13杯目 リンとしろっぷ。【番外編③】
私は今日も仕事を終え、息をつく。
「お店開いてもう2年かぁ……」
私は自分で淹れた珈琲を飲みながらそんな事を呟く。
「師匠……私、少しは成長しましたよ」
――師匠との出会いは7年前。
私が入った家の近くの一軒のしけた喫茶店だった。
当時高校生だった私は1人でそこに入った。
「おや、学生が来るなんて……珍しいね」
カウンターにいたのは綺麗な白髪の若い女性だった。
「ここ一人でやってるんですか、?」
私は彼女に尋ねた。
「あぁ、ここは僕のお祖母様が経営してた店でね、僕が引き継いだんだ」
「なるほど……見た感じ食事とかは無いんですね」
「うん、お祖母様のこだわりでね。ドリンクのみで提供してるんだ。おかげで赤字だけどね」
そう言って彼女は笑った。
「確かに珈琲のメニューはすごい数ありますね……」
「うん。ここはそれしかないけどそれがあるんだ」
「私、珈琲は好きですけど詳しくはないので『おまかせ 』をください」
「ああ、承知した。少し待っていたまえ」
そう言って彼女は華奢な手を伸ばしてキャニスター
に手を伸ばしてブレンドを始めた。
店中に珈琲の香りが広がる。
彼女は粉をペーパーフィルターに入れてドリップを始めた。その慣れた手つきはとても美しかった。
彼女はゆっくりと蒸らしていく。
そうしてドリップをしながら私に話しかけてきた。
「君、なんでこんな湿気た喫茶店なんかに来たんだい?」
「カフェが好きで気になって……」
「悪いね、パンケーキひとつ用意できなくて」
「い、いえ! そんな!」
「まぁその代わり……」
彼女は私の前に珈琲を置いた。
「君が今まで巡ってきた珈琲の中で、最高の珈琲である事は保証しよう」
「い、頂きます……」
私はその珈琲を飲んだ。
あの時の私は珈琲に詳しくなかったから銘柄も味も覚えていない。
ただ……私が珈琲を勉強するきっかけに成程、とても美味しいコーヒーだった。
「おいしい……」
「ふふ、お口に合ったようで何よりだ」
その後も私はこの喫茶店に度々通うようになった。
ある日私は彼女に聞いた。
「私も……こんなに美味しい珈琲を作れますか?」
彼女は笑顔で言った。
「もちろん。ただ、もし珈琲を淹れようと思うなら決して『誰か』を目標にしてはいけない。君は君の、君だけしか作れない珈琲の味を目指すんだ」
「……はい!」
「君、名前は?」
「伊豆木 凛です!」
「凛ね、僕は雪。翡翠 雪」
そうして私は彼女に色々教わる事になった。
私も沢山勉強して知識をつけた。
彼女は私の質問に毎回意外な答えを出した。
「ペーパードリップのやり方? まずは蒸らしてその次にお湯を注ぐ。それだけさ」
「いや、それは知ってるんですけど……」
「ふむ?」
「もう少し詳しく……」
「凛、ペーパードリップのやり方に正解は無いんだ。だから基礎さえ知っていればいい。君のベストなやり方を探すんだ」
彼女はめんどくさくてそう言っている訳ではなかった。こういうやり取りを何度もしているうちに彼女に対する敬語も取れてもう私は大学2年になっていた。
その秋に彼女は言った。
「凛、僕は旅に出ることにしたんだ」
「……旅?」
「そう、旅」
「どゆこと?」
「世界各国を旅して珈琲の技術を高めてこようと思ってね。君が喫茶を経営したいと夢を持ったように僕もそういう夢を持ったんだ」
「じゃあ日本を出るの?」
「うん、いつかは戻ってくるけど、それまではお別れさ」
「…………」
「そんな寂しそうな顔をしないでくれ。僕も寂しいんだ」
「わっ、わたし! 師匠が帰ってくるまでに師匠を越える珈琲を作れるようになります!」
彼女はそれを聞いて笑った。
「ああ、期待しているよ」
それ以降、彼女とは連絡を取っていない。
私は珈琲を飲み終えて店の鍵を閉める。
「よし、明日も頑張ろっと!」
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