第5話 神話崩壊①

「刃風!」


 ナガテがカマイタチを放ち、大天狗をとらえていた複数の触手が断ち切られる。


「あれが牛頭ガモンか!」


 ナガテが翼をはばたかせ急降下をかける。しかし海の妖怪たちが立ちはだかる。


「さんざめく!」


 おびただしいの刃のひとつが触手の間隙をぬってガモンをかすめた。


「小癪なりモウ!」


 ガモンの口から暗黒の瘴気が吐き出されナガテに迫った。

 瘴気に触れる寸前、強い天狗風が吹き降ろされ消散してしまう。


「さがれわっぱ! 消し飛ばされたいか!」


 大天狗が懐から小刀を取り出しナガテに渡した。


「クガタチの守り刀じゃ。身につけておれ」


 クガタチはナガテが受け取ると縮んで手になじむ大きさになった。


「おい……!」


 何か言いかけたナガテにホソデの悲鳴がとどいた。

 ホソデたちは海妖や牛鬼たちに蹂躪されていた。

 戦力差がもはや圧倒的だった。


「おのれ!」


 大天狗が尖った礫、石鏃せきぞくを降らせ援護する。一時的に攻勢は弱まるが急場しのぎにしかならなかった。

 九頭竜に到達する怨霊が増えていった。


「いかん、このままでは四本目の首まで目覚めてしまう!」


 ふいに世界から音が消えた。

 いや無音の音に満たされた。

 大気が海が神聖な波動に震える。


「おお来てくれたか」


 大天狗が喜色をあらわにした。

 天空の一角が光り輝き天津神たちが姿を現した。


「まつろわぬ海の妖物をそそのかすとは姑息なりガモン」


 かろうじて人型とわかる輪郭さえさだかではない光芒が怒りをあらわにした。

 そしてかたわらにひかえる金色の女神をうながした。

 女神は一礼して弓を構えた。

 弦を楽器のように爪弾くと鳴弦により大気がうねった。

 そしてをつがえることなく弓を引きしぼり風の箭を放った。


くあれ! の風!」


 うねっていた大気が浄化の風となって怨霊と海妖を吹き払う。

 ガモンは持っていた斧で防いだが体の半分を失っていた。

 その表情には笑みがあった。


「すでに我が事成れり! あとは頼んだぞキタナマロ!」


 斧を九頭竜に投げつけガモンは消滅した。

 斧を受けた九頭竜が目覚め首をもたげた。

 その数……三つ。


 2011年(平戌23年)3月11日14時46分

 マグニチュード9.0


「よし首三つならなんとか……え?」


 ナガテは大天狗を見上げて言葉を失った。

 赤ら顔だった大天狗が青くなって絶望に天を仰いでいた。

 その視線の先、天津神たちからも落胆のつぶやきが漏れていた。


「やはりこうなってしまったか」

「我らにできるのはこれまで」

「まだ先は長い、ここで消耗するわけにはいかん」

「うむ、いったん引くとしましょう」


 撤退する天津神のうち一柱だけとどまる大神霊がいた。

 弓を携えた先ほどの女神だった。


「どうしましたコガネ? 気枯けがれますよ」

「わたしはいささか人との関わりが深うございますので残って助力します」

「そうですか、寂しくなりますね」


 コガネはただ目を伏せ天下った。


 ****


〈終わりの始まり〉


 知識稔は激しい地震の中そんなありきたりの言葉に実感を覚えていた。

 棚から食器や酒のボトルが飛び出し粉々に砕け飛び散った。

 停電し開店準備をしていた従業員の悲鳴がいつまでもこだましていた。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る