?」

 

 知識は机の上の球体を手に取った。

 かつて知識稔が大学から出ることになった因縁の災害用ロボットだ。

 原発事故に対する研究をしたため予算をはずされ、あげくに肝心の原発からは事故を起こさないから必要なしとの冷たい対応だった。

 原発の安全神話は重大事故に備えるを良しとしなかった。

 これは反原発派の無理解と拒否反応も原因のひとつであったが、現状その弊害で国内で使える原発用ロボットは公式には存在しなかった。

 いや最低最悪の事態に対する準備、訓練、研究そのものが全く足りていなかった。


「間に合う間に合わないではなく、出来ることはすべてやるしかないんだ」

「マルメロは貸せない」

「な……知識、お前なにを言ってるんだ! 日本存亡の危機なんだぞ!」

「わかってるよ野分。だがプロトタイプのマルメロは資金不足で放射能対策がほとんど施してない」

「う……」


 知識が借金で首吊り自殺を図った噂は野分の耳にも入っていたらしい。


「そこでだ、シン・マルメロの出番となるわけだ」


 知識は愉快そうに笑った。


「お前の冗談は相変わらず笑えないぞ!」


 親友はお約束どおりの突っ込みをいれた。


 ****


 コガネは分霊した。

 童女となったコガネの分身が何十体と現れる。


「お前たちは奥羽坊と力を合わせ被害を少しでも少なくしなさい」

「あいー!」


 分霊体は元気よく返事して大天狗とともにそれぞれ炉へと散っていった。

 たちまちブタ鬼との戦端がひらかれ原子炉建屋が爆音とともに次々と吹っ飛ばされた。

 コガネはキタナマロのいるとおぼしき炉を睨みすえた。

 ベント開放に失敗してしまった圧力容器はすでに限界強度をはるかに超える圧力を数時間にわたり耐えており、もはや爆発寸前だった。


「ブブー! 満たされるぅ! 満ち満ちて弾けそうブゥ!」


 キタナマロは格納容器内で毒瘴を喰らい禍獣へと変化していた。

 牙が生えて豚というより角のある猪といった頭部となる。

 体からも捻れた棘が何本も生えていた。


「ブ、ブ、ブ、ぶちまけろ!」


 破壊の棘がミサイルのように全方位に発射された。

 だが時間が停止したように空中で動かなくなる。


「どうしたブ?」


 禍獣キタナマロに鮮烈な浄化の箭が突き刺さり波動が棘を消し去る。


「ブヒッ? 大神霊!」

「やらせませんよ」

「ブッ、いかに大神霊とてこの中では禍獣には勝てまいブヒヒ」


 浄化の箭は朽ちたように脆く崩れ落ちてしまう。


「それならば」


 コガネの放った箭はキタナマロの足元を貫いた。

 圧力容器に穴が穿たれ内圧がどんどん下がっていく。


「ピギーッ! 抜ける、抜けてしまう! あと少しのところをよくもよくもブー!」


 キタナマロが怒りに灼熱のほむらを吹き上げた。


 火焔をひらりひらりとかわすコガネ。

 浄化の箭を放つが禍獣キタナマロをおおう焔に阻まれてしまう。

 戦いは手詰まりのまま長時間におよんだが毒瘴のため徐々にコガネが弱りはじめていた。

 ついにコガネを火焔がとらえた。焔は防御を破りその身体を侵食するように燃えひろがった。


「倒せぬのならばせめて……


 燃えながらコガネは弦を掻き鳴らした。

 そして一音とともにコガネの姿は燃えつきたように消滅してしまう。

 雑音さわりを取り除くのではなく雑音をも取り込み調和する究極の一音。


「しまった、これは眠り流しプウゥゥ……」


 禍獣キタナマロは長い夢の中に押し流されていった。








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