17杯目 トラジャとしろっぷ。
私は市場に来ていた。
何かを買いに来た訳ではなく、売りに来たのだ。
所謂出張店舗だ。電池式コンセント、持ち運びIHコンロ、珈琲豆、その他諸々準備は万端だった。
「お姉ちゃん、珈琲を1杯くれんかの」
最初に来たのは一人のお爺ちゃんだった。
「ありがとうございます、もう冷え込んできましたからね」
私はそんなに雑談を交わしながらコーヒーを淹れる。
私が市場に来るのは基本新調したコーヒーミルの性能を確かめる時である。
さすが最高級の手動コーヒーミル。ムラがない。
注いだ珈琲をお爺ちゃんに渡して代金を貰う。
お爺ちゃんは紙コップ片手に歩いていった。
「ありがとうございました〜」
その後もポツポツと人が来て1人だけ知り合いが来た。
「凛嬢、だいぶ久しぶりにこんなとこで出張してんな」
そう言ったのはOyaji Roastの店主だった。
「あ、オヤジさん、お久しぶりです」
「俺も一杯貰おうかね」
「かしこまりました」
私は珈琲をドリップしている間にオヤジさんと話す。
「なんで今日はここに?」
「散歩だよ散歩、ジジイになると仕事以外やる事もなくなっていけねぇや」
「人手不足のうちで働きますー?」
「ハッハッハ、考えておこうかね」
「来る気ないですねそれ、はい、今日の珈琲はトラジャです」
「ウチのか?」
「そうですね、この間買った生豆焙煎したやつです」
「ほう、凛嬢がどれだけ焙煎上手くなったか楽しみだな」
「オヤジさんには勝てませんよ」
この人の焙煎ははっきり言って完璧なのだ。
珈琲を淹れる師匠があの方なら焙煎の師匠はこの人だ。
オヤジさんは紙コップに入った珈琲を飲む。
「……おぉ、腕上げたなぁ凛嬢」
「なら良かった、ありがとうございます」
「チョコレートのような香りに滑らかな舌触りと力強さ。これぞ『幻の珈琲』だな」
「オヤジさんの世代には刺さる珈琲ですよね」
「まぁもうオヤジなんて呼ばれる歳でも無くなっちまうがな。ハッハッハ」
「やめてくださいよ、せめてあと10年はお店やっててくださいよ?」
「ハハ、凛嬢の頼みなら仕方がねぇ、頑張るとするかね、じゃあごちそうさん」
そう言ってオヤジさんは帰っていった。
その後もしばらく営業を続けてそろそろ終わりにしようとした時だった。
「…………まだ空いてるかな、マスター」
そこに来たのは彼だった。
「はやとくん!」
「迎えに来たよ、凛ちゃん」
「ありがとう……!」
「行く前に一杯頂いてもいいかな?」
「うん! ちょっと待っててね!」
私は彼に珈琲を淹れた。
「どうぞ! 今日の珈琲は…………」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜今日の珈琲〜
トラジャ
苦味 ☆☆☆☆
酸味 ☆☆
甘味 ☆☆☆
コク ☆☆☆☆☆
香り ☆☆☆☆
・幻の珈琲と称されるコーヒー。
・強い苦味と甘み、しっかりとしたコクが特徴。
・高級品の中では1番手頃。
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