第6話 神話崩壊②

 角の生えた豚のようなキタナマロと同じく異形のブタ鬼たちが津波の先端に乗った白い獣として原子力発電所に襲いかかる。


「汚い、汚いブゥ! 臭い、臭いブゥ!もっともっと燃やすブヒブヒッ!」


 地震で緊急停止していた原発は津波により全電源を喪失して制御不能に陥ってしまった。



「ぬかったわ、件の予言した火がこのようなものであったとは!」

「キタナマロは毒瘴を喰らい禍獣かもとなりましょう」


 大天狗は悔いコガネはおぞましそうに告げた。


「禍獣?」

「ヤバい奴なのか?」

「あれは人の傲慢が生み出す災厄そのもの、ほどなく国を滅ぼし人を食らい尽くすじゃろう」


 ナガテと四つ脚のホソデは衰弱した松原のネビキに寄り添っていた。


「最悪の未来に踏み込んでしまいましたがまだ諦めてはなりません」

「しかしコガネ様、先の戦いに毒瘴の気枯けがれとなれば我らにはもうどれほどの力も残されません。ここは引きましょう」


 大天狗は去っていった天津神ほどの未来視はできないがこの先にもっと過酷な運命が待ち構えていることは理解していた。ここで力を使い果たすことへの不安があった。

 しかも口にはしなかったが牛頭ガモンの出現もキタナマロの禍獣化も人間の所業が原因。

 いわば自業自得ともいえた。


「最悪の中の最悪は我ら神霊が人を見捨てることです。それこそがガモンの望む結末。それにあれを見よ!」


 コガネの示した先には大被害をこうむった原子力発電所があり瓦礫の中を懸命に働いている人の姿があった。


「人が必死に踏みとどまっているのに神が先に逃げられようか?」

「むう」

「毒瘴による気枯れで我らは弱体化してしまいますがそれでも……それでもできるだけ多くの人間を救いましょう。わたしは禍獣を抑えてきます」

「お供します」


 コガネと大天狗は原発に向かった。


 何万本とあった松原は根こそぎなぎ倒され見るも無残な光景が広がっている。

 津波は引き波をふくめ繰り返し繰り返し何度も陸地を襲った。


「我が一族は風には強いが波には弱いのう」

「大丈夫か松原の爺ちゃん?」


 嘆くネビキをナガテが案じる。


「なんの、一本でも松の木が残っているかぎり松原の眷属は不滅じゃ」


 その盆栽一族は神々と力を合わせ各所で人間を救出していた。

 溺れる人に発泡スチロールやペットボトルが吹き寄せられたり、取り残された人に船が流れ着いたりと残り少ない力を使っての救助だ。

 他の神々も気枯れによって弱体化した体を酷使しており存在が危うくなる神、消滅してしまう神までいた。


 運よく助かった人々の中には誰かに『生きろ』と言われた気がした者もいた。


「これが最後の一本だ」


 ブタ鬼が一本だけ残った松の木に殺到した。


「やめろー!」


 ナガテの刃風が前衛を切り刻む。

 ホソデの稲妻がそれに続くが威力にはかげりがあった。

 ホソデは黒い獣の姿から振り袖の少女にもどる。そのシルエットは色あせて背景が透けて見えていた。

 明らかに消耗しすぎであった。


「ホソデごめん」


 ナガテはホソデの細い首すじに手刀を打ちこんだ。


「爺ちゃんホソデを頼む」

「心得た」


 倒れたホソデを松原の眷属に託すやナガテはネビキの宿る松の木を背にしてブタ鬼たちと対峙した。


「松原のネビキ翁はこの窮奇のナガテが守りきってみせる!」


 ナガテは翼で松の木を包みこみクガタチの守り刀を構えた。


 ****


 原子炉建屋のひとつが爆発によって吹き飛んだ。

 過酷事故シビアアクシデントが誰の目にも見える形で明らかになった瞬間である。

 絶対に事故を起こさないという原発の安全神話はここに崩壊した。

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