20杯目 オヤジとしろっぷ。

ある日の昼間。

定休日の今日は家で家事を終えた後にゆっくりしていた。共働きの上にまだ子供もいなければ結婚もしていないので家事もやることが少ない。


でもそろそろ結婚とか考える時期かな!?


……と1人で浮かれているとスマホから電話が鳴った。その相手は焙煎所のオヤジさんだった。


「はい、伊豆木です」


「おお忙しいところ悪ぃな」


「いえ、店は休みで暇してたので大丈夫ですけど……どうされました?」


「いや、ちょっくら話があるから店に来て欲しいんだけどな」


この人が自ら店に呼ぶ時は大抵ひとつしかない。

私の『頼み事』の件だ。


「今すぐ行きます」


私はコートを羽織り、鍵を閉めて家を出る。

頼み事というのは至って簡単、私の師匠の件だ。


オヤジさんは以前師匠と関わりがあったらしく、私の知り合いの中で唯一師匠の連絡先を知っている。

そのよしみで私に良くしてくれてる面もある。


私はお店に着き中に入る。


「おぉ、意外と早く来てくれたな」


「師匠、帰ってきたんですか?」


「あぁ、正確に言うと帰ってくるらしいなぁ、次の日本大会に出る為に」


日本一のバリスタを決める大会に出る為に帰ってくる……?


「私もそこに出れば会えるってことですか!」


「落ち着け落ち着け、それは間違いないがはっきり言わせてもらうが今のお前さんじゃ間違いなく『勝てない』」


オヤジさんの鋭い一言に私は落ち着きを取り戻した。

日本一を決めるのだ。生半可な人間が来る場所ではない。


「それは確かに……」


「だからこそお前さんを呼んだんだよ」


「え……?」


オヤジさんは椅子から重そうに腰を上げて、大きな体で私を見る。


「俺ももう老人だ。大会に出るだけの実力もねぇしそこら辺は若い奴にお任せだ……だが」


「…………」


「凛嬢、お前さんの技術は本物だ。だから俺はお前さんに力を貸してえんだ」


オヤジさんはニカッと笑ってそう言った。


「力を貸す……?」


「あぁ、あの大会はエスプレッソを主としてドリップした物で競う。豆も自由だ……だがお前さんは焙煎をしていない」


そうか、玲斗さんや師匠は焙煎も自分で行って戦っていた。でも私に焙煎の技術は無い。


「つまり……!」


「そうだ、俺がお前さんの求める完璧な豆を提供してやる。だからお前さんはただひたすらに技術だけを磨け。そうすれば翡翠のお姫様にも会えるだろう」


大会に出るのは初めての経験だ。

正直私なんかが立てる土俵でないと思っていたし今も思っている。


でも師匠が出るなら話は別である。

私は師匠を超える為にここまで来た。


ならやることは一つである。


「私に力を貸してください、オヤジさん」


私オヤジさんに頭を下げる。


「あぁ、お嬢ならそう言うと思ってたぜ。来年、2人で師匠ぶっ倒しに行くぞ!」


「……はい!」


私の初挑戦は始まる。

目標は師匠だけでない、玲斗さんもいる。他の人もいる。その中で私の技術がどれだけ通用するのか、私は期待に胸を膨らませながら店を出た。


店に出た後空に舞う木の葉を見上げながら呟く。




「師匠、楽しみにしててくださいね」

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