19杯目 ゲイシャとしろっぷ。

紅葉も落ち始め、秋も終わりに近づいてきた頃だった。仕事の終わった夜、俺と霞で家で過ごしていた。


「もう冬ですなぁ……やっぱりコタツ買おうぜ」


霞はコタツの提案をするが絶対にダメだ。

こいつ仕事行かなくなる。


「コタツ買うとお前がコタツから出てこなくなるから駄目だ」


「えーやだーさむいー」


「エアコンで我慢しなさい」


「じゃあ玲斗コーヒー淹れてよ」


代替案として珈琲を提示してくる霞。


「あぁ、それなら」


俺はキッチンに向かい焙煎してから数日経った豆を取り出す。霞は別に珈琲にこだわりがある訳では無いし多分どの珈琲を提供しても美味しいしか言わないが、逆に隼人の所のお嬢様みたいなやつの方がこだわりが強くて困るので俺は霞で助かっている。


「わー! 良い匂いしてきた」


俺がミルで珈琲を挽いていると霞がそう言う。


「今日のやつは超高級品だ」


俺は少し自慢気に霞に伝えるが恐らく彼女は分からないだろう。


「なんでやつ?」


「ゲイシャだ」


「京都の?」


「それも芸者だけど違う」


そう。こんな具合で霞はそこまで詳しくないのだ。


――ゲイシャ。

エチオピア産の珈琲豆でブルーマウンテン等と並ぶ、高級な珈琲豆のひとつ。柑橘系の甘みとチョコレートのような甘味が特徴で香りもとても良く、珈琲の中の香水と言っても過言ではないだろう。


俺はシナモンローストのゲイシャをドリップする。

シナモンでローストされているとあまり万人受けはしないが、ゲイシャの酸味と甘味を楽しむにはこれが丁度いい。そして、温度は低めの80渡。


しかしここまで工夫をしていても俺は凛ちゃんには勝てなかったのだ。遠藤の勘の良さが無かったら勝負自体には勝っていたかもしれないが隼人を落とせなかった時点で俺の負けだ。まぁ未だにそれが悔しくて仕方ない。


「玲斗、何か考え事か?」


俺がそんな事を考えていると霞に気づかれる。

一見特に何も考えてなさそうな彼女だが人の心の変化には鋭い。さすが精神科と言ったところか。そこに関しては勝てない。


「いや、凛ちゃんのことさ」


「浮気!?」


「なんでだよ……人の女とる趣味は無いしお前以外に興味はないから安心しろ」


俺はドリップの終わった珈琲をカップに注いで霞に提供する。あの女性と長く続くのは隼人くらいだろう。


「ほらよ、ゲイシャだ」


「おお、! 甘い匂いがする!」


そこは気づけたか。

甘く爽やかな香りが特徴のゲイシャコーヒーは割と香りの受けは良い。


「いただきまーす」


霞は珈琲カップに口をつけて珈琲を飲む。

柔らかい唇がカップに触れる様は綺麗だった。


「おお! 美味しい!」


まぁそれしか言わないのはわかっていた。

だが、結局のところどれだけマニアやプロに素人には良く分からないテイストの表現をされるより、好きな人からの美味しいのシンプルな一言だけの方が嬉しいのだ。


「そうかい、それは良かった」


俺は笑ってそう答える。


「……もしかして凛に負けたことまだ気にしてるのか?」


いきなり図星をついてくる霞。

実際気にしてはいるが1番は隼人の事や凛ちゃんのことでは無い。凛ちゃんに勝てないということはその師である女にも到底及ばないという事だ。


「いや、来年の大会に向けてもっと腕をあげないとって思ってただけさ」


「なるほどなー」


そう言って霞はいきなり俺の頭を撫でる。


「いきなりなんだ」


「何か困った事があったら黙ってないで相談するんだぞ、私は玲斗の彼女なんだからな」


霞はそう言って俺に向かって笑った。


まったく、彼女には敵わない。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


〜今日の珈琲〜


ゲイシャ(浅煎り)

苦味 ☆

酸味 ☆☆☆

甘味 ☆☆☆

コク ☆

香り ☆☆☆☆


・もう玲斗君が全部紹介したので特に書くことはないがコピルアクに次ぐ世界一高級な珈琲豆の一つ(ブルーマウンテンより高級)


・今回はシナモンローストで紹介したがミディアムに変更すると飲みやすさは若干上がる。


・酸味系が好きな方は是非1度お試しあれ。

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